アイドル転生 異世界武闘譚

コバヤシユウタ

第1話

「この人生でアイドルに出会えて本当によかった。」


大好きなアイドルのことを考える事で、気絶しそうな自分を支えている。

荒れる海。暗闇の空。暗闇を引き裂く稲妻。

高層ビルから垂直落下するような荒波の上で、日向明里は生命の危機を感じながら、どこからこんなことになったのか今日を振り返っていた。


創音高校はアイドル養成を教科に含む神戸の女子高等学校。歌やダンス以外にも音響や照明の操作や楽曲作成など教科は多岐にわたる。

最先端のダンススタジオでの練習は、間近に迫った発表会を直前にして本番さながらの熱を帯びていた。

「はい!今日の練習はここまで。」

担任の斉藤先生の声で練習が終わる。アイドルダンスだけでなく、コンテンポラリーダンスの国際大会で何度も入賞している実力を持っている先生だ。

座り込む生徒たち。最後列の端のポジションで膝を抱えて苦しそうに息をしている日向明里に斉藤が声をかける。

「日向さん、放課後に職員室まで来て。」

あちゃー、振り付けミスの連続叱られるかあ。まさか発表会に出れないなんて話じゃないよね。様々な思考が頭の中をかすめる。しかし、担任の話はどれよりも深刻なものだった。


「オーディションも面接も全敗です。見学に来ていただいてたライブアイドル事務所からもあなただけ全く採用に関する問い合わせがありません。どうしてだと思います。」

決して薄くはないアイドル不合格の通知の束を手のひらで軽く叩きながら担任から問いかけられる。

日向明里は、創音高校3年生。素朴な顔立ち、取り立てて美人というわけでもなくプロポーションも普通で、背も高くもなく低くもなく特徴的な何かをもってはいないが、人を心から安心させる愛嬌があった。

「えーっと、歌がちょっと。」

「違います。」

「あ、ダンスかな。」

「違います。」

ため息とともに担任からもアイドル失格の最終通知が告げられる。

「あなたは、なんでライブになるとそんなに目立たないの!アイドルなんて認知されてこそですよ。それなのにあなたは、ステージにいるかいないかわからない。

何件も聞かれましたよ、そんな子いましたかって。努力してないわけでもなく原因も不明。認知されないイコールあなたはアイドル失格です。」

「うっ。そんな。あの私どうしたら。」

「アイドルとしての進路はあきらめましょう。明日から、普通科へ転科です。あなた作曲の才能あるし裏方としては非凡なスペックがあります。人前に出るのは諦めて、音響スタッフでの採用にもっと力を入れたら進路も決まるでしょう。」

顔にハンカチを当て本気か嘘泣きかわからない泣き方で担任が机の方に顔を背けたところで話が終わる。

明里は足もとから何かが崩れていく音を聞いたような気がしていた。



「ただいま、茂、晩ごはんできてる?」

「お姉ちゃんおかえり。今日はオムライスだよ。宅配でいい卵届いたから。」

エプロンをつけた小学校3年生の弟が、食卓に突っ伏したまま出迎える。

本当にいつも半分寝てる。しかし腕の隙間から見える顔は弟ながら客観的に見てかなりの美少年だ。

「あんた、今日は小学校いったの?」

「あ、まあ、それより新しい日向流格闘術の手を思いついたんだよ。ご飯の後で試させてよ。」顔もあげず手でお願いのポーズ。

「今日も行ってない。はあ、もう。今日はお姉ちゃん疲れてるから遊んであげれないよ。」

「あ、そうか、じゃあ、またね。」

顔をあげ笑顔で自分の部屋に避難していく。

我が弟ながら、この子のような子のことを美少年と言うのだろう。ナチュラルな癖毛まで美形を際立ててる。

ああ、もう少しでも小学校行ってくれて、あの武術オタクがなくてまともだったらどんなに救われるか。

自分の部屋のベッドに寝転んで、マットレスの下から取り出した貯金通帳を見る。交通事故で天国に旅立った両親の遺産だ。

「うう、もうちょっとバイト増やすしか。ああ、でも、アイドルなりたかったなあ。私、そんなに目立たないかな。」

疲れからと、気落ちから、いつの間にか眠りに落ちた。


目の前で少女が泣いている。これはきっと夢だ。ひび割れた荒れ果てた大地が広がっている。少女が素手で土を掘り続けている。何かを探しているのだろうか。一緒に探してあげようかな。

「どうしたの。」

少女が振り向き、

その瞬間私は何かに頭から食われた。


「ああああ、えっ。」

夢に驚いて明里が目を覚ますと、そこは嵐の海原の真っ只中だった。

見たこともない速さで黒雲が渦巻き、叩くような雨風が顔を打つ。繰り返される波の上下にジェットコースターの様に身体が上下している。

私、自分の部屋でベッドで寝てたよね。なにこれ夢?なんでこんな木の板にしがみついて溺れそうになってる?

小3引きこもりの弟が自分にしがみついている。いつも通り眠たそうな顔でいるのが思いっきり腹立たしい。身体を揺さぶる様々な刺激が、これは夢ではないと教えてくる。でもやっぱりこれは夢なんだと思いたい理由があった、目の前でカバのぬいぐるみが怒鳴ってる。

「しっかりこっちを見んかい。アホやな。なんでこれ言わなあかんやつばっかりやねん。かなわんわ。」

え、アホとは。なんで怒られてる。

「ここは海魔の海や。食われてしまうで。もうちょい左や。足動かさんかい。」

確かに、聞いたこともないような生き物の唸り声が近くから聞こえてくる。

自分史上最高におそろしいアトラクションの中で、私はひたすら大好きなアイドルさんたちの笑顔を思い浮かべながらバタ足を始めた。


何時間たっただろうか、まるで何か壁を越えたかのように海はなぎ、青空が広がった。ぬいぐるみは私を振り返ることもなく流れの先を見ている。弟は嵐などなかったかのようにすやすやと眠りこけている。私がバタ足をする気力もなく流れに身を任せていると、石を岸壁に積み上げた港町にたどり着いた。

「ここにずっといたら目立つな。街中の路地にはいるぞ。」カバのぬいぐるみが先頭に立って歩き出す。私は、半分寝ている弟の手を引いて後に続く。道に詳しいのか、絶妙に人通りのない道を歩いて路地に入る。

「先ずは自己紹介からやな。うちの名前はゆい。ゆいにゃんでもええで。」

にゃんて、カバに猫イメージがかぶってるのがすごく気になるけど、多分ゆいにゃんて呼んでもらいたいんだろうなあ。わかったよ、ゆいにゃん。

「あ、ありがとうございました。あの、私は日向明里と言います。」

「僕は、日向茂です。ありがとうゆいにゃん。」弟が半分寝ぼけた顔に満面の笑顔を浮かべてお礼を言う。もしも引きこもりをしていなかったら小学生にして何人の女の子を泣かせてたかわからない。部屋で格闘技や武術のオタクをしてくれていて世界は平和だったのかもしれない。ぬいぐるみだから気のせいだと思うけど、ゆいにゃんの顔が赤くなったような気がする。

「え、あ、まあ、どっちかと言うと助けてもらったのはゆいの方やし、暇やし、ちょびっと付き合ってもええよ。」

「僕からゆいにゃんに聞きたいことがあるんだけど、ここはどこ、なんという場所かな?」

え、どう言うこと、日本でしょ、神戸でしよ。でも、ゆいにゃんから帰ってきた言葉はとても自分が信じられない言葉だった。

「ここはアスカのコウベや。その質問。二人は異世界から来たということか。わしの乗った船が嵐にあおられて海魔の海で難破した時、世界の運命をにぎる超すごいカラクリ人形の乗った木切れに、二人が突然現れたのは運命やろな。この世界に呼ばれたんや。」

アスカのコウベ、微妙に日本の神戸かすってる。

「よし、これから毎日お前らの世界の話聞かせろや。めっちゃ興味ある。それが三途の川の渡賃や。そしたら助け続けたる。」

「え、私たちまさか死後の世界で仮死体験とかしてないよね。」

「お前らはどう見てもぴんぴん生きとるわ。」

「ここへ来るまでの看板、僕見てたんだけど文字も言語もほとんど同じだね。カタカナもあるけど、僕らの世界より漢字の方が多いみたいだ。英語もあるから、この世界には英語をつかってる国もあるんだね。街並みは明治とか大正とか言った感じかな。もうちょっと知りたいな。ゆいにゃん、どこかに本がいっぱいあるとことかないかな。」

「図書館ならあるが、その前に、そのびしょ濡れで奇抜な服を着替えんとな。西洋で見られるようなその服、まだアスカでは馴染みがないんや。まあコウベは流行が早いから多少は洋服の人間もいるけどな。」


服屋で二人の着物と袴を買って図書館へ。紙幣の柄は違うが金額の数え方は同じ。普通に言葉も通じる。店員からかなり異質なものを見るような目で見られたし、ゆいにゃんからは「サイフすっからかんや」と愚痴られたけど。表情が変わらないから余計に厳しく聞こえる。


