第19話:就職活動

 冒険者、というのは私がマナールになる前の時代にもあった職業だ。主に魔獣退治や遺跡探索、護衛などをする流れ者のことを指す言葉でごろつきに近いイメージがあった。

 現代のミュカレーにおいて冒険者はもう少しちゃんとした職業として成立している。魔術師と同じく組合が作られ、仕事が斡旋されているのだ。採用に育成、仕事の斡旋など、魔術師組合と違って冒険者組合はちゃんと機能しているという。これはミュカレーの隣にヴェオース大樹境があるのが大きい。危険だが莫大な利益を与えてくれる地域へ命がけで挑む冒険者は町になくてはならない職業として成立した背景があるそうだ。


そんなミュカレーの冒険者にとって最前線といえるのが大樹境の入り口付近に作られた開拓基地だ。

周囲を巨大な丸太を何重にも重ねた城壁で囲まれた城塞であり、内部には巨岩をくり抜いて作られた建物がある。元は土属性の得意な魔術師の工房で、そのまま利用しているそうだ。中を歩くと、ちょっとしたところに魔術陣の名残などがある面白い建物である。


「というわけで、ここは魔術師の工房を再利用しているみたいだね」

「ふえー。随分立派だと思ったら、そんな来歴だったんですね。魔獣対策はどうしてるんでしょう?」

「魔力隠蔽、魔物避け、気配隠し、いくつかの魔術が施設全体に行き渡るように仕込まれているよ。魔力の供給源は、抽出用の魔術機だね」

「ああ、妙に多いと思ったら、そういうことだったんですね」


 私はその開拓基地の一室で、イロナさんに見つけたことを説明していた。元魔術師の工房を稼働させるため、各所に抽出機があるのには驚いた。魔術で直接大地から魔力を抽出することも可能だが、ここに魔術師がいなくても稼働できるようにとの措置だろう。

 私はここに魔術師になる試験のためきており、イロナさんは魔術機のメンテナンスの仕事でタイミングよく派遣されてきたという次第である。


「まさか、私の仕事に合わせてイロナさんまで来るとは思わなかったよ」

「えへへ。実入りも良いですし、マナールさんがいるなら、安心だなって思いまして」

「でも、大分忙しそうだね」

「規模が大きいのに常駐してる魔術機士がいないのがおかしいんですよ」


 そう言ってイロナさんは大きなため息をついた。開拓基地には魔術機士が常駐していない。そのため、たまにこうして点検整備の仕事が入るそうだ。魔術機士は魔術師よりは多いけれど、それなりに貴重な人材なのも影響しているとか。

 さて、実は既に我々は開拓基地に来て二日目である。そこでわかったことがある。

 イロナさんはとても優秀だ。魔術師としての素質があるため、魔力の流れを感覚的に把握する才能を持っている。おかげで魔術機のトラブルに気づきやすい。この二日間でかなりの活躍を見せている。


 私の仕事の方も順調だ。


「マナール先生! お疲れ様でっす!」

「やあ、テッド君。今日は外はどんな感じかな?」

「今のところ平気そうです。みんな帰って来るのが夕方ですから、それから忙しくなるんじゃないかと!」


 部屋に顔を出した子供が挨拶をして去って行く。

 ここは第二医務室。魔術師用の治療所だ。私は怪我人の治療を請け負っている。ちなみに第一医務室は普通の医者が担当で、そちらは薬による病気の治療を行っている。

 私がやっているのは魔術による怪我の治療だ。これが結構忙しく、この二日で十名以上に回復魔術を施した。


「評判ですよ。マナールさんみたいな回復魔術の達人は見たことないって」

「回復魔術はちょっとコツがいるからね。そう褒められるのは嬉しいよ」


 私の使う特別な回復魔術は魔力で失われた血液や肉体を復元するものだ。これは相手の魂に呼びかけることで、魂が記憶している肉体に再生させるという荒技である。魔力の消費が激しいため、『塔』でも定着しなかったが、結局二百年たっても普及できなかったらしい。とても有用なのに、残念なことだ。

 私はこれと一般的な治癒力を促進する魔術を使い分けて、上手くやっている。

 最初は胡散臭い目で見ていた冒険者達も、治療されると先生扱い。これはこれで、わかりやすくて良い。


「とりあえず、試験の第一段階は大丈夫そうだね」

「さすがはマナールさんですね。第二段階の方はどうですか?」

「それはなんとも。この周辺にある工房を見つければいいらしいから、無茶ではないと思いたいね」


 第二段階の試験は工房発見。そこで試験をする魔術師に会えば完了らしい。まだ本気で探していないけど、なんとかなるだろう。


「ヴェオース大樹境の中を行くんですよね。平気なんですか?」

「大丈夫。ドラゴンの巣に忍び込んで来いとか言われるよりはマシだよ。うちの師匠はそんなのばかりだった」

「よ、良く生きていましたね」

「本当にね。それより、気になるのはテッド君のことかな」

「ここに子供がいてびっくりしましたもんね」


 先ほど顔を出したテッド君は父親が冒険者をやっている。魔剣を持つ優秀な人物だったらしい。

 そして現在行方不明だ。未確認の魔獣に襲われたという情報がある。

 母親がここの厨房で働いており、預け先がないためテッド君もここにいる。


「テッド君のお父さんのこと、どう思いますか?」

「普通に考えれば生存は難しいね。でも、魔剣を持っているし、サバイバル能力の高い冒険者だったらしいから、可能性はゼロじゃない」


 仲間が今も捜索していて、その根拠として過去に一人で五日ほど大樹境で過ごしたことを挙げていた。ドワーフの魔術師が生み出す魔剣の使い手を魔剣士と呼ぶが、これは相性の問題なので非常に珍しく、それだけでもテッド君の父親の優秀さが推測できる。


「行方不明になって十日だそうですが」

「話によると、一ヶ月以上生き延びて帰った冒険者もいるそうだよ。おや、お客さんだ」


 慌ただしい足音が聞こえて来る。

 男女二人の若い冒険者。テッド君の父を探しながら仕事をしている二人だ。なんでも、弟子にあたるらしい。


「先生! すまねぇ! こいつが怪我しちまった」

「大げさなのよ、あんたは。ごめんなさい。大した傷じゃないんだけれど、すぐ戻るって言って」

「大事なことだよ。どんな魔獣に襲われたのかな? 気分は? 毒があるかもしれない。そうなると第一医務室にも声をかけないと」


 私が立ち上がると、イロナさんも席を立った。どちらも休憩は終わりだ。

 ちょうどいい。彼らの治療が終わったら、テッド君の父が行方不明になった時のことを詳しく聞いておこう。

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