第22話 迷い道
翌日、わたしは重い足取りで学園に向かう。
行きたくないと駄々をこねる――――なんてことはしなかったのには自身でも驚いている。
こんな状態でも行きたくないと駄々をこねるのは、成長といっていいのだろうか。
まあ、成長なんてしても意味なんてないのかもしれないが。
「どうしようかなあ」
セインに、最強の『勇者』に。・
これから、どう向き合えばいいのか。
「まずは、謝ろう……」
表面上でも、わたしにとってセインは……ライバル、だっけ?
ライバルで、いいの?
その宿痾は、今もわたしを蝕んでいる。
それでも今は、表面上でもそう振る舞わなければならない。
セインを、悲しませたくない。
でも、そんなのでいいのか。
わたしは敗北を先延ばしにしているだけじゃないのか。
「どうすれば……」
迷路に閉じ込められたような閉塞感を覚える。
覚悟を決めたつもりだった。
セインはわたしに、期待している。
これはきっと、自意識過剰なんかじゃない。
というのに、結局この有様。
最近、少しずつだけど充実してきたからこそ忘れていた。
わたしという生き物ってやつは、口ばっかりのどうしようもない魔族だってこと。
――そんな時だった。
「おはよ、いい天気だね」
「……あ、うん」
凛とした、透き通るような声。
反射的に、いつもなら返しているはずなのに。
ただ挨拶を交わすだけなのに。
あの配信の映像の少女の姿がフラッシュバックしてしまって――
ふと、恐怖を覚えてしまった。
怖いと思ってしまった。
「……いや、間違えたね。この前はごめん。君の境遇を蔑ろにするような発言だった。本当に……ごめん」
「べつに、いいよ」
何様なんだ、わたしは……。
間違えているのはわたしの方だ。
マナさんを利用して、セインを攻め立てただけなのに。
冷淡に、自然とそう返す自分が嫌いだ。
そして――
特に会話をすることなく、一日は経過していった。
わたしがいつも通り接すればいい。
そうすれば、解決する問題なのに。
頭でわかっていても、それができずにいた。
セインに向き合うことが、たまらなく恐ろしく感じる。
対等だなんて思うと、身震いする。
「ぷはっ!」
講義が終わると同時――化粧室に駆け込んで、顔に水をぶっかける。
目を覚ませよ、ただいつも通りやるだけでしょ?
「はぁ……はぁ……」
病は気からというが、逆に気が動転すると病んでいく気がする。
こんな感情なんてクソ喰らえってやつだ。
いっそこんな思いをするくらいなら、あの時――
「考えるな」
わたしは無理やりに口角を持ち上げ、化粧室を出る。
そうして出口に差し掛かった時、一人の人物とぶつかってしまう。
「あ、ごめんなさい!」
「……だめ、許さない」
「え」
「冗談だし」
目を上げれば、そこにいたのは見知った人物。
アンナさんが、眼前にはいた。
「あ、アンナさんか」
「気づかなかったの?」
「う、うん。ちょっと考えことしてて」
「……」
アンナさんはこちらの様子を伺うように、じっくりと見やる。
え、なに? マジこわいんだけど……。
まさかカツアゲでもされる?
