第19話 伝説の通過点


 身体の震えが止まらない。


 けれど、立ち向かうと決めた。

 自分から、自分の意志で決めたんだ。


 だから――


「向き合うよ、セイン」


 セインの当時の映像。

 みせてみなよ、というくらいの気概でわたしは電子端末を起動する。


 検索すれば、いくらでも動画が並んでいた。

 最近の、流行りに乗った――娯楽に振ったものじゃない。


 武骨なサムネイルが、淡々と記されているだけ。

 まるで伝記のような扱いをされているのが分かった。


 その中で、わたしは選ぶ。

 わたしにとってもっとも鮮明で、セインにとってもその伝説の過程を描く、そんな始まりとなった相手。


「うん、これしかないよね」


 すなわち、当時の『竜王』――ガリウスさんとの一戦。


 脳裏によぎるのは、直近のガリウスさんとの模擬戦。

 完全な力は出せていなかったろうが、それでも勝利をもぎ取った。


 わたしと何が違うのか。

 比べてやろうじゃないか。


 なんてバカで軽はずみな考えが、後に糸を引くことになるとも知らずに。


 ◇


「みなさん、きこえてますか?」


 映像に映り込んだのは、銀嶺の少女。

 今とは違って、髪は綺麗に長く流しており、きちんと整えられているのがわかる。

 それに、どこかあどけなさを残した、たどたどしい態度は年相応といった感じで、感じで。


「か、かわいい……」


 思わず本音がこぼれてしまう。

 ライバルなのに、思わず応援したくなる愛らしさ。

 一体どこで、この愛らしさを置いてきてしまったんだろう……。


「高難易度の迷宮は初めてです。よ、よろしくお願いします!」


 こ、こんな感じでいいのかな、なんてあざとく振る舞って見せてくれる若きセイン――「セインちゃん」には悔しいが庇護欲がそそられる。


「いい感じにあざといですよ、主様」


 そんな視聴者の声を代弁するかのような合いの手が、空を切って打たれる。


「も、もう! 私は真剣なんだからね、レイ」

「レイちゃんも大真面目ですよ」


 耳朶に響く、不思議な声音は腰に据えられた一振りの剣から発せられているようだった。


 『聖剣』レイホープ。

 風聞として聞いてはいたが、実物を目にするのは初めてだ。


 といっても、その存在に驚いたりはしない。

 似たようで似てないガラクタはうちにもあるしね。


「レイちゃんは主様の剣であり、主様の魅力をプロデュースする存在ですからね」

「そ、そんなこと頼んでないのに~~」


 たどたどしい「セインちゃん」を導くように語りかけている。

 盛り上げるため、というより緊張を解すようなそんな些細な気遣い。

 息が合った、いい連携だとも言える。


 儚く消え去りそうな、今とは大違いな少女。

 これからあの現役の『竜王』と対峙することを考えると、少し不憫にすら思えるほどの、か弱い存在に思える。


 故に、わたしはこの先に進みたくない。

 顛末を知っているから。

 このままかわいい一人の少女のままでいてほしいから。


 そんなわたしの思惑とは反対に、セインは奥地へたどり着く。


 荒廃した大地にそびえる、朱に染まった峰に一人の竜が立っていた。

 その視線は、はっきりと少女を射抜いている。


「貴様が、寵児と呼ばれる人間の神輿か」


 引退する前だったが、その存在は切り取られたようにはっきりと視界から離れない。

『竜王』――ガリウス・ドラグーン。


 竜人の姿で、彼は眼の前の少女に、問い掛ける。


「貴様は何を求める。我を倒した先に、何を得る」

「えと……『勇者』としての、正式なライセンスです……」

「…………」


 まずい、セインちゃんにはガリウスさんのプロレスが伝わってないようだ。

 ガリウスさんもアドリブに弱いのか、沈黙が流れる。


 しかしさすが年長者、咄嗟にそれっぽい口上を述べる。


「整然とした道を歩んできただけの小娘が、我を相手に何ができる」

「えと……」

「『勇者』となるにあたって、覚悟は持ち得ているのか」

「……わかりません」


 いや、これ多分少し本気だ。

 ガリウスさんからすれば、舐められているような態度ととってもおかしくない。

 悪意が無いと分かっていても、それでも苛立ちを覚えるのだろう。

 あるいは、疑念か。


 ガリウスさんは頂上から飛び降り、地上へと足を着ける。

 同じ土俵で、相手するという宣言に他ならない。


「ならば貴様の力でみせろ、覚悟を、信念を」

「は、はい……」


 セインちゃんはどうみたって、いたぶられる獲物にしか見えない。

 可哀想だって、思わず応援したくなるって、そう思う。


「全力で、いかせてもらおう」


 人から、完全な竜へと変貌を遂げていく。

 深き黒の竜は人間など悠に超えた巨体を以て、人間の少女を見下ろす。


 いくぞ、と声を上げなくとも分かる咆哮が轟く。

 それは大地を震わせる、


 対して――


「いこうか、レイ」


 少女は咄嗟に、その目つきを変える。

 

