この街の聖女は癖が強い
火蛍
第1話 『力』の聖女
この世界には人類を超越した能力を持った女の子たちがいる。
彼女たちは身体のどこかに共通の紋章を持ち、権能と呼ばれる特別な能力を一つ備えている。
そんな能力を持った少女たちのことを人々は畏敬の念を込めて『聖女』と呼んだ。
聖女についてもう何百年も研究されているらしいけど、わかっているのはこれまでに現れた聖女たちにどんな権能が備わっていたのかという記録だけ。
どのようにして生まれるのか、生まれも育ちも共通点は皆無。
未だに何も解明されていないすべてが未知の学問になっている。
*
水に浮かぶ小さな街、リビエル。
土地を二手に分かれた巨大な河川に挟まれ、人々が水と共に暮らすこの街にも聖女がいる。
それは私、ミカナ・アルクのことだ。
私が聖女になったのは何かきっかけがあったなんてことはない、生まれつきそうだった。
リビエルの街の真ん中には小さな教会がある。
そこは聖女である私のために街の人たちが建ててくれた聖女の存在を示す象徴にして私の住居だ。
とある日の昼前、私は寝間着姿のまま教会のテラスからぼんやりと街の様子を眺めていた。
この街は高所からの景色がいい。
街を囲む川の水は綺麗だし、石を敷き詰めて造られた道路やレンガを積み重ねて建てられた建造物、そこを歩き人が何かを営む姿はなかなかに風情がある。
でもそんな風情が台無しになるような騒音が毎日のようにどこかしらから聞こえてくるのが玉に瑕といったところだろうか。
綺麗な街は今日も騒がしい。
ふとこの教会の近くに視線を移すと数人の大人たちが慌てた様子で駆け込んでくるのが見えた。
様子から察するにきっと私を尋ねに来たのだろう。
ああ、これはきっと面倒なことになるなぁ。
私は基本的に面倒ごとは嫌いだ。
できることならこの教会に引きこもって平穏に暮らしていたい。
でも聖女という肩書がそうはさせてくれないのだ。
私の元に人がやってくるのは街の人たちが差し入れに来てくれた時か面倒ごとが起きた時だ。
今回は後者の方だろう。
こうして私は一日か二日に一回はこういうことに巻き込まれる。
聖女は存在そのものが仕事って言われてるし、そこに休日なんてものは存在しない。
「聖女様!聖女様はいませんか!?」
大人たちの中の一人の男が大声で教会内を呼びかける。
こんな小さな教会だし、そんな大きな声出しても聞こえるのになぁ。
「はい……どちら様?」
無視しても事態は進展しないし、余計にうるさくなるだけなので応じてあげることにした。
今回はどういう要件だろう。
「聖女様!魔法使いたちが喧嘩で魔法を撃ち合っておりまして、我々では手が付けられず……」
教会を訪れた大人たちは私の顔を見るなりに要件を伝えてきた。
この世界には魔法使いが存在する。
彼らの魔法は個人によって出力差こそあれど、基本的に一般人が喰らえば軽傷では済まない。
もし実力行使の喧嘩でも勃発しようものならそれを止められるのは同じ魔法使いか聖女しかいない。
よって彼らは聖女である私を頼りに来たのだろう。
「だから聖女である私に仲裁をしてほしいと?」
「恐れ入りながら……」
案の定だ。
私は騒がしいのは嫌いだ。
面倒くさいことに首を突っ込むのは嫌だけど放置して余計騒がしくなるのはもっと嫌だ。
本当は勝手に解決してほしいけど頼る宛が自分しかいないんじゃ仕方がない。
「はぁ……通りで外が騒がしいわけだ。準備するからちょっと待ってて」
いったん自室に戻り、寝間着を脱ぎ捨てて聖女の衣装に身を包む。
これを着たところで特に能力が上がったりすることはないけど単なる気分の問題だ。
寝間着姿のままだと聖女らしいことをしてもなんか締まらないし。
「早く終わらせたい。案内して」
面倒なことは手早く片付けてしまいたい。
幸いなことに私が持つ権能ならそれができる。
着替えた私は大人たちに現場へと案内してもらうことにした。
教会を尋ねてきた人たちに連れられて私が現場に駆け付けた時、そこには凄惨な光景が広がっていた。
建物は壁に穴が開き、石が敷き詰められて整備されていたはずの道路は石が剥げてその下の土が露出している。
そしてそのど真ん中では二人の男女の魔法使いが何か言い争いをしながら魔法をぶつけ合っていた。
「さっきからずっとあんな状態でして」
「うわ……面倒くさ」
状況から察するに喧嘩の原因は痴情のもつれだろう。
男女であんなに激しくぶつかり合う理由なんてそれしか考えられない。
どう考えても対話で解決する問題ではなく、そもそも私の声量じゃ今の二人に声は届かない。
「仕方がないな……」
対話に応じてくれなさそうだし、ここはひとつ。
私は懐から金色のガベルを取り出した。
このガベルは私がこの街の聖女として教会で暮らすことになったとき、名のある錬金術師から譲り受けたものだ。
ガベルの柄を握りしめると右手の甲にある聖女の紋章が赤く光り輝き、ガベルは小ぶりの金槌から私の背丈を上回る大鎚へと大きさを変えた。
「あのー、お取込み中失礼しまーす」
とりあえず声をかけてみたが魔法使いたちは痴話喧嘩に熱中していてまるで反応しない。
まあしょうがないか、私の声って小さいし。
私は魔法の飛び交う喧嘩の現場に足を踏み入れた。
聖女には生まれつき極めて強固な対魔力耐性がある。
だからいかに強大な魔力であろうと聖女が傷つくことはない。
「取り込み中悪いけど、こっちを向いてくれないかな」
私がガベルを大きく振り上げると、それを見た民衆は遮蔽物に姿勢を低くして身を隠した。
この街に暮らすほとんど人々は私の権能を知っている。
だから私がこれからやろうとしていることによってどうなるかがわかっているのだ。
私が権能を行使し、ガベルを勢いよく地面を向かって叩きつけると地面が思いっきり縦に大きく揺れた。
固定されていない置物は地面を離れて宙に跳ね上がり、衝撃の余波で脆い壁は粉々に砕け散る。
これが私が持つ権能『力』だ。
私はこれのおかげで人間が本来出せる限界をはるかに上回る力を発揮できる。
巨大な岩や瓦礫を押し出すなんて朝飯前、地面を叩けば地震だって起こせる。
今手にしているガベルはそんな私の力を振るっても壊れない優れた道具だ。
喧嘩をしていた魔法使いたちは一瞬地面から浮き上がるとそのまま地面に落とされて尻もちをついた。
そしてすぐに顔を上げ、喧嘩をする手を納めた。
私が来たことを理解したのだろう。
聖女からの仲裁を受けて事をさらに荒立てようとする人間なんてまずいない。
「こんにちは。お話、聞いてもらえますか?」
「はい……」
魔法使いたちはようやく私の呼びかけに大人しく応じてくれた。
大鎚を持ったままこんなことを言われたらこうなるのも当然か。
これでひとまずはこの場は解決かな。
……。
…………。
……………………。
なんか後ろから視線を感じた気がするけど気のせいかな。
たぶん気のせいだな、聖女が民衆からみられるなんていつものことだし。
とりあえず私は教会に帰ることにした。
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