第12話 ネクストスター名古屋に出走
夕方の十六時。
名古屋競馬場に所属する全二歳馬の頂点を決するといっても過言ではないネクストスター名古屋の発走時刻が迫っている。
天候は晴れ。馬場の状態は良。距離は前回同様千五百メートル。
ビヴロストは十二頭立て七枠十番、現在二番人気。
一番人気は六枠八番のヘッドバルカン。門別でデビューし四戦二勝で名古屋競馬場に移籍してきた馬である。移籍後2歳特別レースに勝利しここに挑んでいる。
三番人気は三枠三番インテリグラス。若駒盃に二着した後、ビヴロストが出走予定だったセレクトゴールド第二戦に出走し勝利してここに挑んでいる。
四番人気は五枠六番のライトフック。デビューから非常に惜しいレースが続いていて、前走セレクトゴールド第二戦も二着している。
ここまでがオッズとしては競っていて、そこからは大きく離れている。四強ムード。そう観客は感じているらしい。
パドックでは今回も厩務員の佐倉さんがビヴロストを曳いている。もうすぐ十一月だというにまだまだ日中は気温が高い。
ビヴロストはかなり発汗し、腹帯の周囲がまたもや白く滲んでしまっている。歩きながらも時折こちらに顔を摺り寄せてくるビヴロストに、佐倉さんはまだまだ気性が子供だと感じていた。周囲に比べ馬体の張り艶が良く、これならかなりまでやれるだろうとも感じていた。
かなりやれそうというのは跨った桃ノ木騎手も感じたらしい。
それまで佐倉さんに甘えてばかりいたビヴロストだったのに、桃ノ木が跨ったらとたんに気合を漂わせたのである。発汗の多さは気になるものの、馬場入りしてからの走りも非常に良い。ちょこちょこと脚を動かすピッチ走行のため、ダイナミックさは感じないが、とにかく乗りやすく速さを感じる。
場内にファンファーレが響き渡り、枠入りの時間となった。
桃ノ木としては一番の緊張の時間である。
いつもの赤いメンコの上にもう一枚目の隠れるメンコを被せてゲートに入るように促す。そのメンコで余計に怖くなってしまったのか、いつも以上に後ずさりを始めるビヴロスト。桃ノ木が首筋を撫で、口笛を吹くと、ビヴロストはゆっくりとゲートへと入って行った。
ところが、目隠しのメンコを取ると案の定大暴れを始める。それを桃ノ木は再度首筋を撫で、口笛を吹いて必死に落ち着ける。両枠の馬までつられて暴れ出してしまい、騎手から睨まれてしまった。
大丈夫、大丈夫を声をかけ続けると、徐々に徐々に落ち着いていった。
ビヴロストが落ち着いたのを見て係員はゲートを開けた。
不思議な馬だと桃ノ木は感じている。毎回あんなにゲート入りを嫌がるのに、ゲートから出るとビヴロストは突然レースに集中する。ようはまだまだ気性が子供なのだ。
少し追ってあげるとビヴロストは三番手の位置までするすると進んでいき、その位置をキープ。その後は正面直線をゆっくりと追走。
先頭はライトフック、二番手にインテリグラス、単独三番手がビヴロスト。前回と異なり外に馬がいないのに、十分落ち着いて追走できている。
賢い子だ。
桃ノ木はそうビヴロストを褒めてあげたい気持ちであった。これができるようなら十分距離の延長にも対応できるだろう。
正面直線を過ぎ、一コーナーから曲線を経てニコーナーへ。
向こう正面に差し掛かると、ペースが徐々に早くなってくる。後続の馬も徐々に差を詰めてきて、気が付けばビヴロストを閉じ込めるようにすぐ外にヘッドバルカンが位置取っている。
向こう正面も終わりに差し掛かると、いよいよ勝負所となりペースはグングン早くなる。
そんな中でもビヴロストは二番手集団でぐっと耐えている。前にはインテリグラスとライトフック、外にはヘッドバルカン。
あれ? もしかしてマークされている?
桃ノ木がそう気付いた時にはもう三コーナーを回って曲線もかなりいった時点であった。
これでは身動きが取れない!
目の前にはもう四コーナーが見えている。このままではマズい!
内か?
