第28話
数日後の昼休み。
青空は人の気配がない廊下の隅に隠れ、誰かと電話をしていた。
しかしその顔に笑顔はなく、転入時の挨拶とは別人のような険しい表情であった。
「ママ? 今日の収録飛んだって? ほんとまじ勘弁して欲しいんだけど」
『ロケ地の撮影許可が出なかったんだって。でもまあ久しぶりのオフになるから、ゆっくりしたら? 転校したばかりだし、お友達も作らないといけないでしょう』
「最悪! ロケを理由に昼から帰れると思ってたのにぃ! また教室に戻るのやだよ……。友達できても、どうせまたここにいるって騒がれて転校することになるんだから」
『今回の学校は大丈夫。校長先生も担任の先生も青空を守るって約束してくれたから』
「そんなの最初だけだよ。それに高校生ってほんとガキばっか! 誰がかわいいだとか美人だとかそんな話ばっかで。私が一位じゃないとか誰に負けてるとか――」
『あ、ごめん! 別の電話入ったらから切るね。そういうことだから、今日はオフだけど放課後にマネージャーが車で迎えに行くからね。電話あるまで教室で待ってなさい』
一方的に電話を切られた青空は大きくため息をつくと、険しかった表情を一瞬で営業スマイルに変え、教室に向かって歩き出した。
すると廊下を歩く彼女は一瞬で注目の的となる。
なぜならトップアイドルである彼女は黙って歩くだけでも他の生徒にはないオーラを放っており、また、彼女を知らない高校生は皆無だったからだ。
しかし皆は目の前を通るスターに緊張しているのか、遠巻きにヒソヒソと噂しているだけで誰一人として彼女に近づこうとはしない。
まれに勇気を出して友達になろうと話かける生徒もいたのだが、『番号交換とかは事務所に止められるから』と返されるため、そこで心が折れてしまう。そしてその噂が広がることで、彼女と距離を縮めようとする生徒は次第にいなくなるのだ。
しかしそれは、これまで通った学校でも同じである。結果、同級生の友達が一人もいない青空であったのだが、彼女はそれで悩むことはなかった。むしろ個人情報の交換を事務所に止められていることは、逆に好都合であったのだ。というのも子供の頃から大人の社会で育ってきた彼女には、周りの高校生は子供のように感じられ、そんな彼らとは距離を置きたいと思っていたからだ。
そんな青空は教室で質問攻めに会うのを避けるため、昼休みは常に一人で過ごす。
そして今日も、いつも通りの寂しい昼食を終わらせ教室へ戻る途中、それは起こった。
廊下の角、反対側から歩いてきた背の高い一人の女生徒とぶつかってしまったのだ。
百五十センチと小柄な青空は、その女生徒の大きな胸に弾き飛ばされてしまう。
「痛いっ!」
強くお尻を打った衝撃に悶絶する青空。そして思わず『この大事な時期に怪我でもしたらどう責任取ってくれんの!』と叫びその女生徒を睨みつけ――そうになるが、ぐっと我慢して営業スマイルに戻るのだった。
「いててて。あははは。びっくりしたぁ」
「ごめん! あんた、大丈夫!」
青空は差し出された手をとって立ち上がるが、その相手の顔を見て思わず心の声が口から出てしまう。
「綺麗な人……」
彼女にぶつかった相手、それは早霧であったのだ。
その横には心配そうに見つめる佳代も立っている。
「え? なんか言った?」
「い、いえ、なんでもないです。私は大丈夫ですよ」
「あんた一年生? ごめんよ。あたしが左歩いてたから」
「え? 左?」
「うん。校則だと廊下は右歩けって書いてあんじゃん。あたし原チャリ乗ってるから、そのクセでいつも間違えて左歩いちゃうから」
「え……。くっ……ふふっ……」
早霧のその言葉を聞いて笑いをこらえる青空。なぜなら茶髪で耳にピアスをしたヤンチャな風貌の早霧が、真面目に校則のことを話し始めたからだ。
