上方創作落語台本集
たちばなやしおり
第一席 ゆうれいのはらい
若手男 オッサン、道はこのまま、まっすぐで良かったかいな?
中年男 へぇ、このまま山越えの道ですわ。すんまへんな、運転してもろて。
若手男 気にしぃな、ワイも買うたばっかしの車やさかい、運転したいねや。後ろも
座り心地ええやろ。
中年男 高級ラウンジのソファみたいでフカフカですわ。ここに綺麗なおねーちゃん
でもいてたらサイコーでんねんけどな。
若手男 オッサンも、好きやなぁ。
中年男 しかし、あんたもうまい事考えはりましたな。「ここに新規の道ができる、
電車が走る」いうて二束三文の土地を何千万で売り捌く、いうんはなかなか
思いつくモンやおまへんで。
若手男 株や相場は先が分からんさかいな、博打はしたいが負けたない、っちゅー根
性の悪い金持ちの心理を利用しとる訳や。
中年男 ホンマ、誘うてもろて感謝ですわ。
若手男 ま、俺もな、組んどった奴がややこしいトコと揉めて辞めてもたさかいな。
丁度タイミングが合ぅたいう奴やな。
オッサン、しゃべりが上手で逃げ足早いいうて聞いてるで。
中年男 へへぇ、自慢やおまへんけど、まだ一遍も警察には引っ張られた事、おまへ
んねん。ま、その替わり、どっちか言うたら鳴かず飛ばずなんでっけどな。
若手男 その年まで鳴かず飛ばず言うんは反対に凄いな。ちなみに、最近は何してた
んや。
中年男 聞きはりまっか? それはそれは、聞くも涙、語るも涙。一大ロマンの長編
大活劇でっせ。
若手男 やっぱりやめとくわ。
中年男 嘘嘘嘘。冗談、冗談でんがな。まぁ聞いとくれやす。
まず、オレオレ詐欺ですわ。「年寄り狙ろたら簡単や」ちうて皆、いいよる
さかいに一遍やってみたんでっけどな。たまたま株で儲かって銀行に金が
ナンボでもある、いうばーさんに電話がつながりましてな。
息子のふりで事故して慰謝料払わんならんいうて電話口で泣落とししたら、
「10年ぶりに電話を寄こしたと思ったら、なんとも情けない話。せやけ
ど親を頼ってくれるのはやっぱりうれしいもんやないか。ああ、残り少ない
寿命で小銭を握ってても仕方がないさかい、ナンボでも振り込んだる」と、
こんなこと言うて来よりましてな。
若手男 そら、景気のエエ話や。
中年男 ただ、ちょっと問題がおましてな。
若手男 どないしたんや。
中年男 「今すぐにでも振り込んでやりたいが銀行に行くバス代がない」と。
若手男 待て待て待て。
中年男 バス代千円振り込んだら連絡つかんようになってしもて。ホンマ悪い奴もい
てるもんですわ。
若手男 ……嘘やろ。
中年男 ほんで次に考えましたんが…これでんねや。
(懐から何か出すしぐさ)
若手男 一万円札か。まさかこれ作ったか!
中年男 どないです?
若手男 手触りと言い、透かしの具合といい完璧な偽札やないか。
中年男 ようでけてまっしゃろ? まずは手触りから思いましてな。
お札の原料のミツマタいう木ぃの皮を、剥いで蒸して刻んで濾して、紙から
つくりましてん。エライ手間と金がかかりましたけど、ええもんができまし
たわ。
若手男 そうそう、こういうのんをサラッとやるのがスマートなワルいうもんや。
中年男 ただ、ちょっと問題がおましてな。
若手男 どないしたんや。
中年男 ……二万円でんねん。
若手男 何がや?
中年男 一万円作んのに、二万円かかりまんねん。
若手男 ……アンタ、アホやろ。悪い事するの向いてへんで。
中年男 何を言うて播磨の国の蘆屋道満。しかし、そんな事ばっかりやっとる
ワイやおまへん。 一番最近のネタ聞いたらビビりまっせ。
若手男 まぁここまできたら、みな聞こか。
中年男 本書きますねん。
若手男 アンタの言うてること分からんわ。
中年男 これまで失敗した犯罪の数々をまとめて本にして売りまんねん。人は成功
よりも失敗から学ぶ、いいまっしゃろ。これをネットで売りさばいたら…。
若手男 犯罪の手引きとか、大炎上するやろ。 紙やさかい、よう燃えるで。
中年男 あきまへんか。ほな、こないしまひょ。
若手男 なんや?
