第14話 誰よりも

 カクヨムコンテストまで、残り一週間を切った。

 全員の胸に刻まれたのは、間違いなく襲撃が目の前まで迫っているという事実。


 コンテストの日に備え、それぞれが己の役割を全うすべく動いていた。


 夜の静寂の中、レモネードと狂歌は一対一の対人戦を繰り返していた。互いの力と技を研ぎ澄まし、決して手を抜くことなく、己の限界を押し広げていく。


 玄花と双葉は、鍛錬の場を武器の製作と点検に変え、あらゆる細部にまで神経を注いでいた。


 赤井と狛はパソコンの画面に集中し、日本中のネット空間に潜り込みながら歪頼弌をはじめとする、小説家狩りの黒幕たちの痕跡を探り出していた。彼らの指先はまるで闇夜の狩人のように、敵の足跡を辿っていく。


 そして、あばにらは朝から夜まで体力づくりに励み、動体視力を研ぎ澄ませ、自らの能力を限界まで高めていく。どんな敵が来ても、逃さないという誓いが彼の肉体に宿っていた。


 さらに別の場所では、カクヨム特殊警備隊の緋炎組であるゆう、姫百合、オオキャミーが狛からの最新情報を受け取り、自分たちを鍛える訓練に没頭していた。

 情報が命運を分けるこの戦いで、彼らもまた全力を注いでいた。


 刻一刻と迫る決戦の日。

 それぞれの想いと覚悟が交錯し、やがて一つの鋭い刃となって、敵を迎え撃つ準備は順調に進んでいた。だが、全員がそれぞれの役割を果たしている間も、悲しみは消えることなく、心の奥に重く残り続けていた。


 どんなに感情を押し殺し、現実を受け入れたくなくても、望まぬ未来が待ち受けていようとも、彼らは決して歩みを止めなかった。

 

 その理由はただ一つ――大切な仲間と、小説という存在を守るためだった。


◇ ◇ ◇ ◇ ◇


 ――横浜にて。

 高級タワーマンションの一室。

 

 静かなリビングのソファにどっかりと腰を下ろし、髪を下ろした野々宮が、ぼんやりとテレビを眺めている。


 浮かない表情のまま、ゆっくりと立ち上がり、冷蔵庫から飲み物を取り出そうとしたその瞬間。


 後ろの部屋のドアが静かに開く。驚きの表情を浮かべて硬直する彼女の前に、全身を包帯で覆われた星七が、ドアの隙間からゆっくりと姿を現す。


 その姿を目にした野々宮の表情が、一気に安堵に変わった。そして、優しい声でそっと彼に話しかける。


「おはよう、星七さん」


 星七はかすかに震える声で、視線を逸らしながら答えた。


「お、おう……」


 彼の頼りなげな姿を見て、野々宮はどうにかして星七を元気づけようと、冗談を交えながら話を切り出した。


「もう死んじゃったかと思ったよ。だって君、心臓止まりかけだったし、全身の骨も砕け散ってて、本当に――」


 だが、星七はぽつりと彼女の言葉を遮るように告げる。


「しゃしゃけが、俺を殺そうとした……」


 その一言に、彼女はオレンジジュースを注いでいた手を止め、暗く沈んだ表情で口を開く。


「えぇ。君を殺そうとしていたのは間違いなく鮭だった。感情のない冷たい目で、まるで操り人形みたいだった……。もし、野々宮さんがもっと早く駆けつけていたら、君は――」


 背を向けた彼女の背中は、罪悪感に震えているのが星七にも一目で伝わった。その空気に促されるように、星七もまた胸に抱え込んだ感情を少しずつ言葉にする。


「俺が弱かったんだ。いつもレモネードに勝負を挑んでは負けてばかりで、他の奴らには絶対に負けないってことばっか考えてた。けど、それがいけなかった……。身近にいたしゃしゃけに殺意ナイフを突き立てられるなんて……俺は、きっとあそこで死ぬべきだったんだじゃないかって……」


 彼の頬を伝い、一粒の涙がこぼれ落ちた。まるで、それが今までの幸せな日々を一気に捨て去るかのように、手で掬おうとしてもまた零れ落ちる、戻れない過去の象徴だった。星七はこれからどうすればいいのか、怒りや後悔すら忘れ、何もかも諦めかけていた。


 そんな彼の手を、そっと野々宮が優しく握った。星七は顔を上げると、そこにあったのは彼女がこれまで決して見せたことのなかった、涙に濡れた悲しみの表情弱さ。彼女の流す涙は、握られた手の上にポタポタと落ちていた。


 その瞬間、星七は自分の胸の中にある大切な光が、ほんの少し輝き始めたことを感じた。


 涙をこぼしながらも、野々宮は真っ直ぐな眼差しで星七を見つめ、強い決意の言葉を紡ぐ。


「お願い……自分を責めないで。君はどんなに執筆で苦しんでも、決して諦めなかった。誰かを守ろうとして傷つき、苦しむ君を見ているのは私も辛い。そんなの絶対に間違ってるよ。君が背負った罪は、私が全部引き受ける。だから、どうかもう一度、自分の声を聞いて。一人じゃない。例え見えなくても、みんなはここにいるの。君の笑顔を待っている人が、今も帰りを待っているんだよ……!」


 彼女の心からの言葉は、失われかけていた心の光を再び呼び覚ました。まるで、完全に止まった巨大な時計塔の歯車を回すかのように、彼の中で眠っていた感情と思いが目覚め、星七自身を再び形作っていく。


 やがて涙を拭い去った彼の表情は、これまでとは違い、真っ直ぐで曲がることのない自分の花道を最後まで飾り通す武者のようだった。その姿を見つめる野々宮と向かい合い、星七は力強く自分の決意を口にした。


「ありがとう、もう迷わない。誰よりも強くなって、誰にも負けない強さを持って、いつかレモネードをも超えてみせる!だから、俺を強くしてくれ、野々宮さん!!」


 その圧倒的な気迫に、野々宮も涙を拭っていつもの凛とした表情へ戻すと、強く頷いた。


「もちろんだよ。君を文字通り、最強にしてみせる!」


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