第370話 〈発狂〉デスロードに挑みます

 私が着艦したタイミングは、丁度ティンクルスターが発艦するところだった。

 操舵は、綺雪ちゃんらしい。

 パイロットスーツ姿の綺雪ちゃんが、私の顔を心配そうに見る。


「スウさん・・・・配信みてました・・・」

「――うん」

「でも、大丈夫ですよ、きっとクレイジーギークスのみなさんなら何とか出来ますよ。私も手伝いますし。だから元気を出してください」

「・・・・うん、ありがとうね、綺雪ちゃん」


 ・・・綺雪ちゃんにまで心配を掛けてしまった。


「じゃあ、私ちょっと行ってきます。街への空爆とか、早く止めないとなんで」

「うん。お願いね、綺雪ちゃん」

「お任せ下さい!」


 綺雪ちゃんが、走ってティンクルスターに消えていった。


 私達は〖飛行〗でデッキに向かった。


 そうして、すぐにさくらくんに向かう。


「ねぇ、さくらくん。お願いがあるんだ」

「ど、どうしました?」

「私の代わりに、フェアリーテイルに乗って」

「えっ!?」

「クレイジギークスでアレを乗りこなせるのは、さくらくんだけだから」

「か、構いませんが・・・・どうしたんですか?」

「私・・・・前みたいに飛行機に乗れなくなったみたい」

「な、なぜ!?」

「思い出せなくなったんだ・・・・訓練場での事」

「綺怜くん、マザーグースを操舵できる?」

「わ、わかった・・・」


 こうして私はデッキの窓から、出撃していったフェアリーテイルを眺めた。


 さすがさくらくん、〈励起翼〉も使いこなしてる。

 アリスとリッカが、隣に立ってくれている。

 私は、華麗に敵弾を躱す蝶を見ながら、涙を拭いた。


「すごいねさくらくん、あんなにコントロールが難しいフェアリーテイルを完璧に乗りこなしてる」

「・・・ですね」

「・・・・だな」

「二人共・・・分かったんだ、私」

「何がですか?」

「何をだ?」

「アリスに戦うのを止めてって言われて、どうして止めるのを渋ったのか。怖がりのくせに」

「・・・・はい」

「私、こうなるのが怖かったんだと思う。私戦わないと、普通の人になっちゃう」

「・・・・いえ、スウさんは」

「私って、戦うことがアイデンティだったんだよ。私なんて、戦わないと価値無いじゃんって――みんなに、ファンにチヤホヤしてもらえないじゃんって」


 アリスが抱きしめてくれる。

 リッカが頭を撫でてくれる。


 遠くで、ハクセンが心配そうにこっちを見ていた。


「欲深いね、私」

「良いんですよ、そんなの」

「努力の末に手に入れた立場だ、誇れ」

「私、これからどうしよう・・・・」


 また視界がぼやけた、涙が滲んできてしまった。

 その時、頭の中でカチリという音がした気がした。


「――え、今のなんの音?」

「音? ですか?」

「なにも聞こえなかったぞ?」

「いや・・・今、鍵が開くような音しなかった?」


 すると、窓が開くような音もした。

 その窓の向こうから、声がする。


――この記憶はプレゼント。〝隔離しておいた記憶〟の窓を今、開いたよ』


 え・・・・隔離しておいた記憶って・・・・踏切ですれ違ったゴスロリ軍服の・・・・シュネ―――さん?


『ただ、思い出すのは、少し苦しいかもしれない』

「く、苦しい?」

『君は今から数秒で、9年間を再体験する事になる――それは苦しい体験になるだろう。それでも構わないかい?』


 ・・・・9年を数秒で?

 で、でも、取り戻せるチャンスが有るなら――苦しくても取り戻すべきだし、取り戻したい。


「・・・・は、はい、お願いします・・・」

『耐えきるんだ』


 記憶が窓から溢れ、一気に視界に流れて、頭の中に入ってくる。


「えっ・・・!? あ・・・・あ・・・・!」

「ど、どうしたんですか、スウさん!」

「どうした、凄い震えてるぞ!? 寒いのか!?」

「うわぁぁぁぁぁぁ―――ッ!!」


 あ、頭が割れそう!

 それに訓練中VRで感じた辛さも返ってくる――でも各ステージをクリアした喜びだって感じる―――だけどその回数が少なすぎて・・・・殆どが苦しみに覆われてる。


 私はうわ言のように記憶の言葉を繰り返し続ける。

 アリスとリッカが「ギョッ」とした目で私を見始める。


 やがて記憶が一番苦しかった時期に達して、私は思わず叫んだ。


「タ、タロースが強すぎる! どうしてもクリアできない!!」


 ぼやける視界の向こうでアリスが、私に何かを呼びかけている。


「スウさん!? スウさん!! 何をブツブツ言ってるんですか!! しっかりして下さい!!」


 数ヶ月を掛けて、タロースを初めて撃破。


「や、やっとタロースをクリアできた・・・・。こ、こいつがビ・・・・ビーナス! 最後の敵!!」


 そうだ、ここからだ、ここからが更に酷いことになり始める。


「勝てない勝てない勝てない! あれから、ビーナスにたどり着けすらしない!」


「ビーナス!? スウさん!? どうしたんですか!!」

「どうした涼姫、白目を剥いて泡を吹いてるぞ!?」


 アリスとリッカが私の体を揺すってるけど、私の脳内はそれどころではない。


「やっとビーナスに会えた! 今度こそ!!」

「だめだ、あんなのにどうやって勝てっていうんだ! ――スワローテイルが通れる隙間が、弾幕にないじゃないか!!」

「今日勝てなかったらもう、諦めよう」

「今日勝てなかったらもう、もうやめよう」

「今日勝てなかったらもう、最後にしよう」

「今までの時間を、全て台無しにするわけには・・・もう、クリアするしかないんだ!」

「ビーナスおかしすぎる。あんなの人間が、クリア出来るわけない。運営、何考えてるの? ――それにタロースも強すぎて、いつも実弾が残らない」

「あと少し、あと少しでビーナスを・・・・!」

「もう・・・無理だ」

「いや、今日こそ・・・今日こそ」

「ジャニベコフ効果・・・・これだ――! 光明がみえたかもッ!!」


 光明を見つけて少し思い出す。

 私は、飛ぶのが好きだ。

 そうだ、いつの間にか苦しい、苦しいってそればかりだった。

 ちがう、私は好きなんだ――飛ぶのが。


 もう1度、飛び立とう!


「誰にもクリアできないメカアクション。こんなの眼の前に突き出されて、ワクワクしないわけ無いよね!」

「馬っ鹿、イルさん。私が貴方を前人未到の光景に導くんだよ!」

「〈コンパクトミサイル〉全弾発射――! 〈励起翼〉の出力を臨界に引き上げて。―――いッッッけえぇぇぇえええぇぇぇぇぇぇええええええ―――ッ!!」


 ――光を、暗く、冷たく、無音の世界に残して――、そして――


『〈ビーナス〉撃破。敵性反応、全て沈黙』


 ――Congratulation!(おめでとうございます!)――


『ついにやったねママ!』

『ほんとうに長かった、マザー』

「うん―――うん! ―――みんな、本当にありがとう―――!!」


「スウさん!!」

「スウ、起きろ!」


 白目を剥いていたらしい私は、眼球をゆっくり下げる。


「クリア・・・・した」

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