2章 首無しライダー 客観
「帰りたい……」
少年は
彼の心に
少年の目の前に広がるのは、人。人、人、人。そして人。つまりは人。どうしようもない程に、人だけが彼の視界に
人の色に塗りつぶされる広大な地下空間──池袋駅の中央で、少年は人の空気に
サラリーマン風の男の肩が自分にぶつかる。思わず謝ろうとしたが、相手はこちらの存在を
少年──
古い友人に誘われて、初めてやって来た
自分の住む街から出た事はなく、小中学校の時の修学旅行は共に欠席した。自分でもこれではいけないと思っていた矢先──
転校したと言っても、帝人が小学生の頃には既にネット設備が整っており、中学に入ってからも毎日のようにチャットをしていた仲だ。顔を合わせなくなったものの、それ程の
ネットに
「失敗したかなぁ……」
自分の存在など
五度目ぐらいの
「よッ、ミカド!」
「!?」
早速カツアゲ、それとも悪徳商法かと身を震わせた帝人だったが、相手が自分の名前を呼んでいた事に気付き、相手の顔をまじまじと見る。そして帝人は、その顔の中に
「え、あれ……
「疑問系かよ。ならば
その言葉に、
「わあ、
「
「昨日チャットで話したじゃない……それにしても、全然変わってるからびっくりしたよー。髪の毛染めたりしてるとは思わなかった! あとそのネタ寒い」
毎日の
紀田
「そりゃ4年も
正臣はそう言いながら、自分よりも数段階上の童顔である帝人の頭をペチペチと
「わわ、
帝人は
そんな正臣が、挨拶もそこそこに群集の中を歩き始める。
「じゃ、行こうぜ。とりあえず外に出よう。気分はまさしくGOウエスト。西口と見せかけて西武口方面に向かうトリッキーな案内人、俺」
「そうなんだ。で、西口と西武口ってどう違うの?」
「……
正臣と共に歩く帝人の中で、群集への恐怖は大幅に
「まあ、池袋には
「多分、
「……お前って結構
正臣は苦虫を
「まあいいや、俺の顔に免じて見逃してやろう。じゃ、どっか行きたいとこあるか?」
「ええと、チャットでも前言ったけど、サンシャインとか……」
「今から? ……まあ俺はいいけどよ、行くんなら彼女の一人でも連れてった方がいいぞ」
サンシャイン60は、かつては日本で最も高いビルとして有名な場所だった。都庁舎やランドマークタワーなどに記録を抜かれた現在でも、水族館やナンジャタウンなどのアミューズメントパークが揃い、休日には学生や家族連れ等で
ミーハーだとは思いつつも、
「ねえ、
「おお、
「あ、いや、ドラマじゃなくて、ウエストゲートパーク自体のことなんだけど」
それを聞いて、
「いや、普通に西口公園って言えよ」
「え、でも……池袋人はみんなそう呼んでるんじゃ」
「池袋人ってなんだ。あ、何? 行きたい?」
足を止める正臣に対して、帝人は首をブンブンと振りながら否定した。
「や、やめようよ! もう夜だよ!? カラーギャングってのに殺されちゃうよ!」
「あー、いや、マジな顔でそんな事言われても困る。つーか、今はまだ6時だぞ? ったく、
正臣はやれやれといった感じの笑顔を見せ、そのまま帝人を連れて人ごみの中を歩いていく。
改札口前に比べると人の密度は減ったものの、歩きなれない帝人にとってはぶつからないように歩くのがひと苦労だった。
「最近はカラーギャングも減ったよ。去年あたりは目立つのが多かったんだけど、
「暴走族!」
「いや、だからこんな時間から駅前とかにはいないっての」
それを聞いて、帝人はどこか安心したように息を
「じゃあ、今の池袋って安全なの?」
「いや、俺も半分知ったかだから正確な事は
「そうなんだ」
『絶対に手を出してはいけない人間』というのが気にはなったが、帝人は特に突っ込んで尋ねるような事はしなかった。
二人は地下道が狭くなっている場所に入り、地上に向かうエスカレーターへと向かう。
そして、エスカレーターを昇って地上に出ると、人の密集する空気を引き連れたままで、ただ周囲の景色だけがガラリと変わった。
相変わらずの人の波の中で、ウインドブレーカーを
街を歩く人間も
その感動をストレートに伝えると、
「あー、じゃあ今度
「遠慮しとくよ」
正臣の申し出を
「この上の道路が首都高速な。あ、そうそう、今通って来たのが60階通りって
「ああ、別に今度でいいよ」
そういう
長い信号待ちの間、正臣が今まで歩いてきた通りを振り返りながら
「今日はサイモンも
「だあれ?」
それは明らかに独り言と思えたが、突然出てきた人名の
「あー、いや、遊馬崎さんと狩沢さんは
その言葉から、帝人は正臣が『静雄』という人間を快く思っていないという事を判断した。それ以上は語ろうとしなかったので、特に突っ込みを入れなかったが──
「敵にしちゃいけない人って──漫画みたいだけど、他にどんな人がいるの?」
少年のような顔をした青年の無邪気な問いかけに、正臣は何か考え込むように空を
「まずはこの俺だ!」
「……
「√!? √って何だよ!? せめてマイナス20点とか
