5話 「迎撃」



【月の回廊 東】



2人の息遣い、そして青髪の男の一方的な語り掛け。

廊下で対話する2人が生み出すのは、それ以上でもそれ以下でもない。


「月、欠けた・・・」


そんな中、ルージュは惚けたように一言そう零した。

対し 訝しげな青髪の男が彼女を目視する。


「――は?」

「おいおい、ちゃんと俺の話聞いてた?

 てか、今月が欠けることなんてある訳、」


途中まで言いかけた彼だったが、呆然と立ち尽くすルージュに


(こいつ、もう俺の話聞いてないな・・・)


と早々に見切りをつけ、彼女の目線をなぞる。

ルージュが惚れ込んでいたのはただの満月だった。

数分前、青髪の男が見たのとまったく同じ月模様で浮かんでいる。


(――?)


だが、違和感が1つ。

月の端は齧られたように見えなくなっていた。

確かに、これはルージュの言う通り“欠けて“見える。

欠けは次第に姿を変え、うねるように月を侵食していく。

拭いきれない不可解さを払拭するように、青髪の男は目を擦って月を凝視した。


「・・・なんだ?あれ。」


青髪の男はそれが月の“欠け“ではないことに気が付いた。

何か大きな物体が動き回り、月を覆っている。

物々しいシルエットが月に重なり、謎の影を作っているのだ。

それの正体を暴こうと、より深く観察をする青髪の男。

いくら異世界だとはいえ、空上に何か浮かんでいる光景はキテレツなもので。


(馬車・・・にしては大きい。生物にしたってデカすぎんだろ・・・)


2人して目前の光景に唖然としていると、


「ちょおいおいおいおいおいおい、なんかこっち来てね!??」


謎の飛行物体は急に軌道を変え、此方へ豪速球の如く向かってきた。

急速に変化した事態に、青髪の男は動揺を隠さず叫ぶ。

かなりみっともなく狼狽える彼だったが、


「ええ、そうね。」


まったく動じぬルージュの冷めように、一周回って頭が冷えそうになる。

そうこうしている間にもコンマ毎に近付く脅威に選択を迫られ、青髪の男は一歩引いた。

一応の為、臨戦体制をとる彼。


(いや、でもこの場所には特殊バリアが張ってある。

 アレが魔獣だとして、そう簡単に入って来れるわけが――)


この場所には、厳重なバリアが張られていた。

地球ではお目にかかることのない、“魔法”によって。

だから彼は確信していた。

この世界風に言う魔獣など、害意の塊が易々と入って来られるわけない。

盛大なフラグ立ての上、そのまま一直線に此方を目指すそれは


「――――――な、!」


彼の予想に反し、それはバリアを、そして窓ガラスを障壁と認識せず、大胆に突き破って廊下に乗り込んできた。

爆発のようにガラスの破片が四方八方飛び、殺意となって2人に降りかかる。

がしゃん、と言う音が連鎖し、強烈な轟音を作り出した。

流石のルージュも女々しく悲鳴をあげ、転がるようにしゃがみ込んで右腕を顔の前で構える。


「お、もった以上にやばそうなんだけど!なにこれ!」


反射的に目をつむり、取り乱し始めたルージュ。

死を覚悟したとはいえ、恐怖というものが薄れているわけではないのだ。

 

