第22話 ソルの全力頭脳戦!物言わぬリコルドを討て!

 シエルがイブニングに地面に伏せられていた頃。

 ソル・アンジェは、3体のリコルドをシエルたちの方へ行かないように、何度も弾いたり、いなす事で、相手をしていた。


 「ソル・メランツァーナ!!」


 ペガサスリコルドの羽搏かせた翼から放たれた、黒い半月状の風のカッターをソルの両手の平の上を滑り、こちらに向かってきていた2体の人型で筋骨隆々なリコルドの足元へいなす。

 突如足元が爆発した事で、リコルドたちはバランスを崩して膝をつく。


 「はぁ……はぁ……」

 《もう10分以上は戦っているラパ…カオル…ラパンがもっと協力できれば…》

 「大丈夫だよ、十分力になってる…っから…!」


 疲労感が体を重くしている。ソルは既に限界を超えて戦っているが、リコルドたちは、すぐに立ち上がり、止まる事なくソルに攻撃を仕掛けてくる。

 足が肥大化したリコルドと、腕が肥大化したリコルドは、入れ替わり立ち代わりに攻撃してきて、背後に構えているペガサスリコルドに攻撃を加えるチャンスが中々生まれない。


 「ソル・スクード!!」

 《まずは足デカリコルドが右から…その右斜め後ろに腕デカリコルドがいるラパ!》


 先に攻撃してきた、足が肥大化したリコルドの攻撃を弾性を持つ盾で防ぐ。

 だがただ防ぐだけじゃない。攻撃が来る方向、真っすぐに盾を張るのではなく少し角度を変えて張る事で、弾く時にソルが意図した方向に弾けるのだ。


 「このまま!腕のリコルドにぃ…!!」

 《角度はバッチリラパ!》

 「やぁー!!」


 スクードで張った楕円形の盾に腿の辺りまでめり込ませてきたリコルドのキックの勢いをそのまま、腕が大きなリコルドへ弾き飛ばす。

 このリコルドたちは、声を出さなないため果たしてこの攻撃がどれだけ効いているのか、ソルには実感すらない。だが兎に角、向こうが疲れて動きが鈍くなったところで、浄化技を放ち妖精に戻すのだ。

 ソルにはそれしか勝ち筋がない。

 だが、それを邪魔してくるのが地上に降りず、常にリコルドたちの後ろに飛び続けている、ペガサスリコルドだ。


 ソルが人型リコルドたちを足止めし始めてから3分程経った辺りで、急にペガサスリコルドは、自ら攻撃をしなくなったのだ。

 どれだけ2体の人型のリコルドの動きを止めても、すかさずペガサスリコルドが邪魔をしてくるのだ。下から吹き上げるような風だったり、黒い半月状の風のカッターを飛ばしてきたりして、邪魔をしてくるようになった。

 まるで、ソルの疲労を待つかのように。


 「今だ…!ソル…」


 だが、ソルも負けじと、2体のリコルドがぶつかり地面に倒れ込んだところに、浄化技を素早く放とうとする。

 しかし…。


 《カオル!ペガサスが羽の周りに魔法陣みたいのを出してるラパ!注意するラパ!》

 「それって、風のカッターとかと違う新しい攻撃じゃん!?でもあのリコルドたちを浄化できれば、一気に楽になるんだけど…!くっ…!」


 このように横やりを入れてきて、浄化技を撃つタイミングを失わせてくるのだ。

 ソルは、浄化技からソル・スクードを発動する準備に切り替えた。

 別にスクードを使わなくても念じるだけで、半透明の盾は作れるのだが、何の技でもないただの壁の様な盾で、ただでさえ特殊そうなペガサスのリコルドの攻撃を防げるのか、ソルには不安なのだ。

