第31話 お前も家族だ

 あの一件から数日がたち――やっと少しだけ、心の整理がついた頃。

 裏で糸を引いていた黒幕を吊り出すため、わたしは黒い受話器を取る。


「只今急用のため、大変通話が混み合っております。ピーッという発信音の後に」

「――おい」

「…………はいはい、ごめんってば」


 ふざけた態度を取る相手を、わたしは最大限の怨嗟を込めて一刀両断する。


 相手は自分にとって、切っても切れない黒い糸で繋がっている男。

 わたしに呪いをかけた、因縁の相手。


 わたしを人間の学園に入学させ、その素性を詮索させないよう裏で糸を引き。

 この事態の引き金となった、全ての元凶――――お父さんに、わたしは受話器越しで対面する。


「言いたいことはあるかな」


 腹の奥から、低い声で問いかける。

 しかし黒幕は、飄々とした態度を崩さない。


「えと、そうだね。あ、どうだい学園生活は? 充実してる?」

「は? なに言って――」

「たしかにっ! ミラに負担をかけてる自覚はあるよ!?」


 けど、とお父さんは続ける。


「学園での生活も悪くないんじゃない?」

「はあ!?」


 どうやらお父さんは、今回の件について何も知らないようだった。

 あれほどの騒ぎを起こして何も情報が漏れていないのはおそらく、セインがわたしにあの少女の処遇を委ねるために口を塞いでくれたからなのだろう。


 さすが、わたしのライバル。


 まあ、日頃の文句を言い出せばきりがない。

 わたしの人生を滅茶苦茶にした文句を、延々と語ってやりたいよ?


 でも、そんなことはどうでもいい。


「マナのこと、なんで黙ったの」

「……え、あ~~。そっか、とうとうバレちゃったかあ」

「いい加減にしなよ」


 その態度に、わたしの血管は無意識に浮き出ていた。


「なんで黙ってたの」

「だって、ミラとリラに伝えても混乱するだけでしょ? あ、これお母さんは知ってるからね」

「そうじゃないだろっ!!!」


 声を、ありったけに荒げる。


 マナのことは正直……嫌いだよ、というか不気味で理解できない。

 わたしを興味本位で殺そうとする、純粋に黒に染まった存在は無意識に嫌悪感を覚えてしまう。

 けど!!

 それでも、マナの生きてきた人生は、わたしなんかよりよほど辛い道のりだっただろう。

 その価値だけ利用されて、当の本人は放り出されて必死に自分の力で生き抜いてきた。


 何度もいうけど、あいつは嫌いだ。

 けれど、なぜ誰も手を差し伸べてやれなかったのかと、義憤ってやつをぶつける。


「……なんで、なんでマナを助けてあげなかったの?」

「え? いやいや! 僕は一生豪遊できるほどの支援はした。というか今も継続して結構な負担になってるんだよ!?」

「…………ん?」


 何かがすれ違っている。

 まさか……


「お父さん。マナに最後に会ったのはいつ?」

「ああ、それがさあ。フィーラ家はマナが僕のことが嫌いだって言ってもうしばらく本人には会わせてくれなくてね。送られてくる写真で我慢してるんだけど一応立派に育っているみたいだから安心は――」