「やっば、【ベール】!」


状況の重大さを口にし、青髪の男は脈絡なくそう叫ぶ。

その声に、重傷を予想し痛みに耐える準備をしていたルージュが歯を食いしながら目を開けると


「なに、これ・・・魔法!?この世界って魔法があるタイプですの!」


「多分気にするとこそこじゃないぜ!?!?もっと他気にしてくれる!?」


床に片腕ついて倒れ込むルージュの前に、庇うよう飛び出し右手を前へ翳した彼。

彼らの前には何重にも及ぶ白いレース模様の層が、金属の触れ合うようなキィンという音を放ちながら展開されていた。

繊細な模様が作り出したそれは、2人を守るようにそびえている。

魔法という非現実に度肝を抜かれるルージュ、それどころではない青髪の男。

レース模様のバリアは何かに耐えるように光のウェーブを小刻みにはしている。

恐らく、先程突っ込んできた奴の特攻を押さえ込んでいるのだろう。

しかしそれも長くは持たず、拮抗していた押し合いは一瞬にして崩れ去った。

無論、看破されたのは――


「クソ、流石にIIIじゃ無理あるか・・・!」


青髪の男が舌打ちを交えながら、崩壊の一途を辿るバリアを憎たらしく見る。


「もっかい、【メメント】!」


今度は違う言葉による詠唱で、再び展開されたバリア。

先程以上に分厚く、知識がなくとも強大だと理解できる。

それを唖然と口を開け傍観していたルージュだったが、


「・・・!危ない!」


バリアの横側面に亀裂が入り出したのを見付け、不意に声を上げる。

ようやく鋭い声を出した彼女に青髪の男が視線を惹きつけられた内に、


「うぉ、」


バリアは粒子状の光となって霧散し、そのまま彼の元へ謎の塊が飛び込んだ。

謎の塊は電光石火で彼の懐を目指し加速。

それをすんでのところで


「〜っ、【ダイヤレス】!!!!!!!」


青髪の男がまたもや違う詠唱でカバー。

すると謎の塊は即座に一歩立ち退き、距離をとって様子を伺い出した。

窓ガラスから数メートル離れた場所で滑空し、こちらを睨むよう見ている。

やっと姿を見せた謎の塊の正体は、おどろおどろしい鱗で黒光りする生物だった。

黒いボディに透明な水晶のような結晶を纏わせ、月光で透明なミラーボールとして激しく輝いている。

眩い身体に目を細めたルージュはやっと理解した。


(ドラゴン・・・!)


伝承で聞いた、その通りの姿形だ。

床から天井までを全て覆うほどの巨体、恐竜に負けずとも劣らぬ両翼。


(これが、非現実ファンタジー・・・・!!!)

 

叩きつけられた非現実と絶対的な圧にたじろぐルージュ。

すっかり腰が抜け、両腕で支えるには体が重くなりすぎた彼女は逃亡すら許されない。


「クォーツ・ドラゴン・・・なんでこんなとこにいるんだよ・・・!」


「そ、そのまんまな名前のドラゴン、強いの!?」


「あ〜、なんか普通の魔法使いなら数十人がかりで討伐するやつね!コレ!」


事の重大さを端的に叫ぶ青髪の男の頬に、緊張からなる汗が伝う。

普通の魔法使い、というのは恐らく成人済みの、職業としての魔法使いのことを指すのだろう。

飄々としていた彼の顔つきが劇的に変わったことに、ルージュは焦燥を覚えた。


「じゃ、じゃあ貴方じゃ無理なんじゃ!?貴方、見た感じまだ未成年じゃない・・・!

 それに数十人がかりのバケモノ、貴方1人で倒せるはずないわ・・・!!」


「だ〜もうその通りだよ!俺15ね!15歳!!」


「はぁ?!ガキじゃないの!」


「るっせー!」


お互い言葉尻が上がった早口での応酬。

2人揃って視線はクォーツ・ドラゴンから外さないまま、打開策を模索し思考を張り巡らせる。

いち早く策を講じたのは、一息吐いたルージュ。


「とりあえず、次にあのクオドラが隙を見せたら走りなさい。」


「は?走れってどこに」


「どこでもいいわ。誰かの助けを呼んできてもいいし、とにかく安全な場所へ。」


避難誘導でもするよう告げ目を閉じ俯いた彼女に、青髪の男の怒号が飛ぶ。


「はぁ!?何言い出すんだよ・・・お前、魔法使えんのかよ!」


「からっきしね。“ルージュ“ならわかるのかもしれないけれど、“私“には無理よ。」


そう言い、ルージュはお手上げと顔を振った。

右手を持ち上げ握って開きを繰り返すが、一向に力が入らない。

物はあろうと持ち方が分からないのは、己の力足らなさを痛感するものだ。


「別にいいじゃない。囮にでもなれば、私にも時間くらい稼げるわ。」

 

自嘲気味に微笑み、目で逃走経路を示す。

彼女の心中では、生にしがみつく醜い執着心と死ぬならきっぱり死にたいという妙なプライドがせめぎ合っていた。

一度決めたことは譲らない、“ルージュ・ダンデライオン“の頑固さも憚って邪魔をする。

情緒の乱れたルージュの投げやりな自殺宣言に


「――まだそんなこと言ってんのかよ。」


その全てを諦めた素振りに、青髪の男はありのままの苛立ちを隠さず右目を歪めた。

彼が顔を前へ向ければ、筋骨隆々大胆不敵に羽ばたき続けるクォーツ・ドラゴンの双眸を目が合う。

彼とルージュが漫才じみた会話をしている間にも、それは大気中の光を吸収し、凄みさえ感じる結晶の塊を生成していた。

横で床と対面するばかりのルージュは露知らず、青髪の男はそれがいかに危険たりうるかを理解していた。


(あの魔獣がチャージしてるのは、V・・・いや、VI!俺の使える魔法は最大V・・・凌ぐには!)