 きっと怯えたのではない。

 目を細めて、標的を視界に捉えたのだ。


「う、あ……」


 思わず動画を止めていた。

 その時点で、気付いた。

 自分の身体が、震えていることに。


「それでも、わたしは。……え?」


 進めると同時に、気付く。

 その配信という名の記録は、既に残り三分を切っていることに。


「嘘、でしょ……?」


 ――ゴウ、と。

 竜の、仄暗い炎が少女の場所を覆う。

 フランよりも殺意に満ちた、異色な炎。


 これで少女は、瞬く間に塵と化す。

 なんてことは、ないのだ。


「……え?」


 次に映ったのは、別のアングルの射霊機だった。

 射霊機というのは、迷宮攻略に使われる霊体を映す全自動式でのカメラ。

 今は空中を自動で滑空することもできる、迷宮攻略の発展に大きく貢献したアイテムだ。

 

 しかし耐久値は存在し、損傷を受ければ破壊される。

 ただ、それは少しの時間があれば回復する。


 けれど――その少しは彼女にとっては長すぎたのだ。


 中空で光を纏う少女を観て、『竜王』は目を見開く。

 それはそうだ。

 あまりにも、速すぎる……。


 それでも『竜王』は、一瞬で適応しその巨大な左腕を振るう。

 空中にいる少女を、本気で叩き潰す為に。


 合わせて、少女も剣を構える。

 力と力が、ぶつかり合う。


 はずだ、はずなのに。

 静かに、一方的に。

 剣閃は、竜の肩から先をなぞった。


 黒竜の腕が――落ちる。


「なに……これ……」


 すっと、魚に切り込みを入れるように。

 いとも簡単に、削ぎ落としたのだ。

 

「負けないで……ガリウスさんっ!!」


 打って変わって、わたしは『竜王』を応援していた。


 けれど、そんな応援は虚しく――

 そこからは、巨大な竜の解体が淡々と進行していった。


 着地と同時に、対角線上の右の脚が消える。

 ぐらりと態勢を崩す、その中でも竜は今一度ブレスを吐く。


 瞬間、竜の顎にただその身をぶつける。

 たったそれだけで、竜の口腔は機能を停止した。


 地面へと堕ちる黒竜。

 その前へ、少女は立つ。

『竜王』はもう既に酷く、矮小なものに見えてしまった。


『なん、なのだ……貴様は一体……』


 少女は竜の頭部へと、剣を振りかざす。


「完全で最強な、『勇者』になる。そのためだけの存在です」

『それが、貴様の願いか』

「いえ、言われたから、そうあるだけです」


『全く――』


 難儀だな。

 そういわんとして、竜は消えた。

 最後の一閃によって。


 最後に少女はいまだ無事である霊視カメラに向け、その腰を折る。


「あ、ありがとうございました」


 配信は終わりを迎える。

 ただ単調で、つまらない配信だった。


 比較する点なんて、何も見つからない。


「……これが、わたしのライバル? 冗談でしょ?」


 わたしが一度負けて、頭を下げてもう一度機会をもらって。

 力を振り絞ってギリギリ、不完全な状態の相手に勝利することができた。

 それでもわたしは、心の底から嬉しかった。


 対して、少女はただ一度も表情を変えずに淡々と終わらせた。


「不釣り合いにも程があるだろ。なあ、ミラ・フィーベル……」


 思い上がりも甚だしい。


「調子に乗ってごめんなさいって?」


 言えるわけ無い。

 セインが、いつも見ている彼女の姿を想像するのが、怖い……。

 どうやってわたしは、向き合っていけばいいのか。


 答えを持つ者はいない。

 誰一人として、その少女に勝てなかったのだから。


「わたしは、どうすればいいの?」


 進んだ道の先の終点は、彼女に届くのだろうか。

 もう何も、わからなくなってしまった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る