第8話 ターミナル移住計画

 3日目の朝が来た。

 館内のデジタル時計は7時と表示している。

 昨夜は特に異常もなく、念のため大ホール前の通路も確認に行ったが、僕たちが斬りまくった死骸の山は通路の隅に集められていた。

 昨日の会話からして、きっと珠樹さんがやったのだろう。

 問題なく朝を迎えられたことに内心ほっとする。


「おはよう、ソウタ」

「あ……おはよう。エルフリーデ」


 小ホールの扉が開く音に振り返ると、軽装姿のエルフリーデが立っていた。

 いつもの鎧姿ではないことに新鮮さを覚える。


「特に変わりはないかい?」

「うん、大丈夫。もう朝日も昇ってるし、そろそろ珠樹さんが呼びに来ると思う」

「そうか。少々早く起きすぎたか」


 あまり乱れていない金髪をぼさぼさと掻くと、整った顔立ちが欠伸で歪む。

 美人のだらしない姿が何だか可笑しくて噴き出しそうになるが、ぐっと堪える。


「では便所で用を足すとしよう。ソウタ、タマキが来たら伝えてくれるかい?」

「分かった」


 頷くと、エルフリーデは小ホールに戻った。

 瞬間、気が抜けて欠伸が漏れてしまう。


「ふわぁ……」


 こんなに慣れない夜更かしは初めてだった。

 平和だったころは何度も布団の中でスマホを触ってたというのに、ただ立っていただけで疲労感がズシリとのし掛かる。

 緊張し続けていたせいだろうか。

 止まらない欠伸で手を温めながら、大ホールへと続く通路の先を見つめる。


「……珠樹さん、まだかな」


 配給がそもそもいつ行われるのか分からないが、きっと準備でもしているのだろうと思った。

 焦ったところで予定が早まるわけでもない。

 気長に待とう。

 そう思い、視線を外したとき。


「――――おーい!」

「っ……?」


 ビクッと肩を震わせ、再び通路の先を振り向く。

 視線の先からこちらに走ってきたのは、珠樹さんに付き従っていたボランティアの男性の片方――若い茶髪の男性だった。

 かなり焦っているようで、僕の元に着くとすぐに手を引っ張って、来た道を引き返していく。

 つい男性に釣られて通路を走りながらも、困惑が勝って尋ねる。


「あ、あのっ! 何かあったんですかっ?」

「とにかく来てくれ! もう俺らじゃ手に負えなくてさぁ……!」

「えぇっ……?」


 まさかゾンビか、と一瞬思ったが。

 男性は恐れているというより困っている様子だった。

 一体何があったというのか。

 大ホールまでの通路を駆け抜け、昨夜ぶりに扉を開けてホール内を見渡す。


 既に朝の配給は始まっていた。

 座席の間の階段に避難民が行儀よく並んでいる。

 そんな状況の中で、並んでいる皆の視線は奥にある劇場の舞台の上、臨時の配給所へと向けられていた。


「――だから言っとるじゃないか! 量が少ないって!」


 ホール内の騒めきの中、壇上から嗄れ声が響く。

 配給所の前で揉めていたのは1組の高齢の男女、正確には男性の老人が主に怒っているようだった。

 珠樹さんとボランティアのもう片方の男性――眼鏡を掛けた大人しそうな中年が対応している。


「ワシらが老人だからって小食だとタカ括ってんのか⁉ ふざけんな! これっぽっちじゃ飢え死にするわ!」

「滝口さん、落ち着いてください。並んでいらっしゃる方がまだおられますので」

「あぁ⁉ ワシら夫婦は後回しってか! 若造が偉そうに!」

「じ、自分は50代ですよぉ……」

「こっちは80だバカが! アホ!」


 弱気な中年男性に対して、珠樹さんは毅然とした姿勢を貫く。

 しかし男性の老人──滝口にはまるで効いてないようで、後ろに並んでいる人たちに聞かせるように大声で喚き散らす。


「大体、何でペーペーの警官の指示に従わんといけないんだ。切符切るしか能のない連中のペーペーによぉ」

