第20話 ドレスアップして
「百合、来週の土曜空いてる?」
「来週の土曜…?えっと…うーん…」
百合は念入りにパックとボディクリームを塗りながらヴィッキーに答えるがどこか歯切れが悪い。
「何かあったっけ?」
ヴィッキーは警備の都合上百合の予定は把握しているがその日は特になんの予定も無かったはずだ。
「うーん…まだ予定ってほどでもないんだけど…」
「もしかして…アーサー?」
「えっえっ…!どうして…!?」
百合は目を泳がせて慌てた。
「動揺しすぎだから」
あまりにわかりやすい反応に呆れて笑うヴィッキー。
「こっそりやりとりしてるの知らないと思った?」
「なんで知ってるのよ〜!」
ばふっ!
百合はヴィッキーにぬいぐるみを放り投げた。
「へへっ!私に隠し事ができると思った?」
「できないのはわかってるけど、知らないふりしててよぉ〜」
パックをしているので耳しか見えていないが耳まで赤く染まっていた。
「警備どうするつもりだったの?」
「えと…頼斗君か、他の空いてる人に…」
「鬼畜か…頼斗はやめときなよ…」
百合は幼い頃から警備を付けられているせいでプライベートを人に常に見られることには慣れていたが、頼斗はないだろう…。ヴィッキーは流石に頼斗が可哀想になった。
「じゃ…他の空いてる人か…ヴィッキー…?」
「私がいたらデートにならないでしょ、用事あるし」
「デ、デートって…//// っあれ?ヴィッキーも用事?」
「うん、マイカにカナダ大使館のパーティーに誘われたんだ」
「あら、ヴィッキーもデートじゃない!」
こちらに主導権を取り戻したとばかりに百合はニンマリする。
「土曜空いてるかって聞いたじゃん、百合も誘われてたんだよ」
「なーんだっ!でもこれでヴィッキーはデートになるわね!」
百合は目をキラキラさせる。
「…百合が行かないならやっぱり…」
と、不意に消極的になるヴィッキー
「だめよ!すごくお洒落するんだから!明日買い物に行きましょう!」
と、百合が張り切る。こうなったらもう止めようがないのが彼女だ。
「わかったよ…百合の警備は、アーサーで大丈夫だよ」
「え?アーサーさんって弱いって…」
弱くて使い物にならなくてナイチンゲールになったのではなかっただろうか。
「腕っぷしは弱いけどね、うちの警備隊10人くらいだったら即死させられるくらいの実力はあるよ」
「え!?え!?それって全然弱くなくない!?」
「弱いなりのせこい戦い方があるんだよ」
百合は知らなくていい。飛び道具、暗器の類は彼の得意分野だ。
「せこいって…」
「まあパパにも許可は取っておくよ」
「だ、だめ!パパには言わないで!!!」
「私も頼斗もなしに、アーサーに代わってもらうには流石にパパに言わないと」
「ママ!せめてママにして…」
「わかったよ…」
ママに言ってパパに伝わらないと思っているのが可愛いところだ。百合のママは、大和撫子を絵に描いたような人で、たおやかなお貴族のような人だが、いつも百合のパパの仕事について行って秘書の役割をしており、元外交官でもある。彼女のお陰で百合のパパはどれだけの危機を乗り越えてきたのか計り知れない。
まあ、ママに言ったほうが「上手な伝え方」でパパに伝わってくれる分百合の判断は正しいとも言える。
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土曜の昼頃、西園寺家の前にドイツの高級車が停まった。
「お迎えに上がりました、レディ」
高級車から降りてきた青年は、誰もが振り向くような美しさで、胡散臭い薬屋の面影はどこにも無かった。シルクのシャツにスラックス、そしていつもハーフアップにしている髪は後ろですっきりとまとめられていて美しい輪郭と首筋が際立っていた。
対して、薄く頬を染める百合は花柄が織り込まれたジャガードのワンピースに艶のある黒髪を綺麗に巻かれ、桜の花弁のような唇には控えめにリップグロスが載せられていた。
どこから見ても絵に描いたようなお嬢様だった。
「いってらっしゃい、頼んだよアーサー」
ヴィッキーが送り出すと
「お任せを」
と、意味深な目を向けるアーサー。
今日は百合の警備も頼んであるので、その儚げで美しい顔とは裏腹に服の内側には物騒なものが無数に仕込んであるのだろう。
「じゃあ!頼んだわよっ」
百合が悪戯っぽく微笑みかけたのはアーサーではなく…
「なにっ…!?」
ヴィッキーの横にはメイドが2人がっしりとヴィッキーを捕まえていた。
「百合!!!」
「うふふっ行って参りますわっ」
百合は満面の笑みでアーサーにエスコートされて車へ乗り込んでしまった。
メイド達に捕まったヴィッキーはメイド達に隅から隅まで磨かれた上、しっかりとプロ級のヘアメイクを施された。
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大使館近くのカフェその前を通る人々は、外に開けたカウンターに軽く腰掛けコーヒーを飲むその人物に目を奪われていた。
シルバーに近いプラチナブロンドに一般人には着こなせないようなスリーピースを身につけて伏し目がちにするその瞳は少し憂いを帯びてそれが余計に彼の魅力を引き立たせていてた。
少し口元に手を添わせる、ただそれだけの仕草なのに妙に色気があり、店員さえも手元が疎かになっていた。
まさかその本人が
(髭剃り残してないかな…唇…大丈夫カサカサじゃない…!)
