第七章 点から線へ
#13 点から線へ (上)
朝を迎えた人形工房のリビングのテレビからは、昨日竹田が留置所で死亡したというニュースが流れている。ニュースキャスターは淡々とその件についての原稿を読み上げている。
「竹田容疑者は隠し持っていた刃物で自殺を図ったものとして、捜査関係者は調べを続けている模様で・・・・」
舞果はため息混じりに呟いた。
「ま、そうなるわよね。人形の事も伏せられてるみたいだし、このまま単なる自殺としてかたずけられるのかしら」
「誰も動く人形が居るなんて、思いもしないだろうしね」
そのとき玄関をノックする音が響く。樹が扉を開けると、そこには屋代の姿があった。
「朝早くからすまないな。ちと強引な手段だが、竹田の件で残された人形見せてやる。これ受け取れ」
地味目などこにでもありそうな作業着と薄汚れた道具箱を屋代から渡される。
「俺が電話したらそいつに着替えて署まで一人で来い。お前らの事信じてやる、いいな?」
「ちょっと、これどういう事ですか?」
「着いたら電話しろ。向こうで話す」
屋代はそのまま踵を返し職場へと向かって行ってしまった。
昼が近づこうというとき、屋代は樹に連絡する。そして人目を気にしつつ、署の証拠保管庫の配電盤に細工をし、基盤の一部をショートさせた。
屋代はそのまま保全管理担当者の所へ行き、何食わぬ顔で電気系統の不具合を報告すると、担当者はすぐに電気工事の業者に修理を依頼した。
暫くして樹から屋代の携帯端末に着信が来る。
「もしもし、屋代さん?警察署に着きました。僕はどうすれば?」
「受付に電気工事をしに来たと言って入れ。すぐに俺が迎えに行く」
「わかりました」
樹は帽子を深々と被り、言われた通りに署へと入って行く。受付で声を掛けるとすぐに屋代が現れる。
「修理屋か?調べ物の途中で明かりが点かなくて困ってる。こっちだ」
黙って屋代の後をついて行くと、真っ暗になった証拠保管庫に着く。二人は懐中電灯で照らしながら、人が来ないか注意しつつ保管庫の中を進む。
「本物の修理屋が来るまでの間だけだ、時間はあまりないが大丈夫か?」
「ええ、記憶を見ること自体はすぐに済みます」
屋代は足を止めると、近くの棚にあった箱を降ろしそれを開封する。中のビニール袋に入った血まみれの人形と目が合う。
それに臆する事なく樹は人形に手をかざすと、一瞬驚いた様な表情をする。だがすぐに冷静になり、手帳に今見た記憶の内容を事細かに書いていく。
「もう済みました」
「そうか、後で何を見たか教えてくれ。帰りは適当な理由つけて出て行けばいいからな」
「はい、でもこんな事して大丈夫だったんですか?」
「うちで飼ってる猫が持ってきた鼠の死体を配電盤の中に入れておいた。犯人は鼠って事になるだろうよ」
そうして樹は足早に署を後にし、屋代は業務へと戻った。一方その頃、真琴は過去に人形を盗まれた被害者の元を訪れていた。
家の中から現れた自分の親ほどの年齢に見える女性に挨拶をし、盗難の件を話すと中へと通された。真琴は人形の写真を取り出すと家から無くなった物かどうか尋ねた。
「そうそう、これよ。警察からも音沙汰なかったから、もう見つからないものだと思ってたけど良かった」
「音沙汰なかった?やっぱり調査すらされてなかったんだ・・・・。実はこちらの人形、とある事件の証拠品となっていまして、まだすぐには返却出来ないかもしれないのですよ」
「証拠品?」
「十五年程前に、この地域を騒がせた人形殺人を覚えていますか?当時、事件現場に残された人形の詳細は非公表だったのですが、そのうちの一体がこちらの人形だったんです」
「そんな!?思い入れのあるものだったからショックです」
「ちなみにこの人形手作りですよね?誰かに作り方教わったとかってあります?」
「はい。と言ってもあの人、手本を見せるって言いながらほとんど自分で作っちゃって、私がちゃんと一人で作った部分は少ないですけど」
「その方って、山納星与さんという方ではなかったですか?」
「そうですけど、なんで知ってるの?後々有名作家さんだったって知って驚いたんです」
「どういった経緯で知り合ったか伺っても?」
「私が初めて子供を妊娠した時、産婦人科で偶然ね。私シングルマザーってこともあって、当時精神が不安定で。それを察してか、星与さんが声かけてくれたんです。彼女も初めての妊娠だったらしくて、話してるうちに気が紛れるからって、人形作りを教えてくれるようになったんですよ」
「それで作風が似ていたんですね」
「あの人形が完成して間もなく、子供も生まれたんです。だからあの人形は出生記念として飾ってたいました。そうそう、星与さんも私も、無事出産出来たからよかったですけど、あの病院、実は評判悪かったらしいんですよね。そこの医院長の息子なんかは、度々警察のお世話になっていたとか。私は後から知ったんですけど、ゾッとしちゃったの覚えてます」
「前科を持っている人物か・・・。ちなみにその病院の名前は?」
「葛丘産婦人科医院です。確か、私が退院した二年後くらいには色々評判が落ちて閉院してたと思いますよ」
「そうですか。話が少し逸れてしまいしたね。当時も聞かれてるかもしれませんが、盗まれた人形が置いてあった場所は覚えていますか?」
女性は真琴の後ろを指差す。
「そこの出窓です。お金はリビングのテーブルに置いておいた財布から抜き取られました」
真琴は出窓の近くに歩み寄ると考え事を呟く。
「外からよく見える出窓。有名作家の品と思って盗んだ人物が、人形殺人の犯人に売った?それとも犯人本人が?」
「あのー、窃盗犯が捕まるに越した事は無いのですが、その人形、何て言うか殺人に使われたと聞いたら返ってきても困るなと思ってしまったのですが・・・・」
「あー、そうですよね。ご本人の申し出があれば、こちらで処分という事も出来ますが」
「思い出まで一緒に捨ててしまうようで心苦しいですが、やっぱりちょっとねぇ・・・・」
いくつか情報を得た真琴はその場を後にし、署に戻ると屋代に窃盗被害者と星与との接点があったことを報告する。
「そうか。ならあの姉弟にも知らせないとな。こっちも例の件上手くいった。仕事終わりにでも、樹に話を聞きに行こうと思ってる。頼まれてた資料もあるしな」
「では同席します。出来る限り情報は共有しておきたいので。あ、資料のコピー手伝いますよ」
日常業務の間に人形殺人などに関わる調査作業をしていると夕方を迎えた。二人は予定通り人形工房へと向かう。
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