生まれ変わった最強魔術師は普通の暮らしを求めます
みなかみしょう
第1話:未来への眠り
普通の生活をしたいと思ってしまった。
それも、人生も終わりに差し掛かったところで。
魔術師として生きて五十年以上、大魔術師と呼ばれるまでに研鑽を重ねた末に出た結論がそれだとは、我ながらびっくりだ。
きっかけは、私の弟子達だった。
彼らは、新しい魔術を生み出した。
見せてくれたのは、他愛のない、簡単な魔術具。小さな火に水、明かりを生み出すもの。
そして、魔力を蓄える特殊な品。
どれも、魔術師なら道具なんて用いる必要のない、見習いでも扱える魔術を実現する道具だった。
感心したのは、彼らの発想だ。これらは全て、魔術師としての素養のない人へと向けた道具だという。
つまり、溜めこんだ魔力を使って、火や水、光を生み出す道具を世の中に普及させようというわけだ。
それを聞いた時、私の中で眠っていた好奇心が久しぶりに目覚めた。
魔術という一種の特権を、一般に普及させ、世界を一変させる。その可能性が目の前にあったのだから。
見たい。これらの道具によって変わった世界を見てみたい。きっと、今の世の中よりも便利で清潔になるに違いない。『塔』の中でしか体験できなかった生活が、一般化する。いや、母数が多ければ奇抜な発想をする人も多く現れる。きっと、私には想像もつかない世界が未来に広がる。
私は弟子達を可能な限り支援することにした。
幸いだったのは、師匠から工房を譲り渡されていたことだ。『塔』の中でもかなりの権力を握り、自由な研究をさせることくらいはできた。
周囲からの妨害、実験の失敗、浴びせられる冷笑。心が折れそうになる弟子達を表に裏に支えた、そのつもりだ。
弟子達の野望は、少しずつ実現に近づいた。最初の相談を受けてから十数年で、いくつかの王侯貴族が興味を持って接触するまでになった。
時は来た。
一つの国との協力体制が確立した時点で、私の中でも今後の方針が確立していた。
この技術によって発展した未来の世界で、普通に暮らす。
思えば七十年と少しの我が人生は魔術と共にあった。幼い頃、師匠に見出されて以来の修行の日々。一人前になってからは無茶ぶりされる日々。ようやく少し落ち着いたと思ったら、師匠が行方不明になり工房の責任者と弟子の世話。
その日々に不満はない。いや、師匠にはかなり振り回されたので少し不満はあるが、助けてくれた恩人だ。
幼いあの日、弟子にしてくれなければ、私は寒村で口減らしか野垂れ死にの、どちらかで人生を終えていただろう。
『塔』以外の生活に目を向けず、魔術の道をひた走ったのも、子供の頃の経験が理由だ。少なくとも、私にとって豊かな生活は魔術の道の上にしかなかった。
豊かな生活。そう、恐らく、魔術が一般に普及することで世の中は多少なりとも豊かになるだろう。寒くひもじい冬は過去のものとなるはずだ。……それなりに、時間はかかるだろうけれど。
弟子達の技術が世の中へ向けて第一歩を踏み出すのを確認した私は、自らも第一歩を踏み出した。
行き先は、ヴェオース大樹境。魔境に魔獣、危険な遺産がひしめく危険地帯。同時に、強力な魔術儀式を行うのに世界一適した場所でもある。
私はそこで、『新生の魔術』を行った。その名の通り、生まれ変わりの魔術だ。
魔術師が扱う地水火風光闇の六属性。その先にある第七属性に至った私にのみできる大魔術。色々危険を伴うが、実行に躊躇はなかった。万が一失敗しても、ちょっと早く寿命が来るだけだ。
エルフやドワーフと違い、短命な人間が寿命を飛躍的に伸ばすにはこの魔術しかない。どうせなら、生まれ変わって未来の世界を楽しませてもらおう。
そんな気持ちで儀式の準備を進め、魔術はつつがなく完成した。
「そういえば、ろくに説明せずに出ていってしまったな」
『新生の魔術』を使うその日、誰もいない工房で、魔術陣の中心に立って一人呟く。
一応、後の責任者を指名する手紙は残してきたけど、詳しいことは伝えていない。これでは師匠を責められないな。
まあ、いいか。うちの一門の特徴だし、人生の最後くらい、好きにさせてもらおう。
思い直して、魔術陣の中心で呪文を詠唱する。『新生の魔術』の本体は複雑な魔術陣。あとは実行する呪文を少し唱えるだけで発動する。
魔術を発動する直前、今更な考えが脳裏に浮かんだ。
新技術を使って大戦争でも起きて、世の中が荒廃していたらどうしよう。
「ま、その時はその時か。自力でどうにかしよう」
不安半分楽しみ半分。不確定な未来を楽しみにする、不思議とそんな気持ちが沸き上がっていた。
予定では『新生の魔術』によって生まれ変わるのに百年。はてさて、世の中はどう変わっているのやら。
「願わくば、楽しく、普通に生きられるといいね」
口をついて出た望みの言葉は、少し浮かれた感じになった。このまま、魔術を発動させて眠ってしまおう。
「我が魂の呼び声に応え、新たなる生命への扉開かん。至りよ!」
強く唱えた最後の呪文に答えるように、部屋全体に仕込まれた魔術陣が明るく輝いた。
魔術は発動した。さあ、後は目覚めるだけだ。
そんなことを思った直後、私の意識は暗闇に沈んでいった。
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