第12話
門番の三人が参戦した直後、ゴブリンとの戦争は終結した。
戦場に突入したヴェル達が片っ端からゴブリンを殺し回り通常種を引き寄せたおかげで、ギデオンや勇者達が上位種に集中できて首を討ち取れた。
その後、装備品の回収と残ったゴブリンの掃討が終わったのは翌日の昼頃だった。
「死者八名。重傷者は十九名。どちらも被害は冒険者ですが、そのせいもあっていくつかのパーティーが離脱を申し出ていたので了承しました」
第三波まで時間も無いから即座に被害状況の確認に入ったわけだけど、騎士団と衛兵隊、それに勇者の名を冠する冒険者パーティーに被害が少ないところを見るに、むしろこの先の
「冒険者に戦う義務は無い。去りたい者にはこれまでの報酬を支払うと通達済みだ」
ギルマスとしても実力の伴わない冒険者を残して無駄死にさせることは避けたいんだろう。
「まぁ、結局のところ連携も何も無かったからな。自分の身を自分で守れる奴でなければ困る」
「そういう意味じゃあ、一番の戦力は門番連中だろう? そこんところはどうなんだ?」
「うちらの仕事はあくまでも門を守ることだから期待されても困る。そういう契約だし、縛りだからね」
私達門番には制約がある。全員それぞれに特異なスキルを持っているからこそ冒険者にもなれず、騎士団や衛兵隊に入って規律に従って戦うのも難しい――それでも戦い向きな性分を活かすために辺境伯様が門番として街を守る以外は自由を許す契約を作った。適材適所で人を動かすことに長けているからこそ、この辺境は割と緩い雰囲気を醸し出しているんだろう。
「普段ならば非番の門番を冒険者として扱えないことも無いが、今回は魔物大繫殖だ。第一波の時ならいざ知らず、第三波であれば全員に門を守ってもらう」
それ自体は隊長と私で話し合って決めたことだし、全員が納得して――まぁ、戦いたがるのもいたけど契約があるから納得したと言っていいだろう。
「あの、案というかいくつかの疑問があるのですが」小さく手を挙げたシスターに視線が集まる。「ゴブリンの時にも思ったのですが、例えば魔物が森の中にいる間に魔法で焼き払えばいいのでは? と」
教会はどこまでも人第一主義だけど、その人の中に冒険者などは含まれていない。
「森の中の魔物が切れ目から入ってきてることは知ってるよね?」
「ええ、それはもちろん」
「切れ目から入ってくる魔物は迷宮にいる魔物よりも圧倒的に強くて、勇者の称号を持つ冒険者でも簡単には倒せないんだよ。だから、森の中で待ち伏せしたり罠を張ったりして優位を取って戦うからどうにかなっているわけで――そのための森を燃やしたりしたら魔物大繫殖の後が困るでしょ? それに、戦う場所が無くなるだけじゃなく、切れ目から入ってきた魔物が一直線にこの領地に向かってくることにもなるし、ね」
「なるほど……では、そもそも切れ目を塞いでしまっては?」
その説明は私じゃなくてギルマスからのほうが適切かと向けた視線に気が付くと、小さく溜め息を吐いた。
「そらぁ、わしから話すべきだわな。数十年程前だ。切れ目をギルドが管理していた時代に、実際に塞いだとされる記録がある。多くの魔法使いを動員し切れ目を塞いだ数日後、溢れ出した魔物によってそれまでの三倍以上の人間が死ぬこととなった。理由は二つ――油断と、魔物の数だ。通常であれば切れ目から出てきた魔物を順に倒していくところを一気に攻められたのでは手の打ちようも無い。その責任を取って、切れ目は国の管理となり、辺境伯が受け持つことになったわけだ」
「……それでしたらもっと手前で、切れ目の前で出てくる魔物を直接倒せば良いのでは?」
「それも試したことがある。どういうわけだか、魔物が止め処なく溢れ続けるだけでなく、何故だか冒険者や騎士団を無視して街へと向かうようになっちまって、仕方なく今の防衛壁の位置になったわけだ」
通常であれば切れ目を通ってきた魔物は森の中を彷徨う。その中から森を抜けて街に辿り着けるのは極少数で、冒険者が引っ張ってこない限りは滅多にない。
「詰まる所、今の俺達にできるのは第三波に備えることだけだ。離脱した冒険者の穴埋めはともかく、薬は足りるか? 治癒士は?」
「用意していた薬の三分の一を使ったので薬師が急ぎで調合中です。私を含む治癒士は……あと一日でも休めば魔力が全快すると思います」
「たしかほとんどが中位級だったよな? 上位級の治癒魔法を使えるのは何人残ってる?」
「教会側には私を含め三人と、冒険者には四人いると聞いています。ですが、上位の治癒魔法――蘇生に関しては使えないものと仮定しておいてください」
蘇生魔法――命を失ってすぐであれば生き返らせることができる魔法らしいけど、大量の魔力を消費するから使った後は他の魔法が使えなくなると聞いたことがある。一人を生き返らせるために何十人もの治療ができなくなるほうが損失だとわかっているんだろう。
