第9話 敗北の日
あれから二日が経ち、雨の日の登校だった。傘を差して
「もうすぐでカクヨムコンテスト10かぁ~。みんなもう出す作品決まったんかな、とりま学校でレモネードたちに聞けばいっか」
星七は雨の中、歩みを進める自分の足を見ていると自然に記憶が次々と蘇った。
【少し前】
作家狩りをする連中から身を守るために放課後、夕日に照らされた道場を貸してもらい、レモネードと星七、
柔道着を着て畳の上でひたすら自分なりの戦い方で相手が場外から出るか、立てなくなるかのルールでやっていた。
双葉と玄花の試合が終わって、レモネードと星七が戦った時だった。近接戦を何回、何十回やってもレモネードには勝てなかった。それでも諦めずに立ち上がり、ひたすら殴り合った。交代になった時、レモネードと星七は場外で水分補給をしながら二人の観戦をしていた。
「なんでさ、レモネードってそんな強ぇの?」
ペットボトルに入った水を飲み終えた星七は無心に隣のレモネードに聞いてみる。タオルで汗を拭いながら水筒を口から放した彼は静かに笑いながら答えた。
「俺はジジイにずっと辛い稽古つけられてたかな。お陰で小説書く暇も無ければジジイのことも嫌いになっちまったよ」
「今はどうなんだ?」
その問いにレモネードは下を向いて暗い表情をする。
「病気で寝込んじまって俺には見向きもしなくなった。嬉しかった半面、俺は何かを失った気がするんだ。だけど、その何かがわからない以上、多分ジジイは俺を気にかけない。だからこそ、オマエらと強くなって、俺なりの夢があることを伝えたかったんだ」
その言葉を聞いて星七は両親の言葉を思い出す。
――――
「また喧嘩したのか!!」
「貴方はどうして他人を傷つけるの!?」
「わかんねぇ、でも……俺が強ければそれでいいって思ってるからじゃね?」
――――
なんで今更そんなことを思い出す……。俺には目標ができたじゃねぇか、この
すると星七は持っていたペットボトルをレモネードの胸に押し付けて嬉しさが零れるように笑った。
「俺はお前を超える。どんなに時間がかかってもな!」
「ふん、偉そうに」
レモネードもまた、星七を見据えて小さく笑った。
【現在】
雨の中、星七はふと空を見上げた。雲に覆われた灰色の空、静かに降り注ぐ雨粒。
俺は……強くなれてるのか?
小さく息を吐いて、星七は歩みを進める。
雨の音と湿気、そしてその独特の匂いが、星七の心を通り抜けるように過ぎ去っていった。ふと視線を上げたその時、反対方向から傘も差さずにボロボロのローブを羽織った人物がこちらへ歩み寄ってきた。
星七は無意識にその人物とぶつからないよう、壁際に寄って通り過ぎようとしたが――その瞬間、異変を感じ取った。
直感が、彼に近づく危険を告げていた。
星七は傘を投げ捨て、背中に背負っていたバッグから素早く木刀の持ち手を握った。そして、迫ってくる拳を全力で受け止める。だが、今までに感じたことのない圧倒的な重さ。
防いだ両手が軋み、骨に罅が入ったのがはっきりと分かった。激しい痛みに悶絶しながらも、星七は何とかその人物を木刀で押し返す。その瞬間、反動でフードが取れ、その人物の顔が明らかになる。
「なッ、……!」
――驚くべきことに、それは知り合いでもあり仲間であるしゃしゃけだった。
「は?なんで……」
「余計なこと言うな星七。僕だって……こんなことしたくないんだ」
困惑する星七に対して、しゃしゃけは羽織っていたローブを引き剥がして両腕に装着された異様な戦術グローブが露わになった。改造されたそのグローブは、星七の目には異質なものとして映った。
「なんだよそれ……いつものメリケンは?」
「今は、こっちの方が気に入ってるからさ」
その言葉と共に、グローブが蒸気を吹き出すと手の甲部分に装着された五本の液体入りヒューズが、しゃしゃけの腕に謎の液体を注ぎ込んだ。
そして――瞬く間にしゃしゃけの顔が歪み、苦痛に満ちた叫び声が辺りに響き渡る。彼女は地面に膝をつき、叫び続けた。
「おい、大丈夫か!?」
星七が心配して近づこうとしたその瞬間。ほんの一瞬、星七が反応する暇もないほど、音速を超える拳が彼の腹部へと放たれた。
肋骨が粉砕され、中の臓器が激しく圧迫されるのを感じた。瞬間的に気を失いながらも、星七は民家の壁を貫通して吹き飛ばされていった。
どうやら近くに川辺があったらしく、星七は坂を転がり落ちて橋の下近くでようやく止まった。口からは血が滝のように溢れ出し、意識が朦朧としていた。
ヤバい……コレ、死ぬ……。
拳を握り締めて震える足で立ち上がるが、木刀を握ることすら困難であった。息を荒げながらも、なんとか橋の下に入って身を隠そうとしたその瞬間だった。砂利を踏みしめる音と共に、しゃしゃけが背後に現れたのだ。
力を振り絞って振り返り、一歩後退しようとするが彼から見て、彼女の目は充血しており、苦しそうに唸り声を漏らしていた。
「クソ……一体、どうしたら……」
視界がぐらつき、今にも倒れそうになったその瞬間だった。
「星七!!」
聞き覚えのある声に星七はゆっくりと振り返ると、そこには息を切らし、ずぶ濡れで立っているレモネードがいた。
「レモ、ネード……」
「なにして――!」
「く、来るな!!」
星七は死力を振り絞って、レモネードを静止させる。
「これは、俺の戦いなんだ……邪魔、すんじゃねぇ……」
だが、星七の身体は限界を迎えつつあり、しゃしゃけが次の一撃を繰り出そうとしたその時、レモネードは一瞬で星七の前に出ると彼女の拳を受け流し、寸勁を腹部に決めて後ろへと後退させた。
その瞬間、星七は彼の後ろ姿を見てようやく理解した。
彼の強さは優しさであり、いつだって誰かを守る盾であるということを――。
歯を食いしばり、星七は呻きながらもその脚で立ち上がる。ボロボロで、意識がほとんど無い状態でも、なぜか立ち上がることができた。
「理解したぜ……レモネード。俺は、俺はお前に憧れてたんだ…………馬鹿で、問題ばかり起こすけど、いざとなればどんな脅威からもみんなを守れる……そんなお前に……なりたかったんだ」
その言葉を聞いたレモネードはゆっくりと頷く。
「しゃしゃけを止めるぞ。レモネード……!」
震える手で木刀を握り締め、星七はレモネードと共に駆け出し、しゃしゃけに向かって木刀を力強く振るった瞬間だった。停電するかのように視界が真っ暗になり、瞼を開いてみると星七は護岸に叩きつけられていた。
護岸にはクレーターができ、身体は奥深くまで埋まって全身の骨は砕け散って言うことを聞かず、頭からはどくどくと血が流れていた。ふと下を見ると、持っていたはずの木刀は折れており、周りを見回してもレモネードの姿はどこにも見当たらない。
口から血を吐きながら、星七はようやく今の状況を理解した。
――全ては、”幻覚”だったのだ。
彼が助けに来たことも、立ち上がってしゃしゃけに立ち向かったことも――。
何だ俺、幻覚見るほど……追い詰められてたんだな……。
彼はすでに全てを諦めたかのような顔をしながらしゃしゃけへと視線を移した。彼女は何故か涙を流しながら拳を握り締めて構えている。その瞬間から、星七は再び瞼を閉じ、心の中でレモネードに謝罪をした。
わりぃ、レモネード。やっぱ俺は……お前を超えることなんて出来なかったわ……。
そして、その拳が星七に突き出された瞬間だった。突然、何者かがその拳を受け止め、衝撃波が星七を包み込んだ。視界が揺らぎながらも、誰かが目の前に立っていることだけは分かった。
今度こそ、本物なのか……な。
その瞬間、星七は意識を失う。一方、しゃしゃけはその拳を止めた人物の顔を見つめる。その顔を見て彼女は、驚きを隠せなかった。
「ねぇサーモンさん。どうしてそんな死人が生き返ったような目で見るの?」
「なんで……貴方は狂歌が殺したって……」
「あ〜それぇ?アレは演技だよ。一時はバレるかヒヤヒヤしてたけど、今は君を止めるのが最優先だからね」
しゃしゃけの強大な一撃を真正面から受け止めたその人物の名は――、
『
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