「安心できるかあ!!」


 わたしは声を荒げる。

 その場にいたら確実にぶん殴ってたね。


「マナは三年前から勘当されて、何の支援もなく一人で生きてんの!!」

「え」


 しばらく時が止まったかのように流れると、お父さんは聞き直す。


「えと、なんていった?」

「マナは再婚相手の家庭から疎外されて、勘当されて一人で生計を立ててるって話」

「マジで?」

「マジだよ」


 向こうの動揺が受話器越しにも伝わってきて、逆にわたしのほうが少し冷静になってきた。


 ……どうやらお父さんは、マナの置かれている環境を知らずに利用されていたみたいだ。

 フィーラ家はお父さんから多くの支援を受け、マナには一切の還元などしなかった。

 写真はおそらく、何かの口実で呼び出し撮らせたものだろう。


 その事実を知って、受話器の向こう側に入るかの魔族は声色を下げる。


「……どうしてだ。僕は君を、愛していた、信じていたのに……!!」

「いや、そもそも浮気の時点でアウトだからね?」


 まあ、少なからずの支援をしていたのは、わたしという例があるからわかる。

 わたしも母親を早くに亡くし、しばらくは一人で生きてきたが生活に困ることはなかった。

 食事は定期的に運ばれていたし、たまに業者が来ては掃除洗濯をこなしてくれていた。


 今考えれば、わたしの生活は相当恵まれていたと実感する。

 いや、わたしのことはいい。

 マナのことだ。

 それを踏まえても、お父さんの怠慢に過ぎない。


「ちゃんと精査してなかった。無理矢理にでも目につけておくことすらしなかった。わたしはお父さんに大いに怒ってるよ」

「ああ……そうだね。すまなかった」


 珍しくまともに認め謝罪する。

 それほどに、ショックを受けているらしかった。


「……」

「……」


 情報を整理するため、しばらく無言の時間が続いた。

 ま、これからが本番なんだけど。

 一度このクソ親父には、思い知らせなければならない。



「落ち着いた?」

「うん、少しね。ミラはやっぱり優しいねえ」


 そっかそっか。

 それはよかった。

 ならやっと、本題に移れる。


「じゃあなんでわたしがマナと出会うことになったかの話なんだけど」

「ああ、うん。そうだね。どういう経緯で――」

「ちなみにマナは我が家で監禁してるからね?」

「うん?」

「話の続きね。マナがわたしを殺しに来て、セインと喧嘩になった話なんだけど――」

「まってまって!! まてまてまて! なにそのカロリーオーバーなストーリーは!」

「いいや、聞いてもらうよ?」


 絶対に逃さない。

 受話器を置いたら最後、家族として縁を切ると事前に伝えてある。


「さあお父さん、覚悟してね?」


 全ての元凶はもう瀕死の状態で、わたしの前で限界寸前といった状態だ。

 その元凶を見下しながら、わたしは告げる。


 そうしてゆっくりと、トドメの一撃を振り放ったのだ。


 ◇


「…………ああ、もうやめてくれ」


 壮大な話の梗概を聞いて、お父さんはそう錆びついた声で言った。


 ふむ、よろしい。

 ざまあみろってやつだ。


 ――といいたいところだったが、話は複雑に絡まってとてもそんな気分にはなれなかった。



 まずわたしが入学当初、フィーラを姓として使っていたのはフィーラ家に父親が頼み込んだからだった。

 支援の見返りの一つとして、わたしが人間として振る舞う場合にバックとして家族として振る舞ってくれるように手配していたのだとか。

 そして――――お父さんはずっと、マナに直接会って話をしたいと懇願していたらしい。

 マナがまだ幼いとき、再婚する前は一年に何度か会いにいっていたのは事実らしい。



 後述だが、現在収容中の被告人もそれは認めていた。


 しかし、フィーラという女が再婚してからは会う機会が少なくなっていった。


 本人がもう会いたくないといえばそれまで。

 そう言われてしまえば、お父さんの立つ瀬はない。


 代わりに、写真だけは毎年見返りとして送付されていたのが悪質だった。

 マナが勘当されてからも、たまに帰って来るよう命じて口実をつけて家族で写真を撮っていたのだ。

 本人も怪しいだろうとは感じていたらしいが、家族の姓を使っている以上言われるがままにするしかなかった。


 これがすれ違いの真相。

 なんて胸くその悪い話だろう。


 フィーラ家による悪意を孕んだ育児放棄と、ただただ利用された最強だった『魔王』。


 全部ぶちまけてスッキリ、なんてことはまるで無かった。

 お父さんはマナの写真を大切に保管していた。

 大切に、思っていたのだ。


「ふぅ……。ほんと、フィーラには残念だよ」

「お父さんの……その、力を使えば――」

「それはだめだよ、ミラ」

「……っ」


 お父さんの、魔族としての権力を使えばなんて。

 わたしは短絡的に、そう口に出してしまった。

 そんな、作り話みたいなざまあな結末にはならないのだ。


 お父さんは深く息を吐くと、わたしに問いかける。



「さてと――どうする?」


 なにがって?

