発狂頭巾二世【Legacy of the Madness】
海月里ほとり
第1話 英雄の再誕⓵
「狂うておるのは、わしかぁおぬしかぁ」
幼子が叫び、雑踏を駆け抜けた。
貝介の目はその背を追った。知らず、腰の非振動鉈へ手が伸びる。
「顔怖いですぜ」
隣を歩く八が笑って肩を叩いた。咳払い。貝介はごまかすように眉間の皺を揉んだ。
「あんな幼子まで真似るとはな」
「幻影画の新作、良い出来でしたぜ」
「知っておる」
狂気をもって悪を狩る、発狂頭巾。幻影画が脳に描く大惨禍の英雄像は当人の死後、年々勇壮なものになっている。今や万人の憧れる英雄だ。
幼子の叫びも発狂頭巾の決め台詞の無邪気な模倣だ。それは分かっている。だが。
貝介は再び顔を顰めた。
「父は……あの様なモノではなかった」
「まあ、そりゃあ確かに旦那はもっと格好良かったですぜ? でも大衆うけのためには」
「そうではない。父は……」
「きょえぇえ!」
滔々と語りつづける八を貝介が苛々とした口調で遮った瞬間、通りに絶叫が響いた。耳をつんざく叫声。正気を失った、或いは殊更にそうであろうとするような声だった。
「また、か」
「ですな」
頷き、二人は走り出す。油断なく鉈に手をかけて。
◆
「く、く、狂うておるのは、わしか! おぬしか!」
遠巻きに囲む人の輪の中、男が喚くは発狂頭巾の台詞、目には妖しき光。
その腕の中で幼子が震えていた。
先程通りを走り抜けた子だ。
「や、やすけ!」
人ごみの中、一人の男が呼び掛ける。幼子の父親だろうか。血の気の引いた顔で幼子を見つめている。
「何があった?」
低い声で八が男に問いける。男は何も言わず弱々しく首を振る。
そうだろう。狂いの模倣者の行動に理由などない。
ふいに男が手中の火刃を幼子に押し当てた。悲鳴があがる。肌の焦げる臭いが鼻をつく。
「おちつけ」
貝介は空の手を広げ、人込みから一歩足を踏み出した。
どろり輝く男の瞳が貝介を見る。赤熱する火刃。言葉は届かぬ。無傷では止まらぬ。幼子の強張った顔。父ならばどうした? 刹那、覚悟を決める。貝介は鉈に手を
その時
「狂うておるのは」
男が気づくよりもはるかに早く、貝介が身構えるよりもわずかに迅く
「儂か?」
一つの影が降り立ち
「お主か?」
そして去った。
「なんだぁ?」
声を遺し、男の頭が地に転がる。首無しの胴が崩れ落ちる。切断面からほとばしる鮮血が幼子に降り注ぐ。
呆然
静寂
「弥助!」
血に染まった幼子に、父親が駆け寄り抱きしめた。
――発狂頭巾?
静まり返った群衆の中、誰かがぽつりと呟いた。
違わぬが、違う。
貝介の目は辛うじて捉えていた。躊躇なく首を落とし、去った影を。
その太刀筋を。
「ありえぬ」
だが、あれは。
貝介と八の声が重なる。
「父上?」
「旦那!」
【つづく】
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