「……アナタ。私はこれで十分だから……」

「バカ言うんじゃねぇ! いつももっと食っとるやろが! 遠慮すんな、取っちまえばええんじゃ!」


 滝口はそう言って、備蓄が入っている段ボールに無理やり左手を伸ばす。

 その左手を横から掴み、珠樹さんは繰り返し説得を続ける。


「落ち着いてください、滝口さん」

「あぁ?」

「備蓄にも限りがあります。私は物資を平等に分配し、全員に食事が行き渡るようにしたいんです。だから」

「だからワシらに我慢せぇってか? ふざけんな能無しが!」


 瞬間、滝口が右手を振るった。

 段ボールに当たると地面に落下し、そのまま中の缶詰が音を鳴らして壇上からホールの床に転がってしまう。

 列から悲鳴も上がる。

 気づけば僕は階段を降りて、壇上の両者の間に割って入っていた。


「おじいさん」

「あぁ⁉ 何だてめぇは。横入りしてくんなバカ!」

「やめてください。怯えてる人もいます」

「だから何だってんだ! 邪魔すんな!」

「アナタ……もういいから……」


 実際に向かい合うと、確かに気圧されてしまうほどの怒り顔だ。

 一体どうしてそんなに怒っているのかは分からないが、かといって引き下がるわけにもいかない。

 この場にいる誰にも傷ついてほしくはなかった。


「ソウタくん、下がって。危ないから」

「いや、大丈夫です」


 老人とはいえ、確かに怒った人間は怖い。

 それでもゾンビに比べれば何百倍も怖くない。

 両手を広げて相対する。

 殴られることを覚悟の上で、ぎゅっと奥歯を噛んで睨み合う。


「おい若いの……何様だてめぇは。今まで大きくなるまで、誰のおかげで飯食えたと思ってんだ!」

「皆のおかげです。ここにいる皆の」

「分かってるんならどけ! 殴るぞ⁉」

「……それで気が晴れるなら。いくらでも殴ってください」


 そう言い放つと、滝口は拳を握った。

 しきりに頷き、鋭い眼光を向け、そして。


「じゃあ一発殴らせろバカ――!」


 勢いよく拳が振るわれる。

 目を瞑り、殴られると身構えた瞬間、


「――やめたまえ、ご老人」


 宙で腕を掴む音。

 珠樹さんが振り返り、僕と同じ光景を見る。

 鎧姿のエルフリーデがいつの間にか僕たちの前に立ち、滝口の拳を右手で完全に制止させていた。

 落ち着きを払いながら諌めるように語りかける。


「他に配給を待っている人がいる。貴重な食料を床にこぼしてはならない」

「何だおめぇは⁉ 邪魔すんなよぉ!」

「お言葉だがご老人、周りを見てほしい」


 そう言われて、滝口は辺りに視線を散らす。

 ようやく他人の視線を意識したのか、バツの悪そうな表情になっていく。


「どうやら私よりも悪目立ちしているようだ。これでもまだ暴れるかい?」

「っ……!」


 ミシッ、と軋む音が聞こえた。

 恐らく掴む掌に力が込められたのだろう。

 滝口は驚きの表情を浮かべながらも、強引に振り払って悪態を吐き捨てる。


「……勝手にせい! 行くぞ、ばぁさん」

「あぁ……はい……すいません」


 ズカズカと去っていく背中を追うように、滝口の奥さんもフラフラと壇を降りる。

 どうやら事は収まったようだ。

 騒めきは次第に歓声へと変わっていく。

 歓声を向けられたのは、もちろんエルフリーデだった。


『ありがとうお姉さん!』

『かっこよかったわよー!』

『助かったぞー!』


 程なくして配給が再開され、僕とエルフリーデ、それから珠樹さんも舞台裏へと捌けていく。

 壇上ではボランティアの2人の男性が列を捌き始めている。

 とりあえず騒ぎは収まったようで何よりだ。

 ほっと胸を撫で下ろしていると、


「あの、2人とも」


 珠樹さんがどことなく暗い声色で言った。


