Odin's Spear Online

紫羅欄花(アラセイトウ)

第1話 恋焦がれたゲーム


 俺は自分で言うのもなんだが、無類のゲーム好きだ。


 特にRPG。

 いわゆるロールプレイングゲームが大好きだ。


 俺は古今東西、あらゆるRPGに触れてきた。


 最新作は勿論のこと、過去に遡っては『ファミコン』のソフトに至るまで。


 そんな俺が断言する。


 究極のゲーム、それは────




 【オーディンズスピア・オンライン】




 ────最近、こんな都市伝説がゲーマーの間を席巻していた。


「極秘に開発されてるって噂のMMORPGがあるらしいぞ」

「数十年は未来を先取りしたゲームだとよ」

「国が関わってるって話はマ?」

「名前だけは聞いたぞ。【オーディンズスピア・オンライン】、略して【OSO】とか【遅】とか【おでん】とか呼ばれてるみたい」

「βテスターに当選するには無作為の抽選に当たんなきゃダメぽ?」

「なんでもすっげぇリアルな3Dゲーなんだと」

「某巨大掲示板に現れたβテスターは【OSO】の内容を何度か投稿したあと、ぷっつりと現れなくなったってよ。きっと謎の組織に消されたんじゃないのか?www ついでにガチでそいつの書き込みも消されてて大草原不可避」


 少しググればほら、この通り。

 枚挙にいとまもないくらい、ズラリと根も葉もあるんだかないんだかわからん噂で溢れかえる。


 これだけでも、俺のゲーマー魂に火が付くってもんよ。



 よわい17年。


 その全てをRPGに捧げた俺の勘が言っている。


 こいつはとんでもなく凄いゲームだと。


 俺はどうしても噂のゲームをやってみたいと思った。

 思うに決まってるじゃないか。

 見てろよ。

 どんな手を使ってでも見つけてやる!


 それ以来、学校での授業中も、食事の時も、トイレに入っている時でさえ、なにか情報は掴めないかと東奔西走する日々だった。


 その都度、周りの人から叱られるのも最初は辟易したもんだが、既に右から左へ華麗に受け流せるほどの達人と化した。

 両親や姉、妹は言うに及ばず、教師や友人に至るまで、もはや俺の奇行にあきれ果てたらしく、今では小言すら言われなくなったのは幸か不幸かわからない。


 だが、どれだけ四方八方手を尽くしても、詳細な情報を得るどころか謎は深まるばかりだ。

 一時など、IT企業に勤める父親に決死の覚悟で頼み込み、ゲーム業界の人たちに尋ねてもらったりもしたがまるで成果がない。


 ここまで徹底的に情報が出てこないとなると、本当に都市伝説なのか、それとも強力な情報規制がなされているかのどちらかなのかもしれん。

 しかし、今もなお噂は膨れ上がり続けている。

 逆にそのことが【オーディンズスピア・オンライン】の実在を示していると言う証拠のような気がしてならなかった。


 だが、こうなっては一般人たる俺個人の力ではどうすることもできない。


 くそう。

 俺はこんなに恋焦がれていると言うのに!

 やりたい!

 やりたいよぉぉ!

 別に変な意味ではなく。


 そんな悶々とした時を過ごしていたある日────



火神カガミ秋乃アキノくん、だね?」


 気乗りしない部活も早々に切り上げて下校したところ、自宅の前でそう呼び止められた俺。

 咄嗟にムカッときてしまう。


 俺は自分の名前が嫌いで仕方ないんだ。

 こんな女の子みたいな名前が。


 子供の頃、親父に名前の由来を聞いたことがある。

 そうしたらなんて言ったと思う?


 『いやぁ、父さんな、お前のアレが異様に小さくて最初女の子だと思っちゃったんだよね。テヘッ』

 だとよ。

 なにが『テヘッ』だ。

 むさいおっさんには許されないセリフだぞ。

 しかも俺のアレはもう小さくない!

 ……はず。



「はい、そうです……けど……」


 返事をしながら振り返った俺は、なんでか硬直してしまった。


 そこに立っていたのは、猫が目印の大手宅配業者の制服を着た人物だった。

 傍から見れば、いたって普通の光景だったろう。

 だが、とてつもない違和感が俺を襲った。


 まず、この人物。

 タッパといい、ガタイといい、とても業者の人には見えない。

 明らかに身体を鍛えまくる必要性がある職業の人だ。

 格闘家?