なんて、1人悶々としながらチェックしてるなんて誰も思わなかっただろう。百合が来ないと分かって、今日の準備にはいつもの倍以上時間をかけた。
カフェの前に高級車が停まる。
運転手が恭しく扉を開くと、光沢のあるベージュのシルクの布地から白い脚が覗いた。
一体どんな人物が出てくるのかと、周囲の人々が伺っていると、降り立った人物に騒めきが生まれた。
大きくスリットの入ったホルターネックのドレスを着た彼女の髪は以前のようにエクステンションは着けておらず、少し伸びた真っ赤な髪をかき上げるようにセットし、ゴールドの大ぶりのピアスを揺らし、細く通った鼻筋に、スモーキーなメイクが施された目元からルビーのような真っ赤な瞳がカウンターの人物に向いていた。
上の空だった人物は扉を閉める音でハッと顔を上げると、息を呑んだ。
そのあとに見せた飛び切りの笑顔のギャップに周囲の女性達は顔を赤らめた。
あの笑顔が自分に向けられたらと何人の女性が思ったことだろう。
その笑顔を真っ直ぐに向けられたヴィッキーの耳が少しだけ赤みを帯びた。
「やあ、ヴィッキー…今日は…本当に素敵だよ」
少し戸惑いがちにそう言うと軽く唇を噛み、そしてもう一度初めの笑顔を向けた。
「ありがとう、マイカも良く似合ってるよ」
いつもツンとしてるヴィッキーから、何かダメ出しをされてしまうのではと構えていたマイカは突然の不意打ちに、言葉を詰まらせて照れてしまった。
つい数秒前まで憧れと少しの嫉妬を向けていた女性達だったが一斉に心のなかで(頑張れ…!)と応援してしまった。
「ごめん…ヴィッキーがあまりに綺麗で、そして…褒められると思わなかったから」
(なんだこの可愛い男)
周囲の目線が突如生暖かくなった。
「はぁ…もう、早く行くよ」
恥ずかしくなったヴィッキーは一刻も早くその場を離れたくてマイカを急かした。
「あっ!待って!」
周囲の客達はマイカがコーヒをこぼしてしまわないか子供を見守るように見ていた。
道すがらよくもここまで褒め言葉が出てくると思うほどマイカはヴィッキーひたすら褒め続けた。
男のふりをしている期間が長かったヴィッキーは正直女性として褒められることに慣れていなかった。
「もう…それ以上やめて…」
「ごめん…嫌だった?」
「いや、とかじゃないけど…過大評価しすぎ」
「ヴィッキーが気付いてないだけだよ、ほら、みんなヴィッキーを見てるよ」
「マイカといると目立つんだよ」
ヴィッキはホルターネックを着ていたので、背中が大きく開いていた。そして、彼女は顔立ちも突出して美しいが、スタイルも凄くいい。普段どうやって隠しているのだろうとマイカは不思議に思う。
「隠しておきたいな…」
マイカが低く呟いたその声は、前方から来た女性の声にかき消された。
「マイカ!」
海外での滞在を思わせる日に焼けた小麦色の肌に外国人に好かれそうな切長の目元、ワンレンの黒髪ストレートの女性は会場の入り口で、マイカを見つけると手を振ってこちらに歩いてきた。
「やあ、麗子、今日は誘ってくれてありがとう」
「こちらこそ来てくれてありがとう!友達連れて来ていいかって聞かれたからてっきり、岡崎君と一緒かと…」
麗子と呼ばれた女性は戸惑い気味に隣のルビーのような瞳の、どう見ても一般人に見えないような存在感が強すぎる美人を少し見上げた。もともと背が高いヴィッキーがさらにヒールを履くと大抵の日本人の女性は見上げる形になってしまう。
「ははっまるで岡崎しか友達がいないみたいな言い方だな」
マイカが笑うと
「もうっまさか女の子連れてくるなんて思わなかった!」
と、麗子は少しだけ唇を尖らせた。
マイカは少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「…」
笑顔を振りまくようなキャラクターでもなく無表情で突っ立っているヴィッキー。
「Oh …I’m sorry that I’m late to introduce myself, I’m Reiko . Thank you for coming today 」
「Not at all, I’m Vicky. Thanks for inviting me today. 」
麗子はやっとヴィッキーに目を向けると英語で自己紹介を始めた。
「I’m glad to see Maika’s “friend”, nice to meet you 」
「So do I. Nice to meet you too.」
ヴィッキーはここで初めて微笑んだ。その微笑みは少し妖艶で麗子は少したじろいだ。
「あのさ、彼女普通に日本語喋れるからね」
麗子が変なことを言わないようにと思って控えめにマイカが口を挟んだ。
「えっ!あっ!そうなの!?」
ヴィッキーは楽しそうに微笑んでいた。
「喋れるよ、岡崎じゃなくてごめんね」
「あっ…!」
「ヴィッキー、揶揄わない」
「ははっ冗談だよ」
「しかも…めっちゃネイティブ」
唖然とする麗子。
「よろしくね」
「は、はい!よろしくお願いします!」
「仕事で来てるわけじゃないし、敬語じゃなくていいよ、英語ならもっとカジュアルに話してたでしょ」
「あ、は…うんっ」
「ははっ」
「ヴィッキー、君は今日ドレス着てること忘れないでね」
マイカがヴィッキーがただのイケメンモードに入りつつあるのに気付いて、少しヴィッキーの耳元に顔を近づけて釘を刺した。
その親しげな様子を見る麗子の表情は硬かった。
「今日は、食事もだけど、ゲストも豪華だから、パーティー楽しんでね」
麗子は表情が硬いままで2人を案内すると離れてしまった。
「まさか女から誘われたパーティーに女連れで行くとはね」
「と、友達も誘っていいって言ってくれたからさ」
少し目が泳ぐマイカ。
「もしかして、虫除けに使った?」
「いや!そんなことないよ!たしかにこの前のレッドバルーンの件で外務省で働いてる麗子には色々頼み事して、その後”見返り”を求められてちょっとだけ困ったってのはあったけど…」
「完全に虫除けじゃん」
「違うって!本当にヴィッキーを誘いたかったのは本当なんだ!ヴィッキーと…できれば2人で」
「…」
できれば2人で、勢いに任せて言ってしまった。
「マイカのこと好きみたい」
「え?…あ、麗子ね、元同期なんだ」
びっくりした。突然告白されたかと思った。
そんな訳ないのに。
麗子には好かれている自覚はあるが、マイカのことが好きというよりマイカと付き合える自分が好きという感じが強すぎて少し呆れていた。さらには既成事実を作ろうと目論んでいるのが丸わかりで困らせられていた。
「外務省じゃないの?」
「入省の後の研修が結構長くて、全省庁合同で泊まり込みとかあるから、横のつながりが割と強いんだよ」
「なるほどね」
「美人じゃん、白人にモテる顔だ」
ヴィッキーがマイカを見た。
「俺は自分の身も顧みず困っている人を放っておけない優しい子が好きだな」
「そう、頑張って見つけて」
つれないな、と思いつつもツンとしいるのも可愛く見えてしまい、優しく微笑んだ。
ヴィッキーは目が合うとすぐに逸らしてしまった。
「おお!苽生じゃん!久しぶり!」
「困ったな、こんなに知り合いがいると思わなかった…」
「行って来なよ、私は適当に食事を楽しんでるよ」
「ごめん!すぐ戻るから!」
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