第16話 令嬢のお茶会<2>

「そうそう、このドレスは陛下にプレゼントしていただいたものですのよ」

 

 フィリアは自らのドレスの胸に手を当てて誇らしげに言う。

 

 そのドレスは今帝国で流行っているというマーメイドラインのものだ。

 派手な真紅のドレスにゴールドのネックレスとイヤリングをしている。

 おそらくアクセサリーにイーサンの色を取り入れたのだろう。


 見る限り他のご令嬢方はエンパイアラインのドレスだろうか。

 全体的にどのご令嬢もはっきりとした色の物を身につけていた。


 対するディアナは薄紫でふんわりとした色合いのドレス。

 シルクをふんだんに使って全体的にふわふわとした感じに仕上げているし、フィリアのまとう雰囲気とは真逆と言ってもいい。


「陛下は華やかさや女性らしさを好んでいますわ。みなさまもそう思いますでしょう?」


(自分こそが陛下に愛されているとでも言いたいのかしら?)


 しかしそんな牽制はディアナにとって痛くも痒くもなかった。


 だから。


(望み通りの反応なんてしないわよ)


 こちらを見下すようなフィリアに対して、ディアナはゆっくりと口を開いた。


「フィリア様は可愛らしい方ですね」


 ディアナの言葉に、フィリアのみならず周りの令嬢も驚いた顔をする。

 どちらかというとフィリアを形容すべき言い方は『綺麗』であり、『可愛い』はディアナにこそ似合う。


「どういう意味かしら?」


 フィリアにとって『可愛い』は褒め言葉ではない。

 イーサンはフィリアのグラマラスな体や女性らしいセクシーさを好んでいる。

 むしろ可愛らしさは好きではないと言っても良かった。


 イーサンが他国から皇后を迎えなければならなくなった時、約束が違うと思いながらもフィリアは一抹の不安を抱いた。

 人の気持ちに永遠はないからだ。

 イーサンの興味だって今はフィリアの元にあったとしても移ろわないとは言い切れない。


 だからフィリアはあの謁見の間で、ディアナを見て安心した。

 ディアナは端的に言ってしまえばそれこそ可愛らしい女性だったから。

 しかも実際の年齢よりもずっと幼く見えた。

 あれではイーサンの興味を引くことは難しいだろう。


 それに、フィリアにはイーサンの気持ちを繋ぎ止めておく方法がもう一つある。


「言葉の通りですわ」

「ディアナ様はお話しをするのが苦手なのかしら? どんなことも相手に伝わらなければ意味がないと思いますわよ」


(少し挑発しただけですぐに噛みついてくるわね)


 フィリアは腹芸が苦手なのか思ったことも顔に出やすい。

 ある意味御しやすくはあるが、こんな女性になぜイーサンが執着するのかがディアナには理解できなかった。


(陛下は堅実だという以前の評価が間違っていたのか、それとも他に理由があるのか)


 ただ単に見た目や体型が好みなだけならば、もう少し教養も家格もある令嬢を選ぶこともできたはずなのに。


「フィリア様。きっとディアナ様にとっては『可愛い』ことこそ大事なのでは? でもそれでは陛下好みになるのは難しいと思いますわ」


 ディアナとフィリアの会話に、不意に横から言葉が挟まれる。


(彼女は確か……タラッサ・フィラー伯爵令嬢ね。父親は帝都に居を構え王宮に出仕する文官)


 タラッサは机のコーナーを挟んでフィリアの右隣に座っている。

 推察するに彼女はフィリアの取り巻きだろう。


「まぁ。女性は男性に愛でられてこそ輝けるというのに」


 さも驚いたかのようにフィリアが目を見開きタラッサの言葉に答えた。

 追従するかのように他の令嬢たちがクスクスと笑いを漏らす。


(嘲笑しているのはここにいる令嬢の半分くらいかしら?)


 フィリアに近い席に座る令嬢であればあるほどその表情に嘲笑が見て取れる。


(残りの半分は困り顔ね)


 しかしディアナに近い側に座る令嬢たちはフィリアに倣って笑うわけにもいかず、かといって明確にそれを否定することもできず、といった中途半端な表情を浮かべていた。


(このお茶会に参加している半分はフィリア様に与していて残りの半分は派閥の関係上仕方なく、という感じかしらね)


 冷静にその場の状況を読み取り、さらにはフィリアの取り巻きたる令嬢の顔と名前を覚える。

 ディアナにとって今日このお茶会に参加した目的の半分はこれで達成できた。


「勘違いをされているようですけれど……」


 ディアナの目的の残り半分。

 それを達成するために、ディアナは再びその口を開く。

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