 ボディビルダー?

 警察?

 自衛隊?

 しかも目深に被った帽子のせいで、目元すら確認できなかった。


 そしてさっきのセリフ。


 『火神カガミ秋乃アキノ……くん、だね?』だって?


 『だね?』と言う尋ねかたは、おかしくないだろうか。

 普通なら『~ですか?』とか、砕けた言いかたにしても『~かい?』などと疑問形で聞くものだ。

 そう、これではまるで俺とわかっていながら確認を取っているみたいじゃないか。


 しまったな。

 迂闊に返事をしたのは失敗だったかもしれない。

 こんな世の中なんだ。

 怪しい詐欺師の可能性だってある。



「きみにお届け物があるんだよ」


 俺の邪推など知らぬと言った風情の彼。

 快活だが横柄に言いながら、結構大きめの段ボール箱を俺に手渡してきた。

 送り状は間違いなく猫さんの大手宅配会社だ。


「では、毎度どーも。勉強も頑張ってね」


 明らかに初対面なのにそんなことを言いながら彼は配送車に乗って去って行った。

 俺がネットで注文したものを持ってきてくれるいつもの人ではないのにだ。


 そういや、サインすら要求されなかったな……


 俺は訝し気な思いのまま玄関をくぐったところで、またしても硬直。


 それは送り主の名が目にとまったからだった。



 ご依頼主:『オーディンズスピア・オンライン運営チーム』



「嘘……だれぉ!?」


 驚きすぎて、ろれつが回らなくなる俺。

 いやマジでそのくらいビビったのだ。


 あるいは失禁寸前なほどに。

 もしかしたらちょっとだけチビッたかも。


 俺はマッハで階段を駆け上り自室へ戻る。

 全力で制服を脱ぐが、そのまま全裸になって小躍りしたい気分であった。


 マジかよ!

 マジだよな!?

 うひょう!


 焦がれに焦がれたゲームの名前を見て喜ばないはずがあろうか。

 いや無い!(断言)


 俺はジャージに着替えて座布団に正座し、正面に置いたダンボール箱に何度か拝礼した。

 神棚があったら間違いなく飾ってるね!


 興奮冷めやらぬ俺は、呼吸が落ち着くのを待ってから、震える手でカッターを掴んだ。

 別に嬉しさのあまり頭がおかしくなってリストカットするわけじゃないぞ。

 これは厳かな開封の儀式なんだ。


 そっと、内部を傷つけないように慎重に慎重を重ねて箱を開ける。


「ひゃぁぁぁぁ! やったぁぁぁぁぁぁ!」


 家の中に家族がいたら間違いなく救急車を呼ばれそうなほどの大声。

 それも黄色い救急車がくることだろう。


 ま、黄色い救急車も都市伝説らしいけどね。


 段ボールの中で俺を待つように鎮座していたのは、『オーディンズスピア・オンライン スターターキット』と書かれた箱だったのだ。


 これが叫ばずにいられようか。

 いや無理!(断言二回目)

 うっひょおおおお!


「おにーちゃーん! どうしたのー!?」


 くぐもった声と共に、ドンドンと俺の部屋のドアが乱暴にノックされる。

 いかん、妹の春乃ハルノだ。


 まさか、家にいたなんて。

 あ、小学生なんだからこの時間に帰ってるのは当たり前か……


 だが俺に抜かりはない、部屋の鍵はちゃんとロックされている。


「なんでもないー。ちょっと虫が出ただけだよー」

「なーんだ。女の子みたいな悲鳴を上げるから、また痴漢にでもあったのかと思ってびっくりしたよー。じゃあ、虫さんは潰さないでお外に逃がしてあげてねー」


 そう言い残して気配は去った。

 余計なお世話の一言も交じっていたが、我が妹ながらなんと心優しき子なんだろう。


 うぅ……ゲームばっかりな兄ちゃんを許しておくれ……


 そして俺は震える指先を何度も叱咤し、ようやく中身の全てを開封することができた。


 しかし、思ったよりは遥かに簡素である。


 説明書らしき冊子が一冊。

 よくわからんメガネとヘッドホンが一体化したような機器。

 後はケーブル類だけだった。


「こんだけ?」


 正直言って失意を隠せなかったが、説明書とおぼしき冊子を読んでみることにした。


 『このたびは【オーディンズスピア・オンライン】βテスターご当選おめでとうございます!』


 おお!

 なんにも応募してないけど、当選させてくれてこちらこそありがとうございます!

 本気で土下座したいくらいですよ運営チームさん。


 ペラッ


 『さぁ! きみも【オーディンズスピア・オンライン】の広大な世界を旅しよう!』


 いやいや、まだログインすらしてませんし。


 ペラッ


 『このゲームは北欧神話だけではなく、様々な神話をベースにした……』


 へー。

 って、おい。

 神話ごちゃ混ぜなら別に【オーディン】じゃなくてもいいんでね?


 そもそも、なんでストレートに【グングニル・オンライン】とか名付けないのか。

 オーディンが持ってる槍なんてそれしかないだろうに。

 他に武器とか持ってたっけ?



 ペラッ


 『機器の接続について』


 おお、これだこれだ!

 待ってました!


 俺は説明書に従って機器をセッティングする。


 とは言っても、ケーブルをヘッドセットに接続し、もう片方の端子を超高速通信回線につなぐという、本気で簡素なものだった。

 セッティング時間が驚異の10秒台なんですけど……マジで大丈夫か?



「これを被ってゲームをするわけか……ふむふむ、軽いなー、これ」


 いくら俺でもバーチャルリアリティー技術くらいは知っている。

 なにせ俺の愛してやまないゲームたちにも深く関わることだから。


 だが、現状のVR技術はそれほどたいしたものではないのも同様に知っていた。

 バカでかいゴーグルを被り、操作するための棒や手袋を付けてノタノタと動き回らねばならないあのみっともなさよ。


 やっぱりそんなもんか、と少しだけがっかりした気分になる。


 しかし、それを覆したのは説明書の最後の一文だった。


 『当ゲームのプレイ時には、ベッド等の安静な姿勢を取れる場所で始めてください』

 『プレイの際の注意点 その1:長時間ログインされる場合は必ず事前にトイレを済ませておいてください』

 『その2:夏場は熱中症を予防するためにも水分を充分に摂取してください』

 『その3…………』


 これってまさか……

 各国で開発中なんて話だけは耳にするダイブ型か……?


 簡単に言えば、身体を丸ごと電脳世界へ持って行く感じかな。

 いや、脳みそが向こうへ行くってことかな?

 うむ、原理なんて俺にもよくわからんし超どうでもいい。

 だけど、こんなチャチなヘッドセットひとつで本当にダイブなんてできるのか?


「まぁいいや、あんまり期待はしてないけど、ものは試しだ。ちょっとだけログインしてみよっと。ちょっとだけ、ちょっとだけだから! うっひょー! 我慢できねー! ごめん! 本当は超期待してた!」


 夕飯の時間までもう少しある。

 兎にも角にもやってみたくてしょうがない。


 このワクワク感。

 新しいゲームを始める時はいつもこの感覚に襲われる。


 まだ見ぬ世界。

 まだ見ぬ冒険への期待がそうさせるのかもしれない。


 俺は説明書に従いトイレを済ませ、フガフガと鼻息も荒くベッドへ横たわると高速回線に接続したヘッドセットを被った。

 そして右のこめかみあたりに付いている電源ボタンをオンに。


 キュウンと軽い音を立ててヘッドセットは起動した。


 『生体認証のため、網膜をスキャンいたします。ゴーグルに映る光点を見つめてください』

 『声紋をスキャンいたします。ピーと鳴ったら何か話してみてください』

 『脳波をチェックいたします』

 『心電図、及び脈拍と体温の測定完了』

 『全身のサイズを計測いたします』


 こまごまとしためんどくさいチェックが続く。

 こんなものがなんの役に立つのだろうか。


 ハードウェア面など、まるで門外漢な俺にはさっぱりわからない。

 言ってる意味はよくわからんが、とにかくすごい! って感じだ。



 『オールチェック完了。認証及びログインチェック…………完了。【オーディンズスピア・オンライン】を起動、及び接続いたします』


 おっ!

 いよいよみたいだぞ!


 さぁ、行こう!

 冒険の世界へ!



 『【オーディンズスピア・オンライン】の世界へようこそ!』


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