第4話:不審者と潜入
森の端まで来て気がついた。
これ、私がこのまま城門に向かったら捕まるんじゃないだろうか?
状況としてはこうだ。森の中を歩き、巨大な城門が見える位置まで来た。間には草原がある。観察したところ、森と草原の間には一本の大きな道が引かれ、そのまま城壁に向かっている。
その先にあるのは大きな城門が一つ。魔術で視力を強化して見たところ、出入り口を兵士と魔術師が固めている。
数十分見ている間に、冒険者(今も存在する職業ならば)と思われる一団が、なにか書類にサインをして出ていった。つまり、しっかりと管理されている城門だということであり、出た形跡のない人間がふらっと現れたら良くないことになるだろうことが推測できる。
うっかり大樹境の中で人間と接触しないように隠れ進んでいて良かった。ここはこっそり侵入してしまおう。これはこれで問題だろうけど、壁の向こうにあるはずの町に紛れる方が、騒動は起きにくいはずだ。
そう考えて、私は城門前から移動した。念のため隠密の魔術を念入りに使う。人から気づかれにくくなり、魔力探知の類もかわせるという優れものだ。若い頃、師匠に言われて一人でドラゴン退治に行かされた時に編み出した魔術である。
「……ふむ」
森の端をかなり進んだところで立ち止まった。あの巨大な城壁が町を囲むため、曲線を描き始める場所の前まで来たようだ。
観察したところ、門はない。城壁の上に衛兵はいるようだが、魔術師の気配もない。
この辺りが良いだろう。
ここから空を飛んで、城壁を越える。勤務中の衛兵達の失点にならないように、静かに気づかれないように。
その場合、大樹境と城壁の間にある草原が問題だ。恐らく、魔物が見えるようにするためだろう。見事に遮蔽のない地形になっている。隠密の魔術といえど、ここを歩けば確実に見つかってしまう。
そう判断して、私は別の魔術を紡ぐ。使う属性は光。かける対象は自分。
自分の手をじっと見ながら、心の中で呪文を唱えると、すぐに術は発動した。
私の手が、少しずつ消えていく。光によって自分を周囲から隠す魔術だ。魔術師相手には通用しないが、普通の人間相手には感知されにくい。
「……我が身を空へ」
続いて短い呪文を唱え、体を空に浮かべる。翼を持たない人間が飛行するのは魔術をもってしても難しい。私でさえ、呪文を口にして言葉として世界に訴えなければ魔術が上手く成立しないほどだ。
しっかりと魔術は力を発揮して、体が浮かんでいく。視界が徐々に上にあがり、すぐに木々を追い越した。体は透明なまま、隠密の魔術も維持したまま、私はゆっくりと城壁を越えていく。
近くで見ると本当に高い壁だ。人間を縦に積み上げて三十人近く必要そうな巨大建築。技術の進歩と巨大な資本のなせる技だろう。積まれた石は隙間無く、頑健そうだ。ヴェオース大樹境の近くに住むならば、これくらい必要だと言うことだろうか。
そんな感想を抱きながら、私はゆっくりと城壁を越えさせて貰った。上の方では衛兵が暇そうな顔で見張っていた。緊張感が感じられなかったところを見ると、案外ここで平和に暮らせているのだろう。
そして、城壁を越えた先にある光景に、私は驚いた。
「…………これは、いいねぇ」
城壁の向こうに広がっていたのも、また草原だった。
しかし、今度は大樹境との間とはちょっと違う。丘が何段か重なるような地形になっていて、そこかしこに風車が立っている。
巨大な城壁の向こうといえど風は吹くらしく、ゆっくりと回る数々の風車が、牧歌的で雄大な光景を生み出していた。
そして、風車達の向こうにはまた城壁が見えた。今度は大分低い、私の生きた時代に良く見た高さの城壁だ。いくつか見張りの塔が立っているし、城門も複数ある。
間違いない、人間の町があの向こうにある。
ちょっと安心だ。最悪、壁を越えたら何も無い可能性だってあった。いや、衛兵と人の出入りもあったんだから、町くらいはあると踏んではいたけど。
そう納得したところで、私は再び数々の風車に目を向けた。
石造りの塔に木製の風車がついた風車達。大きさは様々だ。小屋付きの昔ながらのものから、人間よりも少し大きいくらいの小型のものまである。
不思議なのは、それらのいくつかから魔力を感じることだ。
あの風車の中では、粉引きどころではない、何かが行われている。それも魔術的なものが。特に小型の物は全てそのように見える。
非常に興味深い。こうなると好奇心を抑えられない。
風車は沢山あるし、周りに人も見られないので、とりあえず私はそちらを先に調べることにした。魔術師的にとって、気になったものを調べるのは大切なことだ。
周囲に人がいないのを確認し、風車の近くに着地して、魔術を解除する。
あの中で何をしているんだろう。軽く見学させて貰うとしよう。
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