いや内に入った瞬間に絞られるのが目に見えている。
ならば強引に外に押し出すか?
ビヴロストは馬体が少し小さく、それも難しい。こうなったら前が開くのをじっと待つしかない……
そう覚悟した瞬間であった。前の外インテリグラスがふわっと外に膨らんだ。
空いた隙間に突っ込もうとするヘッドバルカン。ビヴロストも同時に同じ隙間に突っ込む。
ダッシュ力の差だろう。先にビヴロストが前の隙間に入り込んだ。ヘッドバルカンは慌ててインテリグラスの外に進路を取り直す。
ビヴロストに押し入られ、慌てて内に切り込もうとしたインテリグラスのせいで、さらに内にいたライトフックが内ラチの柵に押し付けられる。
よし! 完全にこじ開けた!
そう感じた桃ノ木は一鞭入れてビヴロストに合図を送った。
残り二百メートル。
外のインテリグラスがまだ半馬身ほど先を行っている。どうやら内のライトフックはこの辺りが一杯と見える。さらに外にいるヘッドバルカンも必死に追いすがる。
残り百メートル。
他とは全く加速が違う!
桃ノ木は身震いした。ビヴロストは一完歩ごとに外のインテリグラスより前に出る。気付けばインテリグラスの姿は視界から完全に消えていた。
代わりに視界に入ったのは『金シャチけいば』と書かれたゴール板であった。
今回もビヴロストは先頭でゴール板を駆け抜けたのだった。
桃ノ木は右手の拳を思わず握りしめる。今回はこの馬の能力に完全に助けられた。桃ノ木は首筋をポンポンと叩いてビヴロストの奮戦を労った。
数日後、結城調教師から次走予定が笠松競馬場のライデンリーダー記念と聞き桃ノ木は憤慨した。
「門別から来た馬に勝ったんですよ? 全日本2歳優駿への出走は無理でも、そこはせめて東京2歳優駿牝馬でしょうよ! 大井に乗り込みましょうよ! だって賞金が四倍も違うんですよ!」
馬主さんの意向だから。結城はそう言って桃ノ木を牽制した。
それでも引き下がらない桃ノ木に、結城はライデンリーダーの血統だから、このレースだけは出たいという意向なんだと説明した。
だが桃ノ木は納得しなかった。
「東京2歳優駿牝馬で良い結果が出れば、来年はダートクラシック路線に乗れるんですよ? そういうのちゃんと説明したんですか?」
その言い方に結城はカチンときたらしい。机をパンと叩いて子供を叱るような目で桃ノ木を見た。
「じゃあ聞くけど茜ちゃん。東京2歳優駿牝馬に出たとして、どの程度勝てる見込みがあると思うの? あのウィンザーローズに勝てると思ってるの?」
確かにそう言われてしまったら、ウィンザーローズにだって勝てますとは桃ノ木も胸を張っては言えない。良い勝負はできますとは言えるだろうが。
「あの馬の馬主さんはね、馬主になったばかりなの。愛馬が勝つっていう喜びをもっともっと味わってもらいたいのよ。勝ち星が重なれば、そのうち大きいレースをという気持ちが芽生えるから」
だから気持ちはわかるけど今は我慢。そう言って結城は桃ノ木を宥めた。
「それにあの馬の本格化は当分先よ。今は素質の高さで勝ててるけど、本格化したらウィンザーローズ相手でも互角以上にやれるようになると思うのよ。今無理使いしたらそれも駄目になるかもしれないの」
確かに乗っていて桃ノ木もその事は感じている。本格化すればきっと大きい所を取れると思うと。
では、来年のスケジュールはどうするのか。ダートクラシック戦線に乗らないのならどうするつもりなのかと桃ノ木はたずねた。
すると結城は、春はまだ無理させないつもりだときっぱりと答えた。
「春の目標は東海優駿にするつもり。そこまでで本格化するようなら、秋は頂点を狙って行こうと思うわ。それができる馬だと思うから。だから今は我慢しましょう」
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【川崎の名花】
ウィンザーローズ モズアスコット Frankel Galileo
Kind
India *ヘネシー
Misty Hour
アマオウ ロードカナロア キングカメハメハ
レディブラッサム
イズミバード *サンデーサイレンス
ロジータ
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