第14話

「なにやってるんですか!」

「ん……んん?」

「起きてください!」

「ここは……? 着いたのか?」

「どこに着いたんですか?! 夢の中で旅行でもしてましたか?!」

 周りのから大きな笑い声が聞こえてくる中、アレスはゆっくりと目を開けた。

 するとその目の前には、なぜか教師の雨宮が立っているのだった。


「……あれ? ミーヤ……か?」

 その言葉にまた周りが爆笑となる。

「だ、だ、誰がミーヤですか! 私は雨宮です! まったく寝ぼけて……。今は授業中ですよ! アレスくんは転入試験の成績は優秀だったそうですが、授業はちゃんと真面目に受けてくださいね! もうすぐ試験もあるというのに――」

 雨宮はそう言いながら黒板の前に戻った。

 すると、続けて前の席から聞き慣れた声がする。

「ふふふ。おはようございます。アレスくん」

 そこには瓶底眼鏡をかけた笑顔の玉美が座っていた。そして右隣を見ると、そこには早霧が座っており、彼女が冷めた表情で『バカ』と口を動かすのがわかった。

 頭がぼんやりとする中、ここでアレスは自身が置かれた状況をやっと理解する。

「そうか。テミスのやつ……。また同じ世界に戻しやがったな……」

 アレスがそう呟いたとき、授業終了のチャイムが鳴った。

 すると、すぐに振り向き話しかけてくる玉美。その雰囲気は前よりも明るく見える。


「授業中に寝たら駄目ですよ。アレスくん」

「玉美、あれから何日経った?」

「あれから? ってどれからですか?」

「い、いや、なんでもない……。んん? もしかして前髪切ったのか?」

「えへへっ。気づいてくれましたか? 昨日、アレスくんに勇気をもらいましたから、実は帰りに切りに行ったんです。だから今日が初見せです」

「そうか。だから、明るく見えたのか」

 玉美はいつもボサボサだった髪を綺麗にカットし、よく見えなかった顔もはっきりわかるようになっていたのだ。

 すると、今日がいつなのかが気になったアレスはスマホを取り出して確認する。

 結果、玉美と空を飛んだのは昨日のことであるとわかり、再び頭が混乱した。


「って、ちょっと待て。『昨日、俺に勇気をもらった』と言ったか?」

「そうです。昨日ですよ? ふふふ。まだ寝ぼけてるんですか?」

「い、いや、その…‥それは昨日、俺が玉美になにかしたということか?」

「しましたよ。雲の上からこの世界を見せてくれて――」

「ちょっと待てぇぃ!」

 思わず大声を出すアレス。そしてすぐに小声になって確認する。

『お、おい! もしかして、あれを覚えているのか?!』

「ええ、しっかりはっきり覚えてますよ。あんな素晴らしいこと忘れるなんてありえません。『一緒に飛ばないか!』って言ってくれて、嬉しかったです」

『こ、声が大きい! それに、そのセリフはもう忘れてくれ! 俺の黒歴史だ!』

「ふふふ。絶対忘れません。それに聞きたいことがいっぱいあるんです。今日は逃がしませんよぉ、アレスくん。ふふふ……」

 不敵にかわいらしく笑う玉美。

 なにがどうなっているのか困惑しているアレスだが、机の中に二つ折りのメモがあることに気づく。表には『テミスより』と書いてあった。


 ――アレス様へ。

 驚きました? 驚きましたよね。

 そうです。そこは日本です。そして、あなた様は黒神アレスくんです。

 次は違う異世界に――とも考えたのですが、かわいい早霧さんや玉美ちゃんにまた会いたいだろうと思いまして、ゼウス様にお願いし再び日本に戻させていただきました。

 この私の気遣い、心より感謝してくださいませ。

 それに幸せカウンターはわずか1アップだったとはいえ、アレス様の心はその世界で大きく変わられたと思います。それはアレス様ご自身も感じられたのではないでしょうか。

 ですから、もう一度その世界に戻させていただきました。

それと、わたくしの超位階魔法で一度消去した全関係者の記憶も、また元に戻しています。

また心機一転、一千万カウント目指して頑張ってください。


 あ、それともう一つ……。玉美さんのことなのですが、彼女の記憶の中から魔法を見た記憶だけの消去を試みましたが失敗しました。

なぜなら彼女がおそらく無意識に、我々の力が及ばない心の奥底にその記憶を封印してしまったからだと考えられます。

 無理にその記憶を消そうとすると彼女が廃人になる危険がありましたので、検討しました結果、魔法を見た記憶の消去は断念しました。

 仕方ありませんので、玉美さんにはアレス様の正体と幸せカウンターのことをお話ししています。当然、口外禁止の誓約付きです。

 そして記憶を残す条件として、今後はアレス様の助手として幸せカウントアップするための協力をお願いし、快諾していただきました。

 これからはお二人で仲良く頑張ってみてください。変なことをしては駄目ですよ。

 それでは、これからも天界より応援しております。

 テミスより。

 追伸。くれぐれも、またやけになって魔法連発されませんように――。


「た、玉美と協力だって?!」

「あ、それってテミスさんからのお手紙ですか? そういうことになりましたので、不束者ですがよろしくお願いいたしますです」

 玉美は嬉しそうにそう言って、ペコリとお辞儀した。

「テミスのやつ! 次は別の世界へ転移させると言っていたのに!」

 アレスはそう言いながら、ポケットから幸せカウンターを出してチェックしてみる。

「ぐはっ! またゼロに戻っているではないか!」

「あ、それが例のカウンターですか? 小さいですね」

 すると、仲良く二人で手洗いから戻ってきた早霧と佳代が声をかけてきた。


「なになに? アレスったら怖い顔して。玉ちゃん、アレスになんかされてない?」

「ちょっとぉ、アレスくん。授業中、堂々と寝ちゃ駄目なんだよぉ」

 突然二人に話しかけられ、アレスは慌てて幸せカウンターをポケットに戻した。

 それを見た早霧は、怪しそうに机の下を覗き込む。

「あれ、今なにか隠した?」

 するとすぐに立ち上がって、話を逸らす玉美。

「お、お二人とも聞いてください。アレスくんが前髪切ったのに気づいて、明るくなったと言ってくれまして……。えへへ。お二人の言う通り切りに行ってよかったです」

「それだけぇ? かわいいとは言ってくれなかったのかなぁ」

「佳代さん……。私は全然かわいくなんてありません……です」

 それを聞いた早霧が玉美の眼鏡を取ろうとする。

しかし、強く抵抗され失敗した。

「なんで嫌がるのさ。玉ちゃん、眼鏡とったらかわいいかも」

「さ、早霧ちゃん! そ、そういうこと言うの、やめてください!」

「っていうか、その眼鏡どこで売ってんの――」

 何事もなかったかのように楽しそうに会話する玉美たち。

 やれやれと天を仰ぎながらも、明るくなった玉美に安堵するアレス。

 そしてこの日から、玉美へのいじめは収束するのだった。

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