 わかっている、マナのことだ。


 遺憾なことだが、同じ血が流れる彼女はわたしを殺そうとした。

 興味本位で、消し去ろうとした。


 それが環境に起因するものならまだしも、そうではない。

 彼女はただの好奇心で行動を起こす、可哀想な被害者ではない。


 どう裁くべきか、どう扱うべきか……。

 お父さんはそれを、深慮の末にわたしに投げかける。


「僕としては、ミラに任せるよ」

「そんなの、そんなのわたしに押し付けないでよっ!」

「違う違う。もう僕の中ではある程度の目処は付けてある。マナには僕の用意した一戸建てに住んでもらう。生活基盤は整っているし、常に従者と監視を兼ねた配下を二人、いや三人置こう。もしそれでも、彼女が監視下から外れたなら――その時は即刻僕が捕らえて刑務所に連行する。もうマナに次はない」


 確かに、それならわたしとしてはかなり安全だ。

 わたしがまた狙われるような心慮をしなくてもいいのはだいぶ気が楽ではある。


 そういうことなら――


「わたしに任せるって、なにを?」

「それはね」


 受話器越しに、お父さんはもう一つの選択肢を提示する。


「はあ?」


 あまりにバカバカしい、あり得ない選択を突きつけられて呆れる。


「そんなのわたしが許すと、本気で思ってんの?」

「普通ならあり得ないね。でも君は僕の娘だ。普通じゃない」

「自虐かな?」


 普通じゃないのが下に突き抜けているやつが言うと説得力があるように感じる。

 いや、わたしは普通だけどね?


「決めるのはミラだ。僕はミラもリラも……マナも、大切な娘だと思ってるよ。だから、ありったけにあまやかしてあげよう」

「よくいうよ。無理やり連れてきたくせに」


 あり得ないと、そう無下にしながらも。

 その提案が、頭の片隅にうずくまっている。


 ああ、もう……!!!