今のわたしはどん底にいる気分なので、抵抗する気もなくペコペコと渡してしまいそう。
「あんた、なんか失礼なこと考えてない?」
「イエ、ソンナコトハ」
「なんでカタコトだし」
アンナさんは出口に立ち塞がっていて、どいてくれる気はないみたいだ。
正直、この前のわたしへの宣戦布告を聞く限り意地の悪いことではないとは……思うけど。
「あんたさあ、今日なんかずっと顔色悪い。四割増しでブサイク、可愛くない」
「すごい悪口じゃん……」
ブレないなあ、ほんと。
わたしが嫌いで嫌いで仕方ない。
ぶっ倒してやりたいと言うだけはある。
……あ。
アンナさんに、聞きたいことができた。
聞いちゃいけない、ことだけど……
「あのさ、だいじょうーぶ? もしあれだったらあーしが――」
「ちょっと聞いていいかな」
「え?」
アンナさんは少し狼狽えるが、わたしの真剣な眼差しを見て何かを察したらしい。
「内容による」
「少し。いや、とても侮辱するような質問になっちゃうと思う」
彼女を傷つける、そんな質問を投げかけた。
思わず、投げかけてしまった。
それでも、アンナさんは答えてくれる。
「いいよ、いってみ」
「ほ、ほんとに?」
「ま、アンタなんていつも腹立たしいし、いまさらっしょ」
器がでかい。
やさしい、すき……。
なんてふざけたことを考えてるほどの余裕は今のわたしにはない。
「アンナさんって、わたしを目標にしてるんだよね」
「…………まあ、そうだけど」
少し顔を赤らめて、サイドテールをくるくると指で巻きながらそう答える。
そう、共感できる。
だからこそ聞きたいのだ。
「自分よりずっと上の存在に、絶対の強者に勝とうと努力するのってどんな気持ちなのかなって」
「は?」
「い、いやごめん。ただわたしは、そんなの辞めたほうがいいって、無理だって。そう……自分で思ったりしないのかなって」
「……へえ」
うざ、と付け加えてからアンナさんは逡巡する。
こんなわたしの傲慢な質問に対して、真剣に考えてくれていることがわたしは嬉しかった。
ただ、怒気を含んだ力強い声が返ってくる。
「あのさあ」
やっぱり、怒るに決まってるよね。
けれどアンナさんは、怒りを冷静に言葉にする。
「これはあーしが決めて、あーしが歩む道。今のあーしは、本気で冒険者として取り組んでる。少しずつでも、アンタに近づいてる」
「もしそうやって近づいても、届かないかもしれないとしても?」
「届くかなんてわかんない。てか、そんなのわかったらつまんないっしょ」
「つまんない……の?」
「そりゃあそうっしょ。仮に目標が達成できるなら、勉強だって冒険者業だって、自分がやってることに不安なんて抱かずにできるじゃん。そんなのやってて楽しいの?」
そう、かもしれない。
ゲームだってそうだ。
ラスボスに負けることだってある。
こうすれば勝てますよ、なんて情報を見て挑むのに、なんの楽しさがあるのか。
「いやでも、失敗した時は、ものすごい絶望を味わうことになるかもしれないよ?」
「んなの、気にしてやるもんか。今のあーしは、自分が本気で成し遂げたい夢ができて、嫌な思いをすることも、厳しい研鑽をしてクタクタになることも、まるっと含めて楽しいの。それを人に、否定なんてさせてやらない」
「すごいね、アンナさんは」
「あんたに言われるのは……なんか、こう……腹が立つっての!」
「ははっ」
自然と、笑みがこぼれた。
なんだか少し、救われた気がする。
わたしには真似をする度量なんてないけれど、それでも――
「ありがとね、アンナさん」
アンナさんはふんと鼻を鳴らす。
「いいってことよ、あんたはせいぜい高みから見物してろっての」
「うん。しっかり、アンナさんのことをみるから」
「……っ! そういうとこだっての……!!」
今度はちゃんと怒られ、わたしは逃げ去るように昇降口に向かう。
セインは……もう帰ってるか。
実際、助かったともいえる。
アンナさんと話してみて、少しだけ気持ちが救われた気かする。
けれども、いまだわたしの中にある靄は晴れない。
そう簡単に、この絶望は氷解なんてしない。
「あ、いたいた」
迷いながらも道につこうとしたわたしを、一人の人物が引き止める。
「……フラン」
「ええ、フランよ」
セインとわたしが距離を取っているのを見て、フランは今日なにも関わってくることはなかった。
空気を察して、無理に間に入ることを避けたのだろう。
迷惑をかけたなと、わたしは後ろめたさを感じる。
今になって、どうして。
「言ったでしょ?」
「え?」
いつもより少し柔らかな声音で、フランはわたしに諭すように言った。
「話なら、聞いてあげられるって」
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