第8話:イロナの事情と取引

 魔術師の子供が魔術師とは限らない。

 イロナの父親はそういう人だった。

 これは珍しい話ではない。魔術を扱うには、魔力を感知する才能というのが必要で、多くの場合、先天的にしか獲得できない。


 イロナの祖父は、自身の子供が魔術を扱えないことを嘆いたり、それで子供への興味を失うことはなかった。少なくとも表面上は良き親として振る舞い、息子もそれに応えて育った。

 息子は商人として人生を歩むことになった。扱う商品は、魔術機や魔術関連の道具。祖父からの伝手もあって、商売は堅調だった。

 やがて雇った女性と結婚し、イロナが生まれ、父親は商売を広げる。

 

 そこで事件は起こった。

 親子三人で近隣の町への輸送中、盗賊団に襲われたのだ。その時、運んでいたのが高価な魔術の素材であることを知っていた連中は、幼いイロナを含めた家族を捕まえて監禁。

 このまま家族全員どこかに売り飛ばされるか、殺されるか、そんな恐怖の日々が数日の間続いた。

 

 そしてある日、イロナの祖父が助けに来た。

 

 得意とする魔術によるが、本気になった魔術師は非常に危険だ。息子夫婦と孫を襲われたイロナの祖父は大いに暴れ、家族を救出した。

 その後、ついでとばかりに盗賊団に情報を流した商会を締め上げて、そちらも廃業に追い込んだという。

 

 イロナに魔術師としての才能が見つかったのはこの時である。祖父が盗賊団と戦っている間、運んでいた高価な魔術素材に触った影響で魔力を感知できるようになった。おかげで両親を逃がすことができた上、後天的とはいえ魔術師への道が開けた。非常に珍しいケースである。

 

 この事件後、イロナは祖父を魔術の師として、一緒に暮らすことになる。幼い子供が、自分を、家族を救ってくれた魔術師を見て、憧れないはずがない。

 両親も反対せず、今は少し離れた町で商売を営んでいる。

 

 以上が、イロナさんから聞いた身の上話だった。


「す、すいません。事情を話そうとしたら身の上話になってしまって」

「いえ、問題ありませんよ。しかしこの話だと、イロナさんは魔術師になっているはずでは?」


 イロナさんは魔術機士。魔術ではなく、魔術で生み出された機構を扱う職業だ。今の話の流れと結果が食い違っている。

 恐らく、そこが彼女の頼みと繋がっているのだろう。

 

「それが、わたし達を助けてくれた時から、お爺ちゃんは体調が悪くて。その時も無理をしていたんです」

「体調? 病気ですか? それだと私の管轄外になりますが」

「いえ、マナールさんで良いはずです。お爺ちゃんの体調不良の原因はわかっているんです。魔術印ってわかりますよね?」

「体や物に刻む魔術陣の通称ですね。印といいつつも、図形のように広い範囲に及ぶこともあります。目的は肉体強化や属性強化、肉体再生など様々ですが」

「お爺ちゃんは長年自分の体に魔術印を刻んで実験をして来ました。それが自らを蝕んでいるんです。……命の危険を及ぼすほどに」


 そういうことか。それなら、これは医者の領分ではない。

 

「脅かすようなことを言ってすいません。でも、マナールさんの力をどうしても頼りたくて。うちはもう、工房として稼働してないからお金もないし。他の魔術師の力も借りれないし……」


 私の生きていた頃と変わらないなら、魔術師というのは結構お金になる仕事のはずだ。それができないなら、生活も苦しくなるだろう。


「でも、マナールさんに提供できるものがあります。うちの工房所属ということでの身分とか、生活環境とかになります。そういうのに、困ってるように見えますから。手ぶらだし……」


 思ったよりしっかりと観察されていた。たしかに手ぶらで旅人を名乗っていたな、私は。うっかりだ。


「生活環境ですか……」


 これは悪くない。今の私にはミュカレーの町で生きていくための住居、身分、職業といったものが何もない。その辺りの問題が一挙に解決する。もし、イロナさんが騙しているとしても、失うものがない状態に戻るだけなので、リスクも少ないだろう。


「では……」

「も、もしそれで足りないなら、何ならわたしの体でお支払いしますっ」


 返事をしようとしたら、意を決した様子でとんでもないことを言われた。


「いや、そこまでしなくても良いのですが」

「えっ。もしかしてマナールさん、小さい子の方が良い方だったんですか!?」

「違います」


 顔を赤らめながら、とんでもない誤解を口にされた。なんだか話が凄い方に行くな。

 

「でも、わたしこう見えて体つきには自信あるんですよ。ちょっと背が高いけれどそこも……」

「いえ、そういうことではなく。生活環境の提供だけで十分だということです」


 なおもそっちの話を続けようとしたので、強引に打ち切った。変に思い切りがいい子だな。それで魔術を教われなかったんじゃないのか?


「い、いいんですか? 本当にお爺ちゃんを治してもらえるんですか?」

「治せるかの保証はありませんよ。どんな状態になっているか、見てからでないと」


 普通、体に魔術印を刻む場合は肉体への影響を抑えるように慎重に作業をする。それができていないなら、相当無茶なことをしているはずだ。もしかしたら、手遅れかもしれない。


「ありがとうございます! お爺ちゃんに話をしてきます!」


 嬉しそうに席を立つイロナさん。私はそれを見送って、ずっと手を付けていなかったお茶に口をつけた。

 カップの中の紅茶はすっかり冷めていたが、目覚めて最初の水分は香りも味もなかなか心地よかった。 

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