第六章 悪役令息と悪役令息
35. 未来で最強の敵を生む最強の敵は味方にすると最強の味方?
「あーくそ、面倒な事になったなぁ」
俺は今、執務室にて椅子の背もたれに体重を預けながらぼやいていた。面倒な事とは、先日起きたプリメリア誘拐事件のことだ。
「ヴェルトハイム家の騎士だという事実確認は取れましたからね。……まさか、仕える家の令嬢を誘拐するとは」
「あぁ、ただの誘拐じゃなかったって事だろう」
ヘリオトロープの言葉にそう返す。うちの騎士なら、プリメリアの顔を知らないなんてありえない。つまり今回の誘拐は孤児院の子どもではなく、完全にプリメリアを狙った犯行だということだ。
「プリメリアは何か言ってたか?」
「いえ、いきなり馬車に押し込まれて布を被せられたそうです。犯人の顔すらもほとんどご覧になっていないと」
「そうか……あれから怯えていたりとかは?」
「ラプスにも確認しましたが、特にそういった兆候はないようです」
「なら良かった」
あの事件は俺にとって痛恨の極みだったが、プリメリアが心身ともに傷を残さずに済んだのは唯一の救いか。
もしプリメリアを傷物にでもしようものなら、例え未遂だろうがサイコロステーキ先輩にしてやる所だ。すでに
「ところで、ちゃんと信頼できる女性の護衛は見つかったのか?」
あんな事があった以上、プリメリアの安全の確保は最優先課題だ。そのためには、女性の護衛が望ましい。
俺がプリメリアの護衛について確認すると、セバスチャンが自信満々に答えた。
「お任せを。私自らが直接お会いし、依頼をしております。腕も人間性も確かです」
念のためヘリオトロープを見ると、彼女も小さく頷いた。
「ええ、私から見ても素晴らしい腕かと。同性であれほどの実力者は初めてお会いしました」
「へぇ、ヘリオトロープがそこまで言う女性か。……てか、どこの誰なんだ? ヴェルトハイムの人間じゃないって事だよな?」
「はい、坊ちゃま。あのような事があった以上、騎士団すら信用できませんからな。実績のある冒険者を雇いました」
「冒険者?」
冒険者はモンスターを狩ったり、ダンジョンを攻略したりして稼ぐ者が多い。しかし、中には護衛や採取といった外部からの依頼を受けて生計を立てる人もいる。
公爵家からの依頼ともなれば、依頼料も弾むし実績としても十分。手を挙げる人間は多いだろう。
けど身内の騎士ですら危ないのに、外部の冒険者が信用できるのかね? などと思いながら紅茶を飲んでいると――
「名前は……エンツィ殿と仰いましたか」
「コフッ」
「「ご主人様(坊ちゃま)!?」」
セバスチャンの口から出た意外すぎる名前に、マンガのごとく紅茶を吹き出してしまった。ああ、書類が!?
って、それどころじゃない。エンツィってまさか……。
「ゲホゲホ……なぁ、セバスチャン」
「は、はい何でしょうか」
「そのエンツィって人、『
「おお、さすが坊ちゃま。ご存じでしたか」
「ええ……」
マジか。リーリエの時も大概驚いたが、ある意味それ以上の衝撃だ。
だってエンツィと言えば、
◇
エンツィ――世界有数の冒険者であり、『剣と魔法と
卓越した「火」の魔法と大剣の使い手として知られており、その赤髪と相まって『焔髪』の二つ名で呼ばれている。
ちなみに二つ名は正式に与えられるものではなく、その人の功績や強さなどを称えて人々が勝手に呼び始めるのがほとんどだ。
心の中学二年生としては二つ名に多大な興味があるが、俺みたいな凡人に与えられる日は来ないだろう。くそぅ。
それはともかくとして……エンツィは偶然立ち寄った村で主人公と出会い、その才能を見込んで鍛え上げるという設定だったはず。
魔法学園に入学する直前まで一緒に生活していた事を考えると、まだ主人公に出会っていない可能性が高いか。
「あー……そんな超有名人が、よく護衛を引き受けてくれたな」
まだゲームスタートより何年も前とはいえ、すでに二つ名を持っているという事はそれなりの名声を持つ冒険者だ。
特に彼女は権力になびくようなタイプでもないし、わざわざウチの護衛を引き受ける理由がわからない。
俺が疑問に思っていると、ヘリオトロープが答えを教えてくれた。
「何でも、ラプスが直接頼んだらしいですよ」
「ラプスが?」
「ええ、エンツィ様はラプスと同じく
「え」
「五、六年ぶりくらいに里帰りをしていたらしく、孤児院で偶然再会して今回の話をしたそうです」
「ええっ!?」
うっそだろ、そんな裏設定あったの!?
どうりでゲーム内で主人公がクラウトの話をした時に、『そいつとは関わるな。あの家は貴族にあるまじきクズしかいないからな』とか言ってたわけだ。
エンツィが正義感の強いキャラだからだと思ってたけど、ちゃんと嫌われる下地があったんですね。
あれ、ということは今の俺はセーフ? やった! 孤児院を助けて良かったー!
「あ、そういえば護衛につく前に、坊ちゃまにお目にかかりたいと申しておりましたな」
「おぉぅ……」
うわぁ、何の用だろ。ただの挨拶であってほしいなぁ。
◇
「ようクラウト様、アタシがエンツィだ。育ちが良くないから、言葉遣いに関しては見逃してくれると助かるね」
目の前には、背中まである赤髪が映える勝気な美女。長身のヘリオトロープよりもさらに背が高く、百八十センチメートル近くはありそうだ。
筋肉質だが女性らしさを損なわない、しなやかな肉体。背中に携えた、身の丈ほどの大剣を振るう
「お会いできて光栄だ、エンツィ殿。貴女のような凄腕の護衛が来てくれたんだ。言葉遣いなんて
「ふぅん」
え、何ですかその含みのある笑いは。肉食獣が、獲物を前にして笑ってるようにしか見えないんですけど。
そもそもこの人、迫力がすっごいのよ。この人に比べたら、前に孤児院で遭遇したチンピラ軍団なんてハムスターだわ。
「ラプスに色々聞かせてもらったよ。アタシたちが育った孤児院を救ってくれたんだってね。礼を言うよ」
「あ、いや、むしろその件については俺の方が申し訳ないというか」
少なくとも、エンツィがいた頃の孤児院の経営は苦しかったはずだ。それに恐らくは――
「孤児院のために寄付していたお金は使い込まれていた。きっと貴女が寄付したお金もあったんだろう?」
「……まぁね。でも金だけ送って、孤児院の様子を見に帰らなかったアタシも良くなかった。それに、クズ役人はアンタが責任持って罰を与えたんだろ?」
「あぁ。悪いけど、貴女が落とすべき首はもう残ってない」
「ククク……」
俺の言葉の何が面白かったのか、エンツィは忍び笑いを漏らす。やがて少しずつ笑い声が大きくなり、最後には大口を開けて笑い始めた。
「アッハッハッハ! いいねぇ……アタシは基本的に貴族サマは好きじゃないけど、アンタのことは気に入ったよ」
「それは光栄だな」
「ラプスの頼みとはいえ、アンタがいけ好かないヤツだったら断るつもりだったんだけどね。アンタの義妹の護衛、アタシがきっちり引き受けたよ」
「あぁ、頼んだ!」
ガッシリと握手を交わす俺とエンツィ……って握力、強っ!? 痛ぇ、HA☆NA☆SE!
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