木造白壁の図書館は二階建てでなかなかに立派だった。窓にはステンドグラスがはめられている。

茂とゆいにゃんが忙しく本のページをめくっている。茂が質問してゆいにゃんが答えている。

まだ小学校3年生で小柄な茂は、見ようによってはぬいぐるみ遊びをしているように見えた。

「いつも眠たそうな顔してるのに、なかなか頼りになるじゃない。まあ現状把握は弟に任せてと。」

私は、可愛いアイドルの写真集でもないかと図書室を回り始める。ダンスや歌の成績は後ろから数えた方が圧倒的に早い劣等生だったし、両親を交通事故で無くしてバイトと学校の両立は大変だったけど、アイドルオタクの自分にとって未来のアイドル候補生ひしめく学校はパラダイスだった。

そして暇さえあれば、料金安めのライブアイドルさんのライブに通っていた。無料イベントとか、アイドルさんには申し訳ないけど本当に助かった。もちろんそう言う時は、必ず物販にいって還元してたけど。

「さすがにないかあ。この世界にアイドルってないのかな。さびしいなあ。もしかして写真とかもないのかなあ。」

私が少しセンチメンタルになってると弟に呼ばれた。

「お姉ちゃん、この世界のこと少しわかったよ。結論から言うと僕たちのいた世界とは違う世界。

でも、似ているところもあるから平行世界だと思う。」

「へいこう世界って?」

「たくさんの世界が同時に複数違う次元に存在しているということ。この世界が僕たちの世界と決定的に違うのは三つ。ひとつはアスカを含む五つの国から世界が成り立っていると言うこと。地理的には僕らの世界とほぼ同じ。地球はかなりの楕円だけどね。

もうひとつは地下資源がほとんどなくて貴重。水素やメタンガスそして自然エネルギーでの電力と魔法のような超自然的なエネルギーがハイブリッドされて世界が動いてる。

もう一つは、妖魔の進行を受けて各国はバリヤや結界を敷いて鎖国をしていると言うこと。」

「え、開国じゃなくて鎖国なの?」

「そうや。あらゆる近代兵器の通じない妖魔から人民を守るためには、結界やバリヤなど各国なりのやり方で国を閉ざすしかなかった。しかし、」

ゆいにゃんは腕組みして天上を見上げた。

「妖魔は結界の弱まった所から侵入を繰り返してるんや。」

弟の説明は半分もわからないけど、ずっとゲームとかしてたから、こうなると強いね。ゲームやアニメの異世界生活に詳しいもんね。たよりになるわー。なるほど二つの世界は違うけど似てるってことか。調べ物も一段落したところで聞きたかった質問をする。

「ところで、ゆいにゃんは女の子だよね?」

「アホか!ドアホか!どこからどう見ても可愛い女の子に決まってるやろ!時代が生んだ最高傑作のカラクリ人形ゆいにゃんとはうちのことや!」


ゆいにゃんは怒りが少しおさまったところで話をきりだした。

「とにかく、うちももうお金がない。うちはともかく、二人はたべてかなあかんやろ。仕事や。なんか特技はないんか?」

「あ、あかり姉ちゃん、僕眠くなってきた。おやすみなさい。」おい、弟よ。なんでこう言う責任をともないそうな話しになるといつも寝ちゃうの。お姉ちゃん泣いちゃうよ。

「あ、あの、まあ、あえて言うならアイドルかな。」

ゆいにゃんが大きくのけぞってから机に手をついた。

「なーにー向こうの世界でやってたんか。」

「ええ、まあ、専門の学校に通ってたし。」

「専門。すごいやないか。よし、決まりや。今日の適正試験はまだ締め切ってないはず。すぐに試験を受けに行くで。試験に合格して人工精霊もらえたら仕事なんかひくてあまたや。」


弟をおんぶしながら、ゆいにゃんの後ろをついて歩く。この世界は少ないエネルギーを補うために、妖力や魔力、精霊の力といったものが科学と結合しているらしい。そのためか、ゆいにゃんが歩いていても驚く人はいない。

