内田 Ⅰ
自室で椅子に腰掛け、長城からの手紙を見つめながら僕は思考を張り巡らしていた。が、結局手がかりになりそうな物は無い。手紙には「佐原春香が本当に自殺をしたのかについての証拠を見つけて欲しい。報酬はそれからだ」とだけ雑に荒く書かれていた。
まだ動機についての警察からの詳しい発表は無い。これが何を意味するか。警察はまだ、彼女が自殺したと断定しているわけでは無い。長城はいま、決め手となる証拠が欲しいのだろう。そして、それを旧友である、元私立探偵、現新聞記者の僕に頼もうということか。
布団に横になりふう、と息を吐く。
僕は長城に電話をかけることにした。どう考えても情報が少なすぎる。こちらはまだ、佐原春香の親族の名前すら分かっていないのだ。
奴は案の定、三コールもしない内に電話に出てきた。
「もしもし」
「もしもし。悪いな、急な頼みで」
奴の言葉にはかまわず、僕は喋りだした。
「早速本題に入る。僕は前置きが嫌いなんでね」
「何が知りたい?」
「全部」
左手でボサボサと頭を掻く。
「悪いが、こちらとしてもお前に云える情報には限界がある」
「駄目だ、全部教えろ」
電話口の向こうで長城のため息が聞こえたような気がする。
「いまの所はどうだ、お前は彼女が本当に自殺したと思うか」
「知っていることが限定的すぎて何も云えない」
「そこをなんとか」
「一つだけ云えることは、計画的な自殺ではないということだけ」
「詳しく聞かせてくれ」
僕は奴から送られたA4サイズ程度の資料三枚を見ながら云った。
「普通に考えてみてくれたまえ。彼女は極度の水嫌いだったようじゃないか。そんな彼女が計画的に自殺を図ったというなら、敢えてその方法を選ぶなんて莫迦げている。もっと手首を切る、薬物とか、屋上から飛び降りるとか。古典的だけど、もっともメジャーな自殺方法なら首を吊るとかね。つまり、少なくとも失踪当日に大学内で何かがあったと思うのが自然だろう」
奴の納得したような表情が目に浮かぶ。こんな探偵っぽい事をしたのは久しぶりだ。
「つまり、彼女の所属していた登山サークルの部屋を調査しろということか?」
「いや、念のため彼女の自室も調べて方が良い」
「どういうことだ」
「未だにその部屋に手がかりが残っているとは考えにくい。例えば、誰かの手によってもう隠蔽されてしまったか、もしくはそもそも既に消されているとか」
「やはり、他殺の可能性が高いと?」
「いいや」
そこまで云われて、一息つくと、僕はこう云った。
「限りなく他殺に近い自殺だろうね」
「どういう意味だ」
「調べれば分かる。捜査は足からだぞ、長城警部」
そう一言だけ云って僕は電話を切った。
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