第16話 境目

『驕ったな相馬響。貴様の余計な情けが、貴様が守り続けてきた立場を失う事になろうとは。この日を境に、星野様の隣は九条朱音が陣取らせてもらう!』  




 これは一時間前に九条が俺に言ってみせた言葉。戦国時代を経験したかのような言動で、意気揚々としていた。




 そして現在。




「無理無理無理! 星野様の隣に立つなんて、私には無理ー!!」




 緊張で失神しかけた挙句、俺の足にしがみついてくる。ここがエレベーターの中で良かった。こんな場面を誰かに見られたんじゃ、あらぬ誤解が生まれてしまう。




 そう思いながら、尚も俺の足にしがみついている九条を立たせようとした時、エレベーターの扉が開いた。


 


 開いた扉の先に立っていたのは水樹だった。水樹は俺達の姿を見て一瞬考えた後、エレベーターの扉を閉めるボタンを押して出ていった。


 


 ゆっくりと閉まる扉。何らかのアクションを起こさなければという使命感が湧き、無理矢理口角を上げると、水樹は鼻で笑ってきた。




 エレベーターの扉が閉まり、再びエレベーターが動き出す。足元にいる九条を見ると、頬を赤く染めながら、表情は絶望に満ち満ちていた。


 


 この学校は広い。多種多様な建物の他に、果樹園や花畑なんかもある。外の世界から隔離された小さな世界。まるで箱庭だ。色とりどりの花が咲く花畑を椅子に座って眺めていると、メイド服を着た女性がお茶を持ってきてくれた。


 


「お気に入りになられましたか? ここの花畑は花を愛する方々が毎日お世話をしております。それぞれが愛する花を育てているおかげで統一性はありませんが、それ故にそれぞれの個性が溢れる様は、素晴らしいと思いませんか?」




「確かに綺麗ですね。ですがそれ以上に、お姉さんの美しさに俺は見惚れてしまいそうです。遠くからお姉さんの姿を見た時、まるでガラスのような花が咲いていると思いましたよ」




「あら……フフ。では、私の事はルミナスとお呼びください。こちらのお茶はサービスです。ご友人様とゆっくりお過ごしくださいませ」




 去り際に笑顔を見せると、彼女はキッチンカーの中へ戻っていった。絵画に描かれた美人のようでありながら、脆く儚い雰囲気を持っている素敵な女性だ。ここに足を運んで正解だったな。引き続き彼女と仲を深めたいところだが、また今度にしよう。




 隣の椅子に座る九条を見ると、コイツにだけ暗雲が立ち込めているのかと思う程に、暗く淀んでいた。




「貴様は能天気でいいな……私は絶望に伏しているというのに……」




「意外と引きずるタイプなんだな。そう落ち込むな。第一印象としては、かなり良かったと思うぞ」




「どこがだ! 去り際の星野様が鼻で笑う様を見ただろう!? あぁ、幻滅された……」




「よーく考えてみろ。お前と同じような奴がこの学校に蔓延っている。全員媚びへつらって、どうにか好印象を持たれようとな。そういう連中に対して、水樹はどう反応していた?」




「……特に」




「だろ? 同じような奴が多過ぎて、印象が薄く感じてしまうんだよ。だがさっきのお前の姿は、きっと水樹の記憶に刻まれたはずだ」




「あんな惨めな姿をか!?」




「後で挽回すりゃいい話だろ……お、この茶美味いな~! 麦茶やほうじ茶とは違う味だ!」




「……貴様は、どうやって星野様とお近付きになれたのだ? 幼馴染だからといって、こうまで区別されるものか?」




 どうやって、か。改めて聞かれると、言葉に言い表せないな。気付いたら隣にいたというか、隣にいるのが当たり前に感じられたというか。




 いや、待てよ? もしかして、あの日がキッカケか?




「昔、いつ頃かはおぼろげだが、俺が死にかけた時があってな」




「どういう状況だ……」




「視界がボヤけていく中、帰りたいと強く想いながら森の中を這いずっていた。全身に痛みがあって、どんどん力が抜けていって……そうだ、その時だ! その時、水樹が目の前に現れたんだ! 瀕死の俺に向かって大笑いし出してさ! 多分、その後助けてくれたんだけど」




「多分、とは?」




「憶えてないんだよ。なんていうか、断片? 幼少期の頃の記憶がバラバラになってるっていうか、鮮明に思い出せないんだ。だから今思い出したのも、適当な記憶と記憶を繋ぎ合わせたものかもしれないな」




 こうして昔を思い出そうとした事は今まで無かった。家族が死んだ日を思い出すのが怖くて、出来なかった。




 でも、家族が死んだ時を思い出せなかったどころか、家族と過ごした日々も思い出せなかった。なんだか自分の記憶が凄く安っぽく感じる。外面はしっかりしているのに、中身はまるで駄目な感じだ。




「まぁ、とにかく! お前は強い第一印象を残せた! 引き続き目立てば、あっちから興味を持つさ」




「学校中の生徒を蹴り倒すか!」




「それはやめとけ」

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