 そのためにペガサスの攻撃は防御技を使って防いでいる。


 《魔法陣から…黒いビーム!?》

 「変にいなす方に考えてなくて良かったかな…!ソル・スクード!」


 放たれたビームはグネグネと奇妙な軌道を描きながら、ソル目掛けて向かってきていた。


 「な、なにあれ!?変な攻撃なんてやめてよ……ねっ!」


 スクードに当たったビームは弾き返されることは無かった。むしろ当たった時もビームというにはあまりに威力が無かった。盾がへこまなかったのだ。


 「この攻撃はいったい……っ!?盾が、溶けた…!?」

 《そんな馬鹿なラパ!?フェアリニウムが溶けるなんて聞いた事ないラパ?!》


 ソルが張った、スクードによる半透明の盾は白煙を上げながら、まるで暑さでアイスが溶けるかのように、ドロドロと形を崩していった。

 ソルは自分の羽を使って、後ろに素早く下がりその盾に触れないようにした。

 だが注意が、その見た事のない攻撃に完全に移ってしまっていた。

 溶かされた盾の白煙はソルが想像する量より大きく、彼女の視界の一部を奪ってしまってもいたのだ。

 そのせいで、だからこそ、近づくリコルドに気づかなかった。


 「し、しまっ…」

 《カオルぅ!》


 咄嗟に顔を守る様に手を組んだが、足が肥大化したリコルドの蹴りは彼女の頭を揺さぶり、そのまま地面に叩きつけられた。

 蹴り飛ばされるのではなく、叩きつけられたことで、まるでトランポリンでもしているかのように体がバウンドし、跳ね上がったところを、腕が肥大化したリコルドの拳がソルの腹部を正面から殴り飛ばした。