「意外な弊害だね」
帝人は表情一つ変える事無く、正臣のくだらない話に
「んー……何人もいるけど。ヤーさんやギャングみたいなのは言うまでもねえとして……
「オリハライザヤ……変わった名前だね」
「お前が言うな」
笑いながら
帝人という名前も将来偉くなるようにという意味でつけられたのだが、小学校の頃はよくからかわれた思い出がある。それでも今では皆馴れてしまったのか、
だが──中学校まで一学年一クラスしかなかった故郷と違い、この全く新しい土地では会う人間の
──まあ、まず無理だよね。
そんな心中を察したのか、正臣がフォローを入れようと言葉を
「あー、気にすんなよ。
「……うん。ありがと」
帝人が礼を言い終えたところで、信号が青に変わった。
「そうそう、敵に回しちゃいけないっていやー……『ダラーズ』って連中には関わらない方がいいらしいぜ」
「……ダラーズ」
「おお。ワンダラーズのダラーズ」
「また妙な例えを……それって、どんなチームなの?」
先刻までは会話に消極的だった帝人が、珍しく乗り気になって話の続きを
「あー、
「そうなんだ……」
その言葉を最後に、
彼らは
最初に聞いた瞬間は、何か
思わず立ち止まって様子を
「帝人は運がいいなあ」
「え?」
「初めて東京に来たその日の内に、都市伝説を目の前で見られるなんてなあ」
正臣の顔は無表情のままだったが、その目にはどこか期待に
──そう言えば──
帝人は、正臣が前にも何度かこんな目をした事を思い出した。授業中に、学校の上空を飛ぶ飛行船を見つけた時や、校庭に迷い込んだ
何か声をかけるべきだろうかと迷っている内に────
彼らの前に、その存在が現れた。
ヘッドライトの無い
それが車の間を
「!?」
数秒の間を置いて、再びエンジン音が唸りをあげる。だが、次の瞬間には再び無音となり、タイヤとアスファルトが
それは明らかに異常な存在であり、まるでその音が響く範囲だけ現実から切り取られてしまったような違和感を感じさせる。道を行く人間達の半分程が立ち止まり、
そして──帝人は自分の全身が小刻みに震えている事に気が付いた。
恐怖ではなく、ある種の感動のようなものに全身が支配されているのだ。
──
擦れ違う瞬間、帝人はヘルメットの奥に目を向けた。そのヘルメットの内部は
まるで──ヘルメットの中には何も存在していないかの
♂♀
チャットルーム(深夜)
──
【こんばんわー】
[ばんわー]
【あー、セットンさん。今日、見ましたよ!】
【例の黒バイク!】
[? 田中太郎さん、
【ええ、実は私、今日から池袋に住む事になりまして。今は友達の家から
[へえ、おめでとうー。一人暮らし?]
【はい】
[そうなんだー。……あ、黒バイクを見たって、夜の7時前ごろ?]
【あ、知ってるんですか? 私はサンシャインのそばで見たんですけど】
[うん、まあ。私もそこに居たから]
【!?】
【本当ですか? うわ、じゃあ知らない内に
[そうかも]
【うわー! なんだ! こんな事なら前から言っておけば良かった!】
[ともあれ、
【ありがとうございます!】
【あ、そうだ、じゃあ早速】
[はいはい]
【オリハライザヤって人、知ってます?】
【なんだか友達に聞いて、近づかない方がいいとか言われたんですけど】
【怖い人なんですか? って、知ってるわけ無いですよね。すんません】
[……]
[
【あ、いえ、普通の
[あ、そうですか。すみません。
《あー!
【!?
《ちょっと電話してたからー。あ、今ログ読みましたけど、
【あ、いえいえ、お構いなく。あー、でもオフ会はやりたいですねえ】
《そうですよねえ》
《あ、そうそう、オフ会と言えば、自殺オフってあるじゃないですか》
[あー]
[去年
【
【でも、最近はあまりニュースになってませんよね】
[未遂で終わってるのか、あるいはもう珍しくもなくなってニュースにならないのかもね]
《いえ、あるいは
【え?】
《もしかしたら、まだ死体が見つかってないとか》
【うわぁ】
[
《そういや、最近
【? そんなニュースが?】
《えーと、大抵不法滞在してる外国人とか、地方から家出して来た子とか。
【あ、やっぱりダラーズって有名なんですね】
《ダラーズは
[甘楽さんってどこからそういう情報を仕入れてくるの?]
《知り合いに詳しい人がいるから、それでですよう》
【うう、詳しく聞きたいけど、明日は朝早いから今日はこの辺でー】
《あ、お疲れさまでっす!》
[
[あ、私もちょっと用事があるんで、今晩はこれでー]
【すみません……あー、ドタチンって人の事も今度教えて下さいね】
【ではではー】
《あー、じゃあ今日はこれで解散ですねー。
《おやすみなさーい☆》
────
────セットンさんが退室されました────
────
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