「朝食が済んだら、2階の会議室へ来てもらえませんか? 相談したいことがあります」


***


 朝の配給を食べ終えたあと、珠樹さんに言われた通り会議室に来た。

 部屋には珠樹さんとボランティアの男性2人がいて、縦長に置かれたテーブルを囲っていた。


「揃いましたね。では、早速本題に入ります」


 珠樹さんは僕たちを見るとすぐに、テーブルの上に置かれた食料を見せてくる。

 今朝も食べた乾パンや天然水のペットボトルが入った段ボールが、それぞれ10箱ずつ。

 他の備蓄らしきものは何も置かれていない。


「これは……」

「この施設の備蓄だ。少ねぇだろ?」

「……確かに少ないですね。でもこれが全部ってわけじゃ」

「いえいえ。これで全部なんです。ね、婦警さん?」


 珠樹さんが静かに頷く。

 とても信じられなかった。

 一応、避難所として指定されている建物だから、もっと備蓄には余裕があるとばかり思っていた。

 しかし、どうやら現実のようだ。


「この公民ホールは確かに避難所に指定されていますが、物資は自治体や地域企業との連携で賄う方針で、あまり貯めていないんです」

「そんな……」

「今の非常事態では連携など到底不可能、このまま行けば1週間もせずに食料は底を尽きてしまうでしょう」


 そう言うと、珠樹さんは自身の手元に目線を落とす。

 1枚の紙を広げた――記されていたのは、この街全体の地図だった。

 地図の北側、避難所からだいぶ離れた箇所を示す。

 そして珠樹さんは僕たちに告げた。


「そこで、私はターミナルへの移住を提案します」


 その宣告に不思議と驚きはしなかった。

 何故なら件の場所について僕は何となく知っていたからだ。


「ターミナルって……確か北町に最近できた、大型総合商業施設ですよね」

「そう。一応、表向きはそう運営されている。けれどあの施設の特色は、非常事態が起きた際のシェルターとしての役割にあるの」

「シェルター?」


 ニュースでしか聞かないような単語が飛び出す。

 珠樹さんは僕とエルフリーデを交互に見ながら続けて言う。


「どんな異常気象や地震が来ても耐えられる耐久性、数年単位で数万人の食料を賄える備蓄、実際には見てないけど簡素な医療設備も整っているらしいの。少なくとも避難所にいる人たちだけで見積もれば、10年以上は生活できるほどのキャパシティがある。

 今回の騒動が極めて異常だということは、草太くんやエルフリーデさんの情報からも明らかになってる。この先の予測は不可能だし、避難所に救助が来る可能性は限りなく低い。

 それなら、ここで死を待つより動いたほうがいい。ターミナルを拠点にしたほうが生き残れる可能性は格段に上がると思うの」


 それは――その通りだ。

 備蓄もなく助けも来ない、そんな状況で耐えていても事態は好転しない。

 大胆な賭けではあるが、しかし理解はできる。


「俺たちボランティアは既に話を聞かされてる。もちろん、賛成派だ」

「ターミナルには何度か買い物に行きましたが、とても大きくて頑丈で、服も娯楽品も揃ってますからね。移れるのなら移りたいですよ」

「しかし、問題が1つ。道中のゾンビです。

 草太くんの情報を信じるなら、相当な数の大群が闊歩していることになる。私とボランティアの3人だけでは、とても避難民全員を守り通せない……そこで」


 珠樹さんが改めて姿勢を正す。

 視線の先にいたのはエルフリーデだった。


「エルフリーデさん。貴女に私たちの護衛をお願いしたいです」

「……ふむ」


 僕の後ろで黙って聞いていたエルフリーデが口を開く。


「護衛とは、あの大人数をか?」

「はい。無理を言っているのは重々承知してます。でも昨夜、大量のゾンビを一挙に捌き切った貴女の手腕なら……大群が来ても切り抜けられる。その可能性が高くなるだろうと私は考えています」