すると、青空のことに気づいた佳代が早霧に耳打ちする。
「早霧! この子だよぉ。私たちが探してた子……」
「え? 佳代が見たい言ってた……? ねえ、もしかしてあんたがアイドルの転校生?」
「ちょ、ちょっと早霧ぃ! ガンガン行き過ぎだしぃ」
佳代が止めるのも聞かず、躊躇なく踏み込んでいく無骨な早霧。
そのとき青空は『早霧』という名前が、男子生徒たちが学年トップだと噂していた名と同じだと気づく。そして笑顔を引きつらせながら返答した。
「そ、そうです……。その転校生は私のことだと思います」
「へぇ! あたしアイドルの子に会うのって初めてだけど、やっぱり美人さんだね!」
「あ、ありがとうございます。でも先輩たちの方がとてもお綺麗で驚きましたぁ」
「うそでしょ?! ほんとに? あたしって綺麗?! いやぁ嬉しいなぁ。あはは。あ、ごめん。あたしは渋谷早霧。で、こっちは野々村佳代。あんたの名前は?」
「わ、私ですか?! 私は夏井青空……です」
「あ、そっか。芸名と本名が一緒なんだね。病院とかで名前呼ばれたら大変だ」
「え、ええ? そ、そうですね……。あははは」
「それで、なんてグループだっけ?」
「ア、アレイドッグスです」
「なるほど。アレイドッグスか。アレイの意味はわかんないけどドッグってことは犬だ。あたしは猫派なんだけど、まあ犬も悪くないよね――」
一気に距離を詰めてくる早霧に圧倒されながらも、笑顔で会話を続ける青空。
早くその場から逃げ出したい青空だったが、そのタイミングをうまく計れずにいた。
「さ、早霧ぃ。まじでやばいよぉ。私めちゃファンなんだけど、どうしよぉ」
「どうしようって、佳代も話すればいいじゃん。あ、そうだ。夏井さん、だっけ?」
「え? はい。夏井です……」
下の名前で呼ばない人は珍しいなと一瞬思った青空。
「佳代がさぁ。めっちゃ夏井さんのファンでさぁ。一緒に写メとか……駄目かな?」
「は、はい。喜んで……」
普段、学校でサインや写真を頼まれたときは『事務所に止められてます』と断る青空だったが、早霧のペースに圧倒され思わず快諾してしまう。
「ほんと?! マジ神、天使だし!」
そう言ってすぐに派手にデコったスマホを取り出す早霧。そして佳代と二人で青空を挟み込むようにし、スマホを前に出して自撮りしようとした。
そのとき――多くの生徒たちが遠巻きに彼女たちを眺める姿が目に入った。
「え? もしかして、みんなも夏井さんと撮りたいの?」
その言葉を聞いた生徒たちが、黙ってウンウンと首を縦に振る。
「そうなん? それじゃあさぁ、みんなが一人ずつ順番に頼んだら迷惑だから、まとめて一緒に撮っちゃおうよ! その代わり、あとで個別に写メお願いすんのは無しだから!」
青空の了承なく勝手に撮影会を提案する早霧。
その声に、待ってましたと一斉に数十名の生徒が押し寄せる。そして少しでも近くで映ろうと、場所取りのため押し合いを始めてしまう生徒たち。
その結果、後ろから強く押された青空が『きゃっ』と小さく声を出した。
と同時に、早霧の怒号が廊下に響く。
「なにやってんのさ! 夏井さんが怪我するし! 大事な身体なんだから!」
その声に、はしゃいでいた生徒たちはシュンとして重苦しい雰囲気となった。
すると佳代が、その空気を変えようと冷静に突っ込みを入れる。
「さっきぶつかって、青空ちゃん吹っ飛ばしたの誰だっけ?」
「あ、そうだった! あはは。ごめん。お前が言うな、だよねぇ」
二人のやり取りに爆笑する生徒たち。
その後、早霧が通りかかった教師にお願いし全員で集合写真を撮るのだった――。
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