 「がぁっ……!」

 《カオルっ!カオルっ!!このままじゃ不味いラパ!一旦シエルと…アオイと合流を…!》


 吹き飛ばされて、地面に転がったソルにラパンの提案は聞き入れられるものではなかった。

 ぼやける視界、震える手足に根性だけで力を入れて立ち上がる。

 そして、真っすぐリコルドたちを見据える。今度は3体全員から意識を外さない様に。


 「ご、ごめん……ねラパン…。無理しちゃってるんだけどさ……今殴られてゴロゴロ転がった時に、いい案思いついちゃったんだよね…!」

 《ら、ラパ…で、でもその案はカオルは安全ラパ…?》

 「この状況でそんなわけないでしょ!今以上に、無理するけど……ペガサスたちの行動が変わらないうちに…!やってやる…!」

 《わ、わかったラパ…!ラパンもさっきよりも、全力で協力するラパ!超全力ラパ!》


 迫りくるリコルドは、まず腕の大きなリコルドだった。やはり同時攻撃ではなく、波状攻撃に拘っている様だった。

 ソルはその攻撃はソル・スクードで、今まで通り弾き返す。勿論、その後ろから走ってきている足の大きなリコルドに向かってだ。

 やはり一発一発が重く強いリコルドの打撃はスクードでよく飛び、相手が反射的に動くよりも早くリコルドにぶつかってくれる。

 ソルはそう考えながら、折り重なるように倒れているリコルドを視界に入れつつ、その更に後ろの空にいるペガサスが、翼を羽搏かせ黒い風のカッターを放ったのを確認する。


 「くっ!これじゃない…でも、とりあえずこれは倒れてるリコルドに!!」

 《今なら、リコルドに直撃はしないラパ!!》

 「ソル・メランツァーナ!」


 風のカッターは、ソルの手の上を滑り、そのままリコルドたちが倒れている方向へ進む向きを変えた。

 丁度上にいた腕が肥大化したリコルドが立ち上がろうとした時、リコルドの足元にカッターが落ち、爆発を起こし更にリコルドを吹き飛ばした。


 今のは中にいる妖精には痛かっただろうか…と少し悩むもソルはペガサスの次の攻攻撃を待ちつつ、翼を使って地面のすれすれを飛び、接近した。

 無論、2体のリコルドは視界に入れたままだ。

 再びペガサスは翼に魔法陣を展開する。これは、先程放たれたフェアリニウムを溶かすビームの前兆と同じだった。


 「これだ…!!!」

 《ラパ!?これを待ってたらパ!?》

 「一か八か…!やってみるよっ!」


 ペガサスリコルドは翼から、黒いビームを再び奇妙な軌道を描かせながらソルへ放った。 ソルの狙った技が撃たれた。

 そしてソルは自分の目の前までそのビームを引き寄せ、当たるか当たらないかのその間際。


 「ソル・メランツァーナ……!」


 と攻撃をいなす技を発動した。

 この技は自分の身体にフェアリニウムの膜を張り、敵の攻撃をいなす技なのだがこの攻撃には先ほどの弾性を持つスクードの盾を溶かしたように、滑る事なくソルに直撃してしまった。


 《カオルっ!……カオル…?》


 ラパンが内側から慌てて声を上げるが、同調しているラパンが感じているソルの感情は、絶望や焦りではなく、嬉しさと希望だった。

 それ故にラパンは一体何がと、不思議に思ったのだ。

 

 「この攻撃が、白煙を上げてフェアリニウムを溶かすの…ちゃんと見てたんだから……!!」

 《白煙を…?あ、本当ラパ…!周囲が凄い…あれ?ラパンたちの全身が煙で隠れてるラパ?》

 「そうだよ、全身だけじゃない、わたしが立っていた所の周りが広く、この白煙で覆われているはず。スクードの盾だけで私の視界を奪うくらいに煙立ったんだから…!」


 ソルが狙っていたのはペガサスのフェアリニウムを溶かすビームを利用する事だった。

 あれは彼女が先ほど述べた通り、スクードという楕円形で直径5メートルほどの大きさの盾を溶かすだけで、ソルの視界の一部を隠し、リコルドの接近を許してしまう程の白煙を発生させた。

 だがただ白煙を発生させただけでは、ペガサスたちにはソルの居場所がわかってしまう。だからこそ、相手にもこちらの居場所がわからないくらいの大量の煙を発生させようと考えたのだ。

 そのために本来纏う事でいなす技、ソル・メランツァーナで、全身に出来る限り分厚くフェアリニウムを纏い、スクードで溶かされた時よりも多くのフェアリニウムを溶かさせたのだ。


 彼女が一か八かだと考えたのは、向こうのフェアリニウムを溶かす速度と、溶かす対象である。


 ソル・スクードの大きさでは数秒も経たないうちに半分以上が溶かされてしまっていた。案外早くないのかもしれないとも考えたが、もしもの事を考えて、できるだけビームが来る前半身にはより分厚くフェアリニウムを纏っていた。


 そして溶かす対象に人体もあれば、それは大怪我間違いなかったのだが、溶けなかったのでこれは良しとした。


 そして煙が大きく動かない様にそっと左側へ移動するソル。

 ここからはラパンもわかっていた。

 そう、この少し移動した位置の直線上に、2体のリコルドが倒れているのだ。

 胸元に手を当て、フェアリニウムを貯め始める。

 じわじわと淡く青い光がソルに集まっていく。


 白煙の外では、ペガサスリコルドが煙が晴れるのを待っていた。

 決して侮っているわけではない。ペガサスリコルドは羽でカッターなどは出せる、風を起こして下から人を吹き上げる事もできる、だがそれは相手がペガサスの視界に入っている時にしかできないのだ。


