第23話 誰かの縄張り

《三人称視点》


 時はやや遡る。

 魔獣の森の奥。付け焼き刃的に整備されている道を、4つの人影が全速力で通り過ぎていく。 


「はぁ……はぁ……! クソっ!」

「お前ら急げ! 殺されちまうぞ!」

「そ、そんなこと言ったって」

「もう無理だよぉ!」


 ただし、全身はもうボロボロで、速歩きくらいの速度しか出せていない、という補足が付くが。


 冒険者の格好をした、4人の男女だった。

 剣士フェンサーにして冒険者パーティーのリーダーの、特に特徴のない系イケメンであるハンス。盾役タンクにして筋骨隆々な大男のゴーラル。魔法師ウィザードにしてボブカットの黒髪少女エイン。そして、回復師ヒーラーにして背の高い青髪の女性カーミル。


 全員が全員、この一帯ではそこそこ名を挙げた冒険者だった。

 流石に帝国に知らぬものなしーーと言えるほどではないが、それでも冒険者ギルドに行けば「あいつらが……」と噂する声が聞こえてくるくらいには、名前も実力もある冒険者のつもりだった。

 だがーー


「もう、誰よ! 調子乗ってこんな魔獣の森を探索しようなんて言い出した奴!」

「それはみんなで決めたことだろ! 今更言ったってしょうがねぇよ!」


 半泣きのエインに、リーダーであるハンスが答える。

 結局は、調子に乗ったのだ。

 魔獣の森と呼ばれる、強力なモンスターが蔓延る魔窟であることを加味しても「まあ、腕を上げた俺たちならなんとかなるだろう」と高を括っていた。

 その結果がーー


「ぜぇ、ぜぇ……こんなことになるなんて、ついてねえぜ!」


 ゴーラルは肩で息をしながら、後ろを振り返る。

 後ろから地響きを上げて追いかけてくる、大型のイノシシ型モンスターがいた。

 普通のイノシシなど歯牙にもかけない大きさと迫力。鋭い牙と、得物を睨み殺しそうな眼光。

 普通の森なら、それこそ生態系の頂点に立っていても不思議ではない。


 しかし、そんな相手であっても、この魔獣の森では中堅にも入るか怪しいくらいである。

 それほどまでに、この場所は得体が知れない。


 魔獣の森に入ってから、それを痛いほどに思い知ってきた。

 明けても暮れても戦闘して、逃げ惑って、安息の時間など1秒もない。

 ここまで誰も死んでいないのは、ただ彼らの運がいいからに他ならない。

 しかしーーそれもまもなく尽きようとしていた。


「もういやよ! 魔力だってもうないのに、戦えないってぇ!」

「ここまでなのかしら……」


 巨大なイノシシ型モンスターに追われる中、エインとカーミルは顔を真っ青にしながら泣きわめく。


 だが、泣き喚いたところで事態は好転しない。

 無慈にも、イノシシ型モンスターの剛腕が4人をまとめて薙ぎ払おうとしてーー


「……は?」

「……え?」


 だが、いつまでたってもその致命的な一撃が来ないことに、4人は訝しみ、足を止めて振り向く。

 そこに、たしかにイノシシ型モンスターがいる。ーーだが、イノシシ型モンスターは剛腕を振り上げたまま、ピタリと静止していた。


「な、何がおこってるんだ?」


 ハンスは眉毛を寄せ、イノシシ型モンスターを観察する。

 赤黒い毛並みは総毛立ち、額にはビッシリと脂汗が浮かんでいる。赤い瞳は何かにおびえたように見開かれていてーー


『……!』


 次の瞬間、声にならない悲鳴を上げ、イノシシ型モンスターが回れ右して走り去っていった。


「た、助かった……のか?」

「でも、なんで……」


 ハンス達は、予想外の事態にぽかんと口を開けてしまう。

 今まで襲ってきたモンスターが、極上の得物を目の前にして、回れ右するなんで絶対におかしい。


 なにか、変な因果が働いているとしか思えない。

 例えばーー


「あの様子……何かに怯えているみたいだった」


 エインは、肩で息をしながら、はるか彼方、去っていくイノシシ型モンスターの背中を見る。


「おいおい怯えるって何にだよ。怖いこと言うなよ」

「だって、それ以外考えられないでしょ? ここは弱肉強食の森。あれだけのモンスターが怯えて逃げるってことは……」

「この場所が、あのモンスターをも寄せ付けない強力な魔物の縄張りである可能性が高い、ということではないかしら?」


 エインの意見に、カーミルが追従する。


「おいおい……」 

「質の悪い冗談だぜ」


 ハンスとゴーラルは、顔を真っ青にして息を呑む。 

 この森のモンスターを怯えさせるほどの大物が、この近くにいる。

 もしそうなら、自分たちは袋のネズミというもので……


「! ね、ねぇ!」

「な、なんだよエイン! 何をみつけたんだ」


 突如として大声を上げたエインに、ビクリと肩を震わせたハンスが問い返す。

 もしかして、やばいモンスターが近くにいるのか。

 誰もがそれを覚悟したが……違った。


 そこには、看板があった。

 いかにも手作り感満載のその看板には、こう書かれていた。


「宿屋ビーフォレストはこの先です……?」

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