 不条理を否定したい。

 わたしの決めた生き方を、貫くなら。

 わたしが選ぶのは――――


 ◇


 ガチャリと、施錠された扉を開ける。

 そいつを、格納庫(中はちゃんとした部屋だが)から出してやる。


「お姉様!!」

「うん、迎えにきてやったよ」

「また会えて嬉しいです!」


 目の前でキャッキャと喜ぶ様子は、年相応のそれにみえた。

 それほどに、わたしと会えることが幸福なのだろう。

 わたしは正直まだ、目を合わせるのも嫌で仕方ないが。


「ねえ、マナ」

「はい、なんでしょうお姉様!!」

「あんた、まだわたしの命を狙ってんの?」

「へ? それはどういう……」

「いいから。正直に、粉飾なしで答えてみ」


 わたしの穏やかな声音に、逆にマナは固まってしまう。

 口を開くも、声が出ない。

 しどろもどろと、呂律が回らない。


 意地悪な質問かもしれない。

 けれどこれは、彼女が起こした許されない行為に対しての相応の罰だ。

 受け入れなければいけない、責任だ。


「……わたくしは」


 時間を置いて、マナは訥々と本音をさらけ出す。


「お姉様の命に興味が無いかといえば、嘘になります……」

「うん」

「ですがそれ以上に、私は…………」


 彼女は、言葉に詰まる。


「えと、どう言えばいいのか。憧憬なんて単純なものじゃなくて……お姉様は、私の予想なんて軽々と超えていく存在。そんなお姉様を、私は……」

「いってみ? あんたがわたしにそんな単純な想いなんて向けることはないってことくらい、もうわかってるから」

「お姉様は私のことをよくわかっていらっしゃいますね」

「そうだね。わたしはあんたの――――マナのお姉ちゃんだからね」


 その亜麻色の髪を、ぽんぽんと撫でてやる。


「お、おねえさまあ……!」

「いいよ、全部受け止めたげるから」


 まあ正直、この状況が既にこわいんだけどね。

 それでも、こんな小物に二度も不意を取られるわけにはいかない。

 真意を、聞かなければならない。


「そう……ですね。私、やりたいことがわかった気がします」

「うん、聞かせて?」

「私の役目は、お姉様をプロデュースすることです!!」

「ううん?」


 返ってきた答えに、わたしが面食らう。

 そんな、どういうこと?

 わたしのお姉ちゃんムーブで浄化でもされた?


 そんなわけはない。

 こいつの魂胆は、きっと先にある。


「私、広告業で生計を立てているんです。お姉様の存在を喧伝し、世界に響き渡らせることがきっと私の役目だと思うのです!!」

「で、その後は?」

「はいっ! 最後の仕上げにお姉様には、あの最強の『勇者』様に打ち勝っていただきます。そうすればお姉様こそが、世界の中心に君臨することができるのです!!」

「うんうん」


 大仰な言い方だが、わたしもそのつもりだし。

 大いに煽ってもらって構わない。

 敗北すれば名誉も栄光も全て失う、崖っぷちに追い込まれてもわたしは食らいつく。


 セインのライバルであるということは、そういうことなんだから。

 まあ、それは置いといて。


「……その後は?」


 こいつがそんな結末で満足するはずがない。

 最強の『勇者』すら利用した大望の先を、マナは答える。


「そうして世界の中心に立ったお姉様は、役目を果たさなければなりません!!」

「役目ねえ……」


 セインを打倒した先――なんて、考えたことはない。


「はい、そしてお姉様は一度の失敗も許されない存在……ふふ、ああたまりませんね!」

「つまり?」

「要するに私はお姉様を、絶頂から叩き落とす為にありとあらゆる策を弄しましょう! "頂点に君臨したお姉様に、失敗を与える"――それが、私の新しい夢です!!」

「まあ、そんな気はしてたよ」


 こいつが、改心も浄化もするわけがない。

 根本からねじ曲がっているのだから。


 そんな事は知っていた。

 知っていた上で、私は選択をしたのだ。


「マナ」

「はい、お姉様!!」


 私は手を差し出す。


「家族になろう」

「は……い?」


 マナは一転して、首を傾げる。


 彼女は自分が異常だと、理解している。自覚している。

 その上でわたしが手を差し伸べたのだから、混乱したのだ。


「えと……どうして、ですか? 私は、罰を受けるつもりで……私は、手を差し伸べられる存在じゃないっ!!」

「そうだね。誰も、マナに手を差し伸べてあげなかった。だから一人で、生きるしかなかった」

「そう、ですよ。それが私です。私は、許されてはいけないんです!!」

「わたしは、許すよ」

「なんで? どうして?

「だってわたしは、マナのお姉ちゃんでお姉様だからね」

「…………っ!!」


 提示されたもう一つの選択肢――マナを、我が家に迎え入れること。

 マナの処遇については、わたしに決定権が委ねられた。

 リラもルミナスお母様も、この選択に口を挟むことはできない。


 我ながら、馬鹿な綱渡りをしていることくらいわかってる。

 ただ、わたしは最強の『魔王』になるんだから。


 ちょっと邪悪な妹くらい、受け入れてみせよう。


「いいん……ですか? ほん、とうに……?」


 差し伸べられた手に、マナは震えながら手を伸ばす。

 けれど、悩み苦しみ彼女は中々その手を取ることができなかった。


「私は……」

「ごちゃごちゃ悩むな! その夢を、わたしを絶望させてみせてよ!!」


 わたしから、彼女の――――妹の手を取る。


「きゃっ……」

「今日からよろしくね、マナ?」


 こうして――

 我が家に一人、家族が増えたのだった。

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