まぁ、冒険者に関しては現場判断になると思うし、関係性次第では躊躇いなく魔法を使うと思うから安易に自分自身を犠牲にした戦い方をするなってことかな。
集まっての話し合いもそこそこに門番の仕事に戻ろうとした時、門のほうが騒がしくなった。
「――治癒士を呼べ! 傷口を塞がないと死ぬぞ!」
その声に会議をしていた全員で向かうと、片腕を失って血塗れのダンとそれを支える女の子がいた。たしかスザクのところに入った新しい斥候の子だ。
「退いてください。治療します」
ダンの傷口にシスターが手を翳すと流れ出る血が止まり、朦朧としていた意識が戻ってきたのに気が付いたギルマスが顔を覗き込んだ。
「ダン、何があったんだ!? バグはどうした!?」
「っ――バグは、死んだっ。突然、ワーウルフが現れてっ――」
「ワーウルフだと!?」
魔物にも冒険者と同じで級分けがある。昨日のゴブリン卿なんかはA級で、ワーウルフは過去の記録にしか残っていない特級に該当する。
「それ、だけじゃない……ケンタウロスの群れもっ」
馬の体に人の上半身がくっついたケンタウロスは単独でも特級の魔物だけど、それが群れでか。
「特級が二体!? これまでは一度の魔物大繫殖に特級は一体だけだったはずだが……」
ギルマスの言う通り、過去の記録には魔物大繫殖を率いているのは一体の特級だと記されていた。ゴブリンの大群も記録と比べて多かったし、今回の魔物大繫殖はこれまでと違う気がする。
「わ、私も見ましたっ!」スザクのパーティーに入った新しい斥候。血塗れだけど怪我はしていないようだし全部ダンの血かな。「その二体の他に、真っ赤なドラゴンと――四つ腕で三つ目の巨人が……」
その言葉に全員が息を呑んだ。
真っ赤な――真紅のドラゴンか。過去に一度だけ討伐記録があったけど、その時は魔物大繫殖じゃなかったのに冒険者だけでも百人近くの死者が出たらしい。そして、四つ腕三つ目の巨人は――
「ヘカトンケイル、かな? 特級の中でも討伐記録の無い魔物だったはずだけど」
「ワーウルフにケンタウロス、ドラゴンに続いてヘカトンケイルだと? ……ハクサ、確認を」
「はいはい」
私のスキルは自重変化。自分自身と身に付けている物や持っている物の重さを自在に変えられる。だから、跳び上がるのと同時に重さを空気よりも軽くすれば相当な高さまで跳んで、その場に留まれる。とはいえ、重さを変えられるだけだから重心移動が大変過ぎて自由に飛び回ったりはできないけど。
「――オウル、視界の補助を」
外壁上を任されているオウル達のスキルは遠くを見渡せるものだけど、切れ目までは届かない。加えて遠くを見ようとするほど視野が狭まるから警戒する上ではある程度の距離で広さを保たなければならない。そこで、私の視力と鳥の目のスキルを合わせることで切れ目の近くでも目視できるようになる。
斥候の情報を疑うわけではないけれど、確認は必要だ。
目を凝らせば、スキルの影響か自然と距離が寄っていく。切れ目の前にいるのがヘカトンケイル。記録に描かれているものより大きい気がする。そこから西側に真紅のドラゴンが、東側にコボルトを従えたワーウルフと、ケンタウロスの群れ――が、こちらに向かって何か放り投げた。
次の瞬間、目の前に届いた槍を掴み、その衝撃を逃がしながら地面へと着地した。
「ハクサ! 無事か!?」
「うん。大丈夫。とりあえず、ヘカトンケイル、ドラゴン、ワーウルフは確認したし、この槍はケンタウロスが投げてきた物だけど多分魔剣――魔槍だね」
「魔物が魔剣を扱っているということか!?」
「いや、黒森に行った冒険者が持っていたものじゃないかな? 刃が潰れているわけでも無いのに斬れないし、ただ手頃で頑丈な棒として扱ってたんでしょ。そうじゃなきゃ投げるわけないし」
ダンとシスターの姿は無く、代わりに冒険者達が集まっている。
「前代未聞の特級四体……直接その目で見たハクサの見解を聞こうか?」
魔物退治が専門じゃないとはいえ、ギデオンはこの場にいる中で私が一番強いことを知っているし、聞かれた以上は答えないわけはいかない。
「ん~……ドラゴンとワーウルフとケンタウロスだけなら騎士団と衛兵隊と冒険者で分担すればどうにかなる、かな? それでも五分五分くらいだけど」
「ヘカトンケイルは?」
「騎士団と衛兵隊と冒険者全員で、それぞれが万全の状態であれば――それでも若干劣勢なんじゃない?」
「なるほど……不可能、とは言わないわけか」
とはいえ、今のままでは特級に辿り着く前に疲弊して五分の戦いにすらならない可能性が高い。戦力が足りない、かな。
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