第02話 陰陽師は転生する
一度は弱体化した鬼たちであったが、主である将門公の邪悪な霊力――鬼気を感知して歓喜の
『
彼の祖先を遡ると第40代天武天皇の孫の
「これだけの瘴気を伴う鬼気を放つ存在が
先ほどまでとは違い、死兵と化した雑魚鬼たちが将である
いくら邪悪を打ち滅ぼす不動明王の拘束具とはいえ、鬼気の勢いが強すぎていつ引きちぎられてもおかしくいない。
「――っ行け!
次に俺はバッタの式神を放つ。
一匹、二匹ではなく数百、数千の大軍が悪鬼を襲う。
――とは言え
「何だこれは!」
「羽虫風情がぁ!」
そんな言葉を吐き捨てながら、棍棒や手に持ったたいまつを使って、
所詮バッタ、大した攻撃力もなく、つぶされ焼かれて次第に数も減っていく……かに思われた。
「先ほどの犬に比べればなんてことはない! 使えるものは
指揮官らしき鬼が指示を飛ばす。
厄介だな。
俺は背中に背負った弓と矢を取り出す。
武士が使う本格的な武器ではない、破魔の弓矢だ。
破魔弓に破魔矢を
浄化する「破邪」の意を込め狙いを定める。
俺は静かに祈るように言葉を口にする。
「南無八幡大菩薩」
自らが神託を与えた平将公の配下を打つために、力を貸すのだから皮肉なものだ。
番えた矢をまるで的に置きにいくように、敵を射る。
ヒューっと甲高い鏑矢のような風切り音を立て、破魔矢が飛来し鬼を射貫いた。
笛の音のような風切り音を合図にして、バッタ共が勢いよく鬼どもを襲う。
「あ、兄貴が死んだぁ~~」
「おい! 今は兄貴より大将だ!」
――――と冷静な鬼もいるが、もう関係ない。
時は既に満ちてしまった。
「クソ! なんだこいつら、俺たちを食ってやがる!」
「ひぃー 痛い! 痛い!」
――――先ほど放ったこのバッタが普通であるはずがない。
このバッタは霊力を食らい、成長し数を増やす。
自然界のバッタは時折群れをなして、作物を食い荒らし人に害を成す災いと化す。
その負の面を現したモノを封印し、式神として使役しているのがこの
爆発的に増殖し霊力を食らうようになった状態を俺は「成る」と表現し、その状態の
この状態になると零落していない本来の姿……すなわち大怨霊となる。
次第に羽虫が集結し、次第に六尺(180㎝)ほどのヒト型の異形へと姿を変えていく。黒っぽい体色で手足にはギザギザとした外骨格に覆われ、腰からもう一対の脚が生えている。
顔のほとんどが大きな瞳と鋭い口で占領されており、額からは短い二対の触角が生えている。
「---- ・・ -・・・- ・- --- ・- ・---」
「そこにいる雑兵どもは任せた。喰っていいぞ!」
「-・・ ・ ・- ・-・」
バッタというのは群れることで変化し蝗害となる。
続日本紀の記録によれば大宝元年(701年)には十七国が被害を受け、天平21年(741年)、天平勝宝元年(749年)の下総、弘仁3年(812年)の薩摩を始めとした地域には蝗害による記録が確認されている。
また古代中国では騎馬遊牧民族と蝗害対策こそが、皇帝の仕事と言う官僚もいたと言われるほどの大災害である。
それを模した『式』が弱いはずがない。
さて、そろそろ隠形の術で隠れている鬼共が、奇襲を仕掛けてくる頃合いか。
そんなことを考えていると。
「我ら平氏の無念! ここで晴らさせていただくぞ! 陰陽師!」
そう言って土気色の鬼が、棍棒を振りかぶって薙ぐように振り込んでくる。
「ノウマク・サンマンダ・バザラダン・カン」
詠唱された真言と共に、土気色の鬼に向かって激しい炎を伴った火球が生じ、鬼を焼き尽くしていく。
「明王めぇぇ!」
その言葉を最後にして鬼が焼け死ぬ。
大日如来の化身、五大明王の一角である不動明王の真言のうち
下級の真言ではあるものの不動尊の如き激しい炎を持って、怨敵を滅ぼす術である。
しかし俺の
斬り込み隊長と思わしき土気色の鬼が、不動明王の
「縛れ!! 急急如律令」
数枚の呪符を投げて呪力を木気に変化させ、地面からツタを生成し敗走する鬼どもの手足を縛る。
もう一枚の呪符を取り出して火気を生じさせる祝詞を唱える。
「木気を魔なる者を焼き払う火気に変えたまへ 五行相生、木生火! 急急如律令」
うねりを伴った炎が生じ、木気によって生じたツタに引火することで、火気から生じた炎が業火となって百鬼を焼き払う。
鬼の放った鬼火や俺の火気が建物へと移り、都の一角がその燃え盛る炎によって明るく照らされる。
「見よ! 陰陽師安倍春秋よ。帝がおわす都が燃えているぞ。
これぞ我ら平氏と朝廷との戦の開戦ののろしだ!!
古き王は廃され、我らの帝がこの日の本を支配する王!
新皇となるのだ! あはははッは!」
縛られながらも安房守がそう高笑いをする。
その顔は炎で陰影が際立ち、不気味さと不遜さが増していた。
残念ながら今の霊力では消火は難しい!