「なるほど」


 ふと、エルフリーデが僕に視線を向けた。

 碧色の瞳と合ったかと思うと、一瞬微笑んで、


「ところでタマキ。1つ聞いてもいいかい」

「はい、何でしょう」


 再び珠樹さんをまっすぐ見つめて問いかけた。


「ソウタは護衛の頭数に入れないのか?」

「えっ?」

「いや、私だけを名指ししたからね。気になったんだ」

「それは……その」


 珠樹さんが言い淀む。

 どうやら考えてすらいなかったらしい。

 まるで僕を、あるいは自身を納得させるように尋ねてくる。


「草太くんはまだ学生なんだよね?」

「……はい」

「なら、私たち大人が守るべき子どもだから、危ないことはさせられない。護衛だなんて……いくら腕に自信があっても容認できない」


 何も言い返せない。

 珠樹さんの言葉は正しかった。

 僕を気遣ってくれてるのだと、子どもを盾にする行いを否定したいのだと、納得させられてしまう。

 しかし――それでも。


 胸の中で燻る不満を、果たしてエルフリーデは見抜いていたのだろうか。

 僕に問いかけてくる。


「ソウタ。君はどう思う」

「エルフリーデ……」

「私はソウタを戦力だと認めている。避難所までともに戦ってきた身として、今回の計画についてどう考えているかを聞きたい」


 この場の全ての視線が集まる。

 緊張はしたが、それ以上にエルフリーデへの感謝が上回る。

 おかげで自分の意思をはっきりと伝えられるのだから。


「……僕も戦います」

「えっ……」

「それが、この計画に必要なことだと思うんです」


 僕は珠樹さんに訴えかけるように言った。


「ターミナルまで約1週間も進み続けなければいけない。長い時間休むこともできないし、トイレや食料だって避難所にいるときよりも切迫する。たった数日ゾンビに足止めされるだけで、それだけで命取りになってしまう」