 それ故に白い煙の中に入って、青い光が零れていても、ソルの人体が見えなければ攻撃をするという行動に移れないのだ。

 偶然ではあるが、ソルは最善の策を講じたのだ。


 そして、これは純粋な生物ではない、改造生物であるリコルドの数少ない欠点といえる特徴だった。


 「ソル・プリエール・クラーレェ!!」

 《いっけーラパ!!》


 煙の中から、真っすぐ桃色の光線が、立ち上がったところの2体のリコルドへ放たれた。

 光線は煙をパッと弾き、ソルの周囲を晴らしてしまったが、もはやペガサスがソルを攻撃するよりも早く、リコルドたちを浄化できる場面だった。


 桃色の光線に包まれた、リコルドたちは泥が溶けていき、中から妖精たちが露出し優しく地面に寝かされた。

 たった一人で、ソルは2体のリコルドを同時に浄化せしめたのだった。


 「はぁ…はぁ…やった……!成功した!!」

 《ら、ラパ!、カオル!ペガサスがっ!》

 「くっ…!ソル・スクード……っ!」


 疲れた体に鞭をうち、手を前に突き出してソル・スクードを発動する。

 ペガサスは今までの様に翼から何か技を出してきていたのではなかった。

 全身に闇エネルギーを纏って、突進をしてきていたのだ。


 「急に攻撃パターンを…!ぐっ…!!」


 スクードに正面からぶつかったペガサスは、元の形に戻ろうとする盾の性質を無視するかのように、勢いは止まる事なく突き進む。


 《な、なんて重さ…ラパ!》

 「ま、不味い…このままじゃ、破られ…」


 ソルの予感は的中した。

 スクードの耐久を超えた威力の突進は、盾を破壊しソルをそのまま突き飛ばした。

 後ろで戦闘を行っていた、シエルの方へ。



 一方その頃、シエルはイブニングに首を掴まれていた。


 「てめぇ…俺の光弾をいなすなんて、舐めた真似しやがってぇ…!あぁ!ソルみてぇな事してなぁ!!クソがぁ!」


 「ぐっ……うぅ……!」

 《アオイ…!ダメミラ…これでは、技も使えない…グルダンは手に無い…あるのはプロテクシオンだけ…ど、どうしようミラ…!!》


 シエルは頭上に落とされた光弾をソルの様にいなせないかと思いついたのだ。

 咄嗟に、シエル・メランツァーナと呟くと、光弾が当たる個所にフェアリニウムの膜ができ、大玉はそのまま滑りイブニングの方へ向かったという訳だった。


 だがイブニングは自分に当たる直前で光弾を消し、当たることは無かった。そのシエル行動に腹を立てた彼が、シエルの首を掴んで持ち上げたという事だった。


 そしてその時、イブニングの背後からソルが吹き飛んできて、地面に転がる。

 シエルも横目にそれを見て、絶句する。

 まさか、リコルドたちにリンチされたのか、自分がここで不甲斐ない戦いをしていたせいで彼女はやられたのかと。


 イブニングも似たような事を考え、後ろを振り向くとそこにはペガサスリコルドしかいなかった。

 あたりまえである。他の2体はソルが浄化したのだから。


 ペガサスの後ろをどう見てもいない事から、イブニングも掴まれ持ち上げられている位置から背後が見えたシエルも、そのソルの戦果を理解した。

 イブニングはぞっとすると同時に、激しい怒りに身を震わせた。

 シエルなど、どうでもよくなり地面に叩きつける。


 「本当に、ソル……てめぇはどこまでも俺の神経を逆撫でするなぁ!!クソクソクソクソがぁああ!!!」


 光弾を怒りのまま、ソルに投げつける。

 だが、無理やりプロテクシオンを持ち上げたシエルがそれを防ぐ。

 それを見て、更に腹を立てるイブニング。


 「おいリコルドぉ…あいつらの動きとめとけぇ…俺が…俺が殺す……!」


 イブニングの命令を受けて、棒立ちになっていたペガサスリコルドが再び動き出す……。


 さらに後ろで丁度橋の陰になっている所で、戦いを見守っていた黄海とエポン。

 あまりに苛烈な戦いに、黄海は顔を青くしていた。

 全身が細かく震えてもいた。

 エポンは、そんな黄海を見てこれで変身したいなんて言われないなと、ホッとしていた。

 だが黄海は震えながら、エポンを両手でそっと持ち上げ、目を潤ませながら口を開いた。


 「エポン…もう一度ゆずたちぃ……皆みたいな事ぉ…できないかなぁ」


それは、1人の少女の心からの決断だった。

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