「死人に! 悪霊にこの国を導けるものか!」
救援はまだかと焦りを感じて顔を上げると、月を背にして一体の竜と四足獣が空を駆けて寄って来るのが見えた。
竜の鱗は金色に輝き、上質な陰の気を振りまいている。
「あの竜はもしや!」
こちらの様子を伺うように宙を泳ぎ、円を描くように一周し、馬も空を駆けてだんだんと下って来る。
竜の背を見ると安倍家の当主である播磨守、安倍晴明を始めとする安倍一門の術者がそろっている。
「「「「水気よ、都を焼かんとする悪しき業火を鎮めたまえ 水剋火! 急急如律令」」」
竜や白馬に騎乗した門下や一族の術者が、俺が起こしてしまったボヤ騒ぎを収拾するため、水気で炎を鎮火させる。
「春秋よ見事だ!
よくぞ一人で百鬼夜行を打ち滅ぼし、将たる鬼を捕らえた。」
直系血族とは言え、普段なかなかお目にかかることはない。
緊張のあまり喉がカラカラに乾いてきた。
「は、播磨守様。ご報告があります……」
「固くなる必要はない。
春秋は孫……われの血脈なのだから……
っとその前にコイツを祓ってしまおう」
存在を無視され怒りがたまっていたのであろう、悪赤丸が声を荒げた。
「俺を
刹那。
清明様の呪力が爆ぜるように膨らむ。
すなわち払われたのだ。
種子真言は密教において、仏尊を象徴する一音節の呪文のことだ。
あまりの手際に周囲の術者が皆絶句していると
「修練すれば皆これぐらいは出来るようになる。
さて春秋、改めて報告を聞こう。
君の式が届けた巻物を見てただ事ではないと思い、急ぎ竜を使って飛ばして来た訳だが……」
俺は聞いた話を清明様に伝えた。
「フム。……
清明様は
「仕方がない。彼の怨霊を退ける結界をこの都全域に敷く!
絶対に東山より東へ追いやらねばならぬ!
―――― その言葉で俺は察してしまった ――――
古来より術を強化補強する際、意思の宿った動物を主に使う。
その贄として最上位はもちろん人であり、取り分け物心つく前の7歳までの子は神道で神様の子とされその命を贄とされた。
それ以外だと穢れを知らぬ乙女や霊力の強い人間が適しているとされている。
そして今、条件に当てはまる最上位の者が実兄の娘、美代となる。
父、知常は長男のそれも実の孫を贄に出すことを要求されているのだ。
こんなに不幸なことはそうそうないだろう。
姪の美代は類い稀な呪力量を持っている逸材だ。
もし美代が贄にされたら播磨守様と父、兄との関係が壊れる。
播磨守様ご自身もひ孫を贄とすることになってしまう。
なにより幼子の命が絶たれるそんな未来に、無念さで心が押しつぶされそうになる。
なんとかならないものか! なにか俺にできることは……
霊力と贄が必要なだけであれば、俺でもいいということだ。
なんなら霊力も贄としての価値も俺の方が上だ。
独身で穢れてもないし、なにより播磨守様の孫だからな!
緊張のあまりゴクリと喉が鳴る。
カラカラに乾いた口内を大きく開いて俺は声を上げた。
「お、お待ちください!
に、贄ならば私がなりましょう!」
緊張のあまり声が上ずってしまった。
俺の言葉に周囲の術者は驚愕の表情を覗かせる。
呪術に携わる者は己のことを第一にしたい者が多い。
なぜならわれらが目標としているのは神秘の解明であるからだ。自分で解き明かしたい、と言う狂人しかいないと言ってもいい。
「春秋……おまえ……」
「いいだろう……男児、それも元服後となれば、丁寧に禊をし穢れを払わねばならぬ。急ぎ
場所は……都の鬼門位、賀茂御祖の社で行う!」
俺は髪を結い、白い着物に着替え、その上から冷たい水を浴び霊的に身を清める。
神社の中央には
「今からおまえを贄として、我ら陰陽道の主神である
四方と中央の寺社仏閣をこの地図に表し、陣を描きこの結界をより強固なものとするように
「はい」
“祓う”でも“封印”するでもなく“引かせる”と清明様は言った。
つまり、帝の命令でもない限り手を出したくないのだろう。
俺の表情から不安の感情を察したのか、声をかけてくださる。
「案ずるな。……そうだな、東国に大きな社を立て祭り上げよう。東国を中心に手当たり次第、神社仏閣を建立し
ヤツとて今の帝には思う所はあれども、この地を犯す輩から国を守るためなら手を貸すはず」
俺は祭壇の一段上に供物や呪具とともに並び、清明様たちは
「これなる陰陽師播磨守、安倍晴明。
静かな闇夜のなかで煌々と輝く
祭具である銅鏡を掲げるとこういった。
「――――よって天孫の末裔たる帝の聖域たる都を閉ざし、邪気を遠ざけん――
その言葉で俺の呪力や意識が急激に遠ざかっていく。
「くっ!」
俺は苦しみのあまりに声を漏らす。
東には青い光が、西には白い光が見え、天壇封印が発動したことが確認される。
「――――なお、これなる陰陽師、安倍春秋の魂を今一度、
冥道を司る十二善神。
清明様は本来予定していなかった祝詞を付け足し、俺の来世を神々に祈祷したのである。
「播磨守……おじい様……」
俺の視線に気が付いたのか、清明様はこう言った。
「姪御のために命を捨てる。その判断をできるおまえをどうして見捨てられようか? おまえとてわれが子孫なのだから……来世は平穏無事に生きよ。そしてわが陰陽術の花開く世を見届けてくれ……」
清明様の言葉を聞き終えた瞬間、俺の意識は遠のいた。
※成った
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