中年男 燃えんように電子書籍にしまんねん。
ト書き そんなことを言うておりますと山道に差し掛かってまいります。
いわゆる峠道っちゅうやつですな。左は山壁、右は落ちたらまず助からんと
いうような深い谷。そろそろ日が暮れになる頃合いで空高くのうろこ雲が真
っ赤に染められる中、車はグネグネと道を登っていきます。
若手男 日が暮れてきよったな。
中年男 夜の山道いうたら思い出しますなぁ。
若手男 なんや? おもろい話でもあんのんか?。
中年男 不思議な話いいますか怪談みたいな話ですわ。
若手男 ええな、そういうの好きやねん。
中年男 あれはまだワシが若い頃。
しょーもない詐欺とかやっとった、その時の相方が
「外車を買うたさかいに肝試しもかねてドライブしよか」と、もう一人男友
達を誘うて真夜中の山に行きましてな。
相方が運転席、も一人が助手席、ワシが後部座席で前のシートの間から顔出
す、いう道中でしたわ。
深夜の二時もまわる頃、曇った空からポツポツと大きめの雨粒が落ちてきよ
る。何か出るらしい言うところも回って見たが、何にもなかった、空振り
やな、そろそろ帰ろかいな、という話をしよったところ。
そこへ前から白い服着た女が一人トボトボと歩いてるのが見えてきた。
若手男 夜中に白い服着た女を山道で見かけるのはアカンな。
中年男 そうでっしゃろ? 普段やったら絶対無視しまんねんけど、何の話題もなし
に帰るのは嫌や、いう気持ちがみんなの中にあったんでっしゃろな。
「こんな時分に女一人の山歩きは物騒極まりない。雨も降ってきよるし街
までどうですか」と声をかける。
女、しばらく思案して「ほなら」と後部座席のワシの隣へと乗りこんできよ
った。
室内灯に照らされて見えたのは、年の頃なら20代。白のワンピースに真っ
黒な長い髪。黒目がちの目ぇにシュッと通った鼻筋と薄っすらと紅を差した
赤い唇。肌は透き通るように真っ白で、今まで見たこともないような別嬪や
った。
それが、またええ匂いさせよりますねん。ホステスでいうたらトップやなし
に7番手くらいの地味目の女の子みたいな主張しすぎひん上品な…。
若手男 話進めぇ。
中年男 (咳払い)ポーチひとつ持ったないのは、これはいよいよ男と喧嘩でもして
車から降ろされよったなと皆が思った。
暗い雰囲気はアカンやろと、しょーもない話で盛り上げとったんでっけど、
峠の下りに差し掛かったあたりで女、急に顔を伏せて苦しみ始める。
皆が心配してるところに、「ウチを助けてもらえますか、一緒におってくれ
ますか」と、消え入るような震える声や。言うても皆男、恰好つけたいでん
がな。口をそろえて「助けたる、一緒におったる、大丈夫」と言うた途端、
「ほならウチと一緒に連れてったるわ!」
絶叫して顔を上げたかと思うと、さっきまでの綺麗な顔が真っ赤に染まって
鬼の形相。般若の面っちゅうのはああいう奴やなとその時思うた。
「ハンドルが動かん、ブレーキも効かん」
というて悲鳴に近い声で運転しとるツレが叫ぶ。
それをしり目に、ワシは女の手ぇをニギニギ楽しんどったんやが、急に車の
ドアが開いて、ワシひとり外へ蹴りだされてしもた。
その瞬間、女の気が逸れたんでっしゃろな、煙を立てて急ブレーキかかって
ガードレールに深々と突き刺さった。おかげで何とか転落は免れて九死に一
生を得ましたんや。
痛む身体を引きずって車の中を覗きに行ったんやが、女の姿は煙のように消
え失せて、前の席には目ぇ回したツレ二人が伸びとりました。
若手男 ホンマにそないなことがあるねんな。手ぇに汗かいて聞いてしもたわ。
中年男 それにしても女に尻蹴られるいうのんは、悪いもんやおまへんで。
若手男 それは知らんでエエ話やな。ほれ見ぃな…オッサンが変な話するさかいにな
んか見えるやないか。
中年男 聞きたい言うたんはアンタですやんか。
…あれは! 白いワンピース着た女やおまへんか。
…スピードが落ちて、女の横に停めてしもて。何やってはりますのん。
若手男 ワイ何もやってへんのに、勝手に足がブレーキ踏みよった!
待て待てぇ、後ろに乗り込んできよったで。
白服女 ほなら、お願いします。
若手男 足が勝手に、アクセルを踏みよる!
白服女 しばらく道なりで。
若手男 いやや、ブレーキ! ブレーキ! ワイに何の恨みがあんねん!
白服女 別にあんさんに恨みはおまへんけど、死ぬほどに惚れた男に捨てられた恨み
は何べんでも私の正気を焼き焦がします。助けると思うて一緒に落ちとくん
なはれ…って、オッサン、さっきから、何手ぇニギニギしてんねんな!
ウチ幽霊やで! 商売の邪魔せんといてか!
中年男 髪の毛エエ匂いしてるけど、どこのシャンプー使こてるのん?
白服女 顔近い! 匂うな! 気持ち悪いねん!
中年男 ありがとうございます。
白服女 脂まみれの顔して喜ぶな!
中年男 どうも、顔面背脂男です。
白服女 ほんまキモイ! 蹴りだしたろか!
中年男 待ってました! 尻のここ蹴っとくんなはれ。
白服女 もういやや。手ぇはなしてよ。
中年男 命令調で言うてくれな離しまへんで、もっとガンガン来てもろて…。
白服女 くたばれ! おっさん!
中年男 ありがとうございます! もっとこう、偉そうに…あっ、消えてしもた。
あの子、攻めるの苦手みたいでんな。
ひーーやぁーーー、えらい勢いでブレーキ踏み張りましたな。
若手男 当たり前や! 目の前、崖やで! 落ちて二人とも一巻の終わりやってん
で。…ま、なんにしても幽霊祓ってもろてすまなんだな。
中年男 何言うてまんねんな。
あんだけエエ目見させてもろたのに、ワイ何にも払ろてしまへんねんで。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます