第六章 籠の中の鳥は

#11 籠の中の鳥は (上)

 連日に及ぶ取り調べで、ようやくまともな会話が出来るようになった連続殺人犯の男。取り調べ室のマジックミラー越しに、その様子を見守りながら屋代は真琴と話していた。

 「男は竹田信輝たけだのぶてる、三十二歳。二年前、妻と離婚した後あのアパートで独り暮らし。去年頃から元妻に似た女性を見つけては行動パターンを調べ、あの貯水池での事件を皮切りに犯行計画を進めたみたいだ。動機や人形の件についても、お前の読み通りだったな」

 「数日で犯行をエスカレートさせたことからも、何度も何度も頭の中で犯行をシミュレーションしていたのかもしれませんね」

 「だろうな。元妻に認め直してもらいたい、ただそれだけの思いが歪んじまった結果がこれだ。哀れな男だな。被害者はホント気の毒としか言えねーな・・・・。と、そうそう」

 屋代は真琴の方に改まって向き直した。

 「日笠、今回のお前の名推理ぶりと機転を利かした活躍、ちゃんと上には報告しておいたからな。昇進できると良いな」

 「ほ、本当ですか!?ありがとうございます。でも私、現場に出向く今の仕事、結構好きなんですよね。人の役に立ってるっていう実感があるって言うか」

 「はは、そうやっていつかの俺みたいなこと言って昇進拒んでると、年下上司ばかりになって惨めな思いするぞ?」

 「それはそれでかっこいいと思いますよ。現場第一主義の名刑事って感じで!」

 真琴は犯人を見つめながら事件を振り返る。

 「今回の事件、樹さん達がいなかったら解決出来ていなかったかもしれません」

 「あの二人とはなんだかんだで、妙な縁が出来ちまったな。で、どうだ?樹とは上手くいきそうか?」

 「え!?ど、どうしてそれを!?」

 「お前の憧れてる名刑事の勘ってやつだよ。ったく、仕事中に何やってんだか」

 「連絡先とお茶の約束したくらいで・・・・。その、何もやましい事はしてませんよ!まだ」

 「安心しろ、誰かに言ったりなんかしねぇよ。ま、上手い事いくといいな」

 真琴は紅くなった頬を手で押さえると小さく頷いた。

 「我々の仕事もひと段落した事ですし、また人形殺人の調査を再開しましょう」

 「悪いな、助かる。なら人形工房の姉弟にも見せた、人形の作者を探したい。自作で非売品ともなれば、犯人とどこかで接触している可能性もある。十五年以上前の盗難届で人形が含まれるものがないか調べたい」

 「その頃のって、データ化されてないものがほとんどですよね・・・?」

 「そうなんだ、空いた時間で構わない。俺は遺失物で届け出が出ていないか調べる」

 「が、頑張ります」

 数回目の取り調べが終わり、留置所へ戻される竹田の姿を見届けると二人は事務所へと戻った。


 真琴は資料室から持ってきた当時の盗難被害届などが入った箱を、三つほど自分のデスクの横に降ろす。箱の中にある大量のファイルを端から手に取り、一枚一枚目を通し始めた。

 そして最後の箱の中身に取り掛かっていると、ようやくその中の一つに人形の文字を見つけた。

 「あった、空き巣被害か。家の中にあった現金五万七千円と、自作の人形一体が盗まれる。指紋や靴跡なども無く未解決のまま。日付は十六年前・・・。住所は・・・、と」


 


 その頃留置所にいる殺人犯の竹田は、鉄格子のはめてある窓から差し込む日差しと生暖かい風の下でうなだれていた。床に伸びる自身の影をじっと見つめる竹田の目に、一瞬小さな影がよぎったのが見えたが、彼は何の反応も示さず簡易ベッドに座り続けている。

 だが視界の端に違和感を感じた。何も無かったはずの床に、自分が犯行に使ってきたものと同じ人形がうつ伏せの姿で落ちていたのだ。不審に思い辺りを見渡すが、鉄の檻の外には職員が一人こちらに背を向けて立っているだけで他に誰も居ない。


 人形の下で何かがキラキラ光っている。音を立てないようにそっと落ちている人形に手を伸ばし、その背を掴むと手首を返し正面を見た。その人形が手に持つ光る何か、それが剃刀の刃だと気づいた瞬間、竹田は文字通り声を失った。

