在りし日の声

 いろはさんは所謂配信者だ、彼女はVとして活躍しているのだが、なんとも奇妙な体験をしたそうだ。別に実害が会ったわけでは無いが、モヤモヤが残った話だという。


「あの時は配信中だったんですよ」


 個人勢らしく自宅で配信をしていた。二桁の同接を稼ぎ、それなりに満足した配信を出来るようになって来て手応えを感じていた。その日も雑談配信をしていたのだが、その日奇妙なことが起きた。


 防音室を用意できるほどお金があるわけではない。収益化は出来ているとはいえ、大きな買い物を出来るほど稼いでいるわけではないのでそんなものを買う余裕は無かったし、将来にわたって元が取れるかも怪しいものだった。


 そこで設定からノイズを減らすようにしてソフトウェアで配信に混ざるノイズを出来るだけ減らしていた。キーボードやマウスの音程度ならどうにかなるが、そう言った甘いことばかりで上手くいくわけではない、その日、配信をしていると災難なことに選挙カーが候補者の名前を叫びながら家の前の道路を通っていった。声が聞こえた瞬間急いでミュートボタンを押したが、リスナーに聞こえていないだろうかとヒヤヒヤした。身バレは出来れば勘弁して欲しい。


 幸い選挙カーは止まって叫び続けたりはせず、スーッと通り過ぎていったので一安心したのだが、リスナーの方は突然のミュートに驚いていた。


 今度は声が聞こえないのを確認してからミュートを解除して、リスナーには『ゴメン、宅配便が来ちゃった』と誤魔化した。それにしては長い対応で怪訝に思う人もいたが、そんなこと確認が出来るわけがないので二三質問が飛んだだけでそれをあしらってしまえた。


 それからその日の配信に声が乗らないようにミュートボタンに手をかけて、いつでも押せるようにしてから早々に配信の終わりの挨拶をして切断した。そこでようやく人心地ついた。


 冷蔵庫からジュースを一本取りだしてペットボトルの蓋をひねった時気が付いた。そういえば、そもそもうちの地区で選挙なんてやっていただろうか? ポスターも見ていないし、国政選挙ではもちろんない。


 選挙があるなら事前に多少でも話題になりそうなものだが、そういった事は一切知らない。選挙の話題を出さなかっただけなのだろうか? それにしても全く聞かないというのはおかしい気がした。


 何故かすぐに通り過ぎていった候補者の名前はしっかり記憶に残っていたので、それをブラウザの検索欄に入れて調べてみた。その結果出てきたのが町の歴史だった。


 その候補者は確かに居たのだが、まだ市町村合併がなされなかったほどの昔、今住んでいるところでは結構有名な候補者だったようだが、そのときでも結構な歳だったので二十一世紀を待たずに他界していた。


 果たして何故そんな候補者の声が選挙と全く関係無い日に聞こえたのかも謎だし、配信に声が乗らなかったのもよく分からない。なんとなく思ったのは、死んでからでも選挙をしていて、配信という大勢に自分の名前を届けられるものに乗っかろうとしたのではないだろうか?


「どう思いますか? 確かに私は聞いたんですけど、友達も家族も聞いたことがないといっていたんですよね。私があの日聞いたのは一体何だったんでしょう?」


「仏様も亡くなってから生前のことにとらわれているのでしょう」


 私はそう答える。一応は納得したようで、彼女は『配信の枠がそろそろだから』と謝礼を受け取って出て行った。選挙にしたって難儀な時代になったものだなと思わされた一件だった。

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