Column3 「虫の居場所が悪い」はちょっと違う?

 今回は、「虫の居場所が悪い」という言葉について取り上げようと思います。


     ☆


 先日、ある漫画を読んでいたときに「嫌なことを言ってすまなかった。虫のが悪かったんだ」というような一文を読みました。(使われた言葉だけ残して、それ以外は変えています)


「虫の居場所が悪い」というのは「機嫌が悪かったんだ」という意味として、一見合っていそうですが、正しくは「虫の居所いどころが悪い」です。


『明鏡国語辞典 第三版』では「虫の居場所が悪い」について取り上げ、「誤りである」とはっきり記していました。逆に言いますと、間違われる方が多いということでもあるのかなと思います。

 思うに、現代人にとって「居所」というよりも「居場所」というほうが聞き馴染みがあるのだろうと思います。そのため、「虫の居所が悪い」ではなく「虫の居場所が悪い」と使ってしまうのでしょう。


 また、いつものように他の辞書も調べてみたのですが、どれを見ても、見出しにも語釈にも、注釈にも「虫の居場所が悪い」は取り上げられていませんでしたし、慣用句は基本的に表記を含めて元の形をそのまま使うことになっていますから、やはり本来の形である「虫の居所が悪い」とするのが適切かなと思います。


 ちなみに、何故「虫の居所が悪い」という慣用句が、人の感情について示すのかと申しますと、昔から人の体の中には虫がいて、それが病気を引き起こしたり、感情を呼び起こしたりすると考えられていたからです。近世では、その虫と言うのが九つの虫がいるとされていました。


 あり得ないと思うかもしれませんが、今の医学からみても案外的を射ているのではないかなと思います。


 セロトニンや、ドーパミンが幸せホルモンと言われているのは、皆さんもご存じかと思います。それらの前駆体ぜんくたい(=「生成される前段階の物質」のこと)は、腸内細菌によって合成され、それらによって脳に送られるのです。つまり、腸内細菌がいなければ、セロトニンもドーパミンも生み出されないということ。


 ここは言葉の話がメインなので腸内細菌の詳しい説明はしませんが、それらが人の感情を司っているということがお分かりになるかなと思います。


 腸内細菌は「虫」ではないですけれども、ある意味人のお腹のなかで生活している別の生き物と言う意味では、通ずるところがあるのではないかな……と思ったというお話でした。


<掲載元>

◇『ことば ‐Ⅱ‐』2024年5月 Column8

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