格上、という文字が彼の脳裏をよぎった。

彼の知る限り、今対峙している魔獣は中の上、中の中でも上も上の上澄である。

が、青髪の男はまだ名すらないもの。

経験らしき経験もなければ――

 

「俺、実戦初めてなんだけど!!

 でももうしょうがねぇなクッソ、もう、やってやるよ!!!!やればいいんだろ!」


初戦、にして大御所との衝突。


青髪の男は魔法に触れたことが人より少ない。

それは一概に、彼を取り巻く環境がとても良いものではなかった為である。

かつ転生者である彼にとって、魔法という概念は目新しいものであった。

故に彼は経験に乏しい。


しかし、彼には自信があった。

何がといえばそう、


“目の前の格上を、倒せる自信”


とか。


「――な、なにしてるのよ貴方!」


「何って・・・魔法の準備だよ。」


日を浴びるように手を翳し、青髪の男は強気に笑った。

彼の笑みは恐怖を打ち消すために引き攣っているのがわかる。

その姿に、鳩が豆鉄砲打たれた顔で「え?」とルージュ。

決死の覚悟を蔑ろにされたことはこの際どうでもいいい。

ただ、彼が自身と同じ自殺志願者かと疑ったのだ。


「だから、貴方じゃ敵わない相手なんでしょ・・・?」


「別に敵わないとは言ってねぇし!

 大丈夫だって、確かに経験はないけど――俺、超強いし。」


青髪の男は細い指を耳元のピアスに引っ掛け、くるりと回した。

膝小僧が震えているのに、出所のわからない自尊心を誇る彼。

ルージュからすれば、彼の行動は到底理解の及ばない気持ちの悪い行動だった。

自分を守ろうと体を張る彼の意図が、分からない。

臆病者のくせに、女の前でカッコつけたいだけなのかもしれないが――命を賭けてまで見栄を張るようなタイプには見えない。


(なら、本当に――)


本当に、彼にはあるというのだろうか。

格上を倒す算段も自信も、全てが。

本当に、“超強い“のだろうか。


嫌いなタイプと評した彼だけど、ルージュは彼に、少しだけ――ほんの少しだけ期待してみたくなった

彼なら、本当にあの魔獣を倒せてしまうかもしれないと。


――月が雲隠れした瞬間、影が充満した廊下。

敵意が交差し、青髪の男と魔獣は戦いの火蓋を切る。

魔獣が翼の先をふと曲げると、存分に前準備を整えた無数の結晶が流星の如く振り落ちる。

1つ1つが人間の大きさを優に超えた、重量感のある凶器。

硬度の高いそれらが速度を纏って落ちてくるのは、現実世界では止めようのない力を含んでいた。


だがここは非現実ファンタジー、止めようなんていくらでもある。


「――【メメント】。【メメント】【メメント】、【メメント】!」


先程発していた言葉を、4度繰り返す彼。

ルージュに言葉の意味はわからないが、それが魔法の障壁を作り出すための合図だとは推測できた。

現に、彼の言葉に呼応するように展開された魔法のバリア。

ここまではルージュの想像の範囲だ――が、本命はそれではなく


(数が、さっきより遥かに多い!)


ルージュは魔法に疎いが、数が増えているのは一目瞭然。

目の前がバリアの白い模様で埋め尽くされ、魔獣の姿すら隠した。

先程までの彼とは段違いに出力が高い、彼も本気なのだとルージュは察する。

バリアは絶え間ない結晶の弾幕に悲鳴を上げながらもどうにか耐え続けていた。

耐久力は付け焼き刃にしては十分と、青髪の男は満足げに口角を上げる。


その隙を見逃さず、魔獣は咆哮とギアを上げる。

出力を上げたのはそちらだけではないと誇示するように。


「ぐ」


魔獣の甲高い砲声に気圧され、青髪の男は後ずさる。

それに追尾するよう、増す結晶の弾丸。


「――【メメント】、だ、【ダイヤレス】・・・ッ」


圧倒的な物量の前に、一進一退だった攻防はひっくり返る。

守るばかりの青髪の男を嘲笑うように、より声を張る魔獣。

戦況を側から見ていたルージュでも、彼が押されていることくらい分かった。


「くそ、間に合わな――」


結晶は鋭利に尖り、徐々に数を増やす。

このまま続ければ防御が追いつかなくなる。

本人も肌でそれを感じたのか、ついに彼は左手を天へと伸ばした。

目を瞑り、何かを待つよう静かに。


「しょうがない、攻めるか。こっちからも。」

「――【レスポンス】」


防御だけを貫いてきた彼の、攻めの一手。

 

――錐嚢中に処るが如し。

彼の剣は、この時ようやく頭角を現すことになる。

 

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