 人形は腕を素早く振った。喉を真横に斬り裂かれた竹田は、自身の血液が気道を塞ぎ、苦しそうにゴボゴボと水音を上げながら声にならない声を発しその場に倒れ込んだ。

 異変に気付いた職員が振り返ると見る見る血の海は広がっていく。急いで他の職員を大声で呼び、焦り震える手で牢の鍵を開ける。


 真琴が資料のコピーを取ろうと席を立つと、そこに屋代がやって来た。

 「あ、屋代さん、ありましたよ。人形の絡む窃盗被害の資料が」

 「そうか、こっちは空振りだったから助かった。ん?何か留置所の方が騒がしいな・・・・」


 二人は騒ぎが起きている方へ駆け出す。そこでは数名の駆けつけた職員達の慌ただしい声が木霊する。

 「自殺かっ!どこにこんな物隠し持ってた!?」

 「監視は何やってたんだ!救急はまだか!」


 赤く染まった留置所の中で、竹田が力なく横たわる姿が二人の目にも入る。

 「そんな!?せっかく捕まえたのにこれじゃあ・・・・」

 「おい日笠、見ろ。人形だ。刃物は百歩譲って隠し持てたとしても、あんなもんどーやって隠し持てた!?」


 二人は騒ぎの中、人形を確認しに行く。返り血を浴びた人形の関節に目を凝らした屋代は真琴に耳打ちをする。

 「・・・・奴だ」

 「え?」

 「本物の人形殺人の犯人だ・・・・。人形に例の摩耗跡がある」

 「だって留置所は密室だったんですよ?どうやって・・・・」

 そこに救急隊が到着し救命措置をしながら竹田を担架に乗せ運んでいく。

 「この事は伏せておけ。状況的に内部に星が居る可能性も捨てきれない」

 「そ、そうですね。後でどう動くか話合いましょう」

 ふと真琴は人形に付いた土埃が気になった。鉄格子のはまった窓に近づき注意深く観察すると、窓枠の埃が僅かに擦れたような跡が残っていた。



 ようやく署内が静けさを取り戻した頃、連続殺人犯である竹田の死亡が皆に伝えられた。竹田の怪死の捜査は状況を鑑み、外部の捜査班が担当する事となった。



 長い一日を終え、屋代と真琴は門にクローズの看板が下がる人形工房へとやって来た。出迎える樹に、屋代はいつもの軽めの挨拶をする。

 「無理言って会う時間作ってもらってすまなかったな」

 「いえ、丁度僕らも屋代さん達から聞きたいことがあったので」


 舞果が四人分のティーセットを持って来てテーブルへ並べ始める。それに気づいた真琴は舞果に話しかける。

 「舞果さん、この前は犯人逮捕に協力してもらって、ありがとうございました。あの、あの時日傘壊しちゃって・・・、後でちゃんと弁償しますから」

 「いいのよ、そんな事。感謝をするのは私の方、それに真琴さんも無事だったのだもの。犯人逮捕出来て良かったわね、おめでとう」

 「それが、その・・・。まだニュースとかにはなってないので、知らないと思いますが・・・・」


 屋代と真琴は逮捕した犯人が昼間に留置所で死亡し、そこに例の摩耗跡のある人形があった事を説明する。それを聞いた姉弟は驚きを隠せなかった。屋代は樹に、

 「樹、この前、人形に例の摩耗跡がどうやって出来るか実験するって言ってたよな?あれ何か分かったか?」

 樹は舞果と顔を見合わせ、何か言いにくそうにしている。

 「分かった事は分かったのですが、どう説明すればいいか・・・・」

 「頼む、人形殺人の犯人は近くにいるかもしれないんだ」

 もう一度姉弟は顔を見合わせると、今度は舞果が口を開く。

 「人形殺人の犯人が今も健在で、あの力を使っているのなら、警察が対処するには厳しいでしょうね」

 「姉さん!」

 屋代と真琴は、舞果のその言葉と二人のやり取りに首をかしげる。そんな刑事達を前に舞果は話を続けた。

 「私たちの近くでこんな事が再び起きた以上、二人には話しても・・・・。いえ、見せるべきじゃないかしら?」

 「うーん、そうかもしれないね・・・・。真琴さんには前に一度、力を使ってるし」

 「え?あの催眠術みたいなやつの事ですか?」

 「ええ、それにも関わる事なんですが。いきなり話しても信じてもらえないでしょうから、まずは見てもらった方が早いと思います。ちょっと待ってて下さい」

 そう言って姉弟は席を立つと、工房からあの安物の人形を持って来て、その胴体を麻紐で拘束する様に縛って部屋の柱へとしっかりと結びつけた。

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