「適正試験に合格して、人工精霊を紹介してもらえたら仕事なんかなんぼでも見つかる。

神威合体や妖力解放までできなくても人工精霊と契約できた愛渡流がいれば雷武ができるからな。」

え、人工精霊と契約、合体、解放、気になる言葉について質問しようとしたら試験会場について受付が始まった。

「今日の責任者は、オキタソウシらしいわ。」

え、沖田総司がいるの。


受付をすますと、あれよあれよと言う間に手にグローブがはめられ、頭を守るヘッドギアがつけられる。

「あの、これは?」

「オープンフィンガーグローブやないか。つかめるグローブそっちの世界にはないんか?」

「いえ、あの、なんでアイドルの適正試験でグローブをつけるの?」

「当たり前や。依代が弱っちかったらどんな大精霊や大妖怪が憑依したところで力なんか発揮でけへんもんな。ええか、試験は3分の間に相手の顔にパンチ3回当てられたら合格や。別に倒さんでもええからな。

あとは試合と一緒で蹴りも投げもありやけど寝技は無しやで。複数の妖魔を相手にしたら寝て止まってたらやられ放題やもんな。試験のルールはそっちの世界でも一緒なんか?」

「え、わ、あの。えっ。」


試験のスパーリング相手がリングにあがってきた。可愛い。超可愛い。ほっぺがぷにっとしていて笑顔が最高。

「試験官、国営防衛隊の彩光遊撃隊のオウカやんか。なんで今日に限って民間のチームじゃなくて最強たる彩光が初心者相手の試験官なんや。しかも、雷武と愛渡流の二刀流、青い焔のオウカや。」

ゆいにゃんの言葉もあんまり耳に入ってこない。あまりの可愛さにふらふらとリングに吸い寄せられていく。いつのまにかロープをくぐっている。

「あわ、ちょい、待てや。とにかく生きて帰ってくるんや。」

ゴングがなり試験が始まる。ふらふらと近づいていったら頭が吹き飛ばされた。シャブの一撃に頭がもげそうになる。


寝ていたはずの弟がゆいにゃんの横に立っている。

「ナイスなジャブ。おおっ、ギアあげたね。フックまぜはじめた。これはボクシングと同じ。あはっ、インでもアウトでもボクシングできるなんて、あのお姉ちゃん最高!」


しばらくその繰り返しの後で、フックやアッパー、様々なパンチが雨嵐のように襲いかかってくるようになった。もはや相手の顔にさわるどころの話ではない。亀のようになって逃げ回る。最後に強烈なストレートパンチに吹き飛ばされたところで3分間終了のゴングが鳴った。

グローブの隙間から見ると、オウカちゃん始まる前のニコニコと違ってちょっと怖い顔してるかも。不甲斐なさすぎたかな。ごめんなさい。ちょっとだけほっぺたさわってみたかったなあ。

我に帰った私はあわててリングを降りた。


「残念だけど失格です。」

目の前のオキタソウシは、自分と同い年くらい。自分の世界の沖田総司の痩せたイメージとは違ってかなりぽっちゃりしていたが、とても優しそうで、かつ申し訳なさそうにしていた。

「あの、でも、また試験ありますし。民間の防衛隊は会演隊で人工精霊と適合できたケースもありますから。」

資格のなかった人間にそこまでしなくてもと思うくらい腰が低く、門まで見送って菓子を弟の袖に忍ばせてくれた。


「なんや歌って踊るんがアイドルかいな。こっちの世界と違うな。音楽や踊りをして見せて人工精霊を喜ばせ、精霊の力を引き出す雷武と似てるな。この世界ではそっちは有り余ってるんやなあ。引く手あまたなんは妖魔と戦う愛渡流の方なんや。」

「ライブだけじゃだめなの。」

「誰かが人を集めて歌うたったり踊ったりするんは自由やけど、お金はもらったらあかん。趣味にすぎん。

雷武でお金をもらうためには愛渡流がいて妖魔と戦うことが条件になるんや。ただで雷武やってたらおまんまの食い上げや。」

「歌と踊りだけじゃ食べていけない。はあ。」

「とにかく仕事みつけなあかん。求人探すで。」

「ゆいにゃん。」

「なんや。」

「ありがとう。ゆいにゃんの前向きなエネルギー、めっちゃ心強いよ。」

「うっさいわ。いくで。」

表情変わらないけど、なんかてれてるみたいだ。


「試験官お疲れ様。急なお手伝いだったね。どうしたの。うかない顔して。」同じ彩光遊撃隊の先輩アコがオウカに声をかける。

「私、途中からコンビネーションを入れて、最後の一発は本気で打ったんだよ。」

「うん、で、相手は手も足も出ずに失格でしょ。聞いたよ。それがどうしたの。」

「たとえ一発とは言え私の本気を受けて失神することも骨折することもなく歩いてリングをおりたの。動きは全く格闘技を学んでいる様子もなく素人みたいだったのに。あの子普通じゃない。いったい何なの・・・」

オウカはずっと自分の拳を見つめ続けていた。

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