第12話 英雄の再誕⑫
「お前は何者だ」
貝介は狂漢の妖しく光る眼をしかと睨みつけ、問いただした。
「知らんのか?」
巨漢は唇の端を大きくを吊り上げてにやりと笑った。
「わしこそが、発狂頭巾であるぞ! 狂うておるのはわしか! おぬしか
!」
男はわめきながら、手に持った鉈を振りまわした。鉈の振動機構が起動して特有の低い音を発した。
「そうか」
短く答える。疑うまでもなく、群衆の混乱の原因はこの発狂頭巾の模倣者のようだった。ならば、話は簡単だ。
貝介は静かに腰の非振動鉈を抜いた。確かな重み。両手で柄を握り、正面に構える。
発狂頭巾の模倣者と一口に言っても一様ではない。様々な者が模倣者になる。そこらの店の奥方が模倣者になることもあれば、鉄火場の用心棒が模倣者になることもある。穏やかなものも凶暴なものも皆そろって発狂頭巾に成りたがる。その動機は貝介にはわからない。わかろうとも思わない。
一つだけ確かなことは、発狂頭巾を模倣する者たちはみな、戦いたがるということ。ただし、その戦闘術の質の高低は元の素性に左右される。もともと荒事に慣れているものは手慣れた様子で、不慣れなものはおぼつかない様子で何かと戦おうとする。
「けっひゃあああ! わしは狂気に寄りて汝を討つ! 覚悟しろ!」
不意に巨漢が奇声を上げながら突進してきた。ジグザグ軌道を交えた不規則な突進。軌道を変えながらも突進の勢いを失わない動き。
今回の模倣者は前者のようだった。相当の手練れだ。酒場の用心棒かごろつきか、それともどこかの戦闘役人か。
だが、貝介のやることは変わらない。ただまっすぐに鉈を構える。
自分と敵の間に刃の壁を作るように。
相手の動きそのものではなく、動きの示す相手の意識を読む。どんなに混乱して錯乱した意識も、動きの前にはその兆候を示す。それを読み取りさえすれば、鉈を相手に向け続けることは困難なことではない。
男と貝介の距離が詰まる。狂気に輝く目が貝介を見据える。男が鉈を振り下ろす。振動機構の唸りが高くなる。
「ああ!」
後ろから叫び声が聞こえた。ヤスケだ。まだ逃げていなかったのか。
だが、問題はない。
模倣者をここで無力化してしまえばよい。
振動する鉈の刃を受け止めれば、貝介の非振動鉈は容易く砕け散ってしまうだろう。
貝介は一歩踏み込み、鉈を軽く突き出した。鉈を振り下ろす男の腕を迎え入れるように。貝介は非振動鉈の刃に男の肉が食い込むのを感じながら、緩く刃を引いた。
「ぐぎゃああああ」
男の腕から血が噴き出し、悲鳴が上がる。男の鉈の軌道が乱れる。貝介は身をかわし、非振動鉈の柄で男の鉈の腹を叩いた。振動の反動に耐えきれず、男の手から鉈が離れる。鉈は音を立てて吹き飛び、近くの八百屋の商品を弾き飛ばして止まった。
貝介はすかさず、男の足を払い、血の流れ続ける腕を踏みつけた。
「ぐぎゃあ!」
「手前の発狂頭巾ってのはその程度の強さなのか?」
貝介は鉈を男の喉に突き付けて、静かに尋ねた。
【つづく】
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