「……草太くん」

「僕が戦うことで、負担を少しでも減らせるなら……僕も戦う。それが答えです」


 一瞬、場が静まる。

 きっと珠樹さんの求めていた答えとは違うのだろうと、心配そうに細められた眼を見て感じる。

 それでも意見を譲る気はない。

 戦う力があるのに守られるだけだなんて、それこそ耐えられる気がしなかった。


「私もソウタの答えに賛成だ、タマキ」

「エルフリーデさん……でも」

「この計画自体が中々綱渡りなのだ。安心できる要素は多いほうがいい」


 ボランティアの男性2人も同意して頷く。


「警官さん、俺たちも彼らの意見に賛成だぜ」

「そうだよ婦警さん。あんな化け物と戦える学生さんなんて絶対にいないって」

「皆さん……ですが……」

「俺だってまだ20代で、警官さんと同じぐらいの年だけどさ。正直、ゾンビと戦うのは怖いんだわ。こんな刺股だけで勝てるとは思えねぇし」

「私なんか50手前のおじさんですからね。身体を張るといっても、果たしてどこまでやれるか……若い子が力を貸してくれるなら、非常に助かりますよ」


 どうやら話は決まったようだ。

 珠樹さんはしばらく考え込んだあと、


「……分かりました。草太くんにも護衛に参加してもらいます」


 僕とエルフリーデ、ボランティアの男性2人を見渡して言った。


「それでは改めて決を採ります。今回の移住計画に反対の方……続いて、賛成の方」


 後者のタイミングで一斉に手が上がる。

 異を唱える者は誰もいなかった。

 エルフリーデが珠樹さんに告げる。


「どうやら決まりのようだな」

「……そうみたいですね」


 場の雰囲気が微かに和らぐ。

 結論が出たことを全員が共有し、納得する。


「ではこの集会はお開きとします。ボランティアの方々は、このまま私と大ホールへ来てください。同じ説明を避難民の方々にもします」

「オッケー」

「分かりました」


 次いで僕たちへ問いかける。


「エルフリーデさんたちは……小ホールへ戻られますか?」

「あぁ。お気遣いなく」

「こっちは大丈夫ですから、気にしないでください」

「……分かりました」


 珠樹さんが消え入るように会議室を後にする。

 去り際の表情はどこか辛そうで、ふと心配になってしまう。

 しかし、今できることは何もない。

 そもそもどう気遣えばいいのかも分からなかった。


「さて。それでは我々も戻ろうか」

「……うん」


 心残りを抱えたまま、エルフリーデに従って会議室から出る。

 と、


「──おい」


 低い声に呼び止められる。

 振り返ると、朝の配給で揉めていた老人――滝口がズカズカと近づいてきた。

 僕たちの顔を睨みつけ、不機嫌そうに口火を切る。


「話は聞いとったぞ。ターミナルっちゅうトコに行くそうだな」

「……そうです、お爺さん。今から珠樹さんが大ホールで説明を……」

「分かっとるわ! そんなことはどうでもええんじゃい!」


 唾を飛ばして怒鳴り散らす。

 僕は思わず眉をしかめる。

 滝口は視線を落としたかと思うと、腰に提げた鞘を指差して口を開いた。


「お前ら、この立派な剣でゾンビをバタバタ斬ってきたんやろ?」

「……それがどうかしましたか?」

「ワシらを護衛するって言ってたな。ターミナルまでの間、ゾンビからワシらを守ってくれるんじゃけの?」

「そうです。だから安心して……」

「でもゾンビに噛まれたら助けてくれへんのやないか? あぁ?」


 詰め寄られ、後ずさりする。

 僕の行動が気に食わないのか、さらに剣幕を深めて追及してくる。


「もしワシらの誰かがゾンビに噛まれたら、ゾンビになっていったら……アンタらは斬るんか⁉︎ ワシらの大事な家族を! えぇ!」

「……それは」


 そうだ、と即答できなかった。

 素直に吐露したら怒るだろうと理解していたし、何より僕自身、滝口が言ったような状況になったとき対応できるか、まだ分からなかったからだ。

 言葉に詰まり、思わず目を逸らしてしまいそうになる。

 すると、


「ご老人。どうか落ち着いてほしい」


 エルフリーデが間に入り、穏やかな口調で冷静に宥める。


「確かにその可能性はゼロではない。もし護衛の段取りに不備があれば、最悪の事態も起きてしまうだろう」

「そうだろう!」

「しかし、タマキなら入念に計画を練ってくれる。私も多少の無茶ならこなしてみせよう。あとはご老人を含め、全員が力を合わせれば……必ずターミナルまで辿り着ける」


 エルフリーデは胸に手を当て、滝口に言った。


「どうか信じてほしい。私とソウタ、タマキを」


 果たして納得してくれたのか──。

 滝口は眉間のしわを増やして唸ると、エルフリーデを押しのけてエスカレーターに乗った。

 振り返り、恨めしげに吐き捨てる。


「……人殺しどもが」


 滝口が3階へ上がるのを見送る。

 去ったあとの静寂は心地悪く、頭に恨み言がこびりついて離れない。

 ショック、というには実感は湧いていなかった。

 人殺しと言われても、斬ってきたのはゾンビであって人ではないのだから。

 そう。

 僕は誰も、人なんて殺してはいない──。


「──気にするな、ソウタ」


 考え込んでいた僕の肩に、エルフリーデがそっと手を置いた。

 寄り添うように、しかしどこか冷淡に告げる。


「ゾンビはただの獣だ。決して生命ではない」

「……うん」

「変に気負えば動きが鈍る。身体が動かなければ、何も守れなくなる。それでは何の意味もない」


 エルフリーデが正面に立つ。

 碧色の瞳が僕を捉え、見つめる。


「力を正しく扱える心……それを失えば人は、ゾンビより劣る獣になる」

「…………」

「どうか忘れないでほしい。ソウタがこの先、生き抜いていくために」


 その言葉の重みを、まだ完全には感じられていない。

 いつか理解できるのか、全く分からない。

 それでもエルフリーデを不安にさせたくなくて、


「……分かった。気をつけるよ」


 今はただ、頷くことしかできなかった。

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