第3話 実技試験②


「ふぁー」


 朝になりグレイは大学から配給された寝袋から這い出て体を伸ばす。フィオナはまだ寝ているがグレイは早くも朝食の準備をし出した。朝食といってもアルファ米のようなものでお湯を入れるだけなのだが。グレイがお湯を入れて朝食が出来るのを待っていると、フィオナが目を擦りながら起きて来た。


「フィオナ、おはよう」


「おはようございます、兄さん」


 挨拶をするとあの時の生徒会だった頃の記憶が蘇る。学校はいい思い出はほとんど無かったがそれでも楽しいと感じたことの一つが生徒会だった。最後の最後に嫌な思い出を残してしまったのだけが後悔だ。


「じゃあこれ先にいただきますね」


 昔のことを思い出していると、フィオナが台の上に置いてある米をとっていった。台の上に残ったもう一つのアルファ米を手に取り口の中へと放り込む。十分ほどで朝食を食べ終わった俺たちは外へと出た。


「さて、じゃあ戦いますか」


 グレイが今日戦うのは外部の人、つまり実技試験の試験官である。野生の魔獣はもうこの近くにはいないだろう。なぜならグレイが朝に事前に行った魔力探知で自然な挙動をする魔獣はいなかったからだ。もう一度、フィオナと共にグレイは魔力探知を使ってみる。


「いないことは無いが」


「私たち、というかここいる全受験生から逃げてますね」


魔力探知は人も感知ができるため受験生の動きも見ることが出来る。残された魔獣は受験生全員から常に一定の距離をとっているようだ。


「実技試験のヒントは馬車に乗った時に隠されてたのか」


 あの時の馬車に疑問を持っていればこの試験の概要も掴める。そういうことなんだろう。ここでようやくナックルの言っていた試験は馬車に乗った時から始まっているというのが理解できた。


「じゃあ、あそこにいるのを倒そうか」


 グレイは北西の方向にいる魔獣を指差した。


「フィオナは右から、俺は左から挟むような形でいこう」


「分かりました」


 こう言った作戦が出来るのも二人いるからこそなのだ。よく考えられているのか考えすぎなのか。今のグレイたちではまだよく分からない。グレイたちが分断して動いた途端に魔獣は奥の方へと走っていった。


「っ、予想通りっ!」


 全力で走ったグレイだったが、やはり魔獣は速く追いつくことはできなかった。


「でもそこは行き止まりだ」


 崖の前で佇んでいる魔獣をグレイは視認する。急いで魔獣の右側に立つとグレイは魔法を撃ち込む用意をした。それを察知した魔獣はグレイとは逆方向に行こうとするが、


「こっちなら逃げられると思いましたか?」


フィオナが魔獣の逃げ道を防いでいた。


「今だ! 獄炎球ヘルファイアーボール!」


 逃げ道を失った魔獣に対してグレイは魔法を思い切り撃ち込んだ。


「「あっつ!」」


 魔法の大きさを間違えたせいでグレイの体は焼けるように熱くなった。グレイと同じような距離にいたフィオナも同様に熱がっている。


「こんのっ、バカ兄さん!」


 フィオナはグレイの行動に対してかなり御冠な様子に見える。フィオナはすぐさま、グレイに向かって水球を容赦なく撃ち込んできた。


「うおっ!」


「危ないなっ!」


 グレイもフィオナに反撃すべく同じように水球を撃つ。フィオナはグレイが魔法を撃つというのは頭に無かったようで避けるのが一歩遅れた。

そのせいでフィオナはグレイの甘めの水球をバシャッ、という音と共に喰らう。


「まずっ……フィオナ。聞いてくれるか? 当てるつもりは無かったんだ」


「ひっ、ひどいです。グスッ………」


 彼女はそう言って顔を隠して泣き始めてしまった。グレイはフィオナにどういう言葉を掛ければいいのか分からなくなり、とりあえず近づいてみた。


「そんなに泣かないでくれフィオナ。本当にごめんな」


「仕返しの水球っ!」


「へ?」


 心配して寄ったグレイに向かってフィオナは容赦もなく水球を撃ってきた。グレイは水をかけられたことで服が一気に重くなる。まさか仕返しをしてくるとは、先ほどのフィオナと同じように頭の中に無く、いいように操られたなと感じた。


「嘘泣きだったのか……?」


「半分は本当で半分は嘘です」


「それは、そのごめん……」


 グレイはびしょ濡れのままフィオナの前に立って謝る。辺りに暖かい風が吹くと同時にフィオナは俺に向けて喋りだした。


風域ウインドエリア。全然、いいですよ。私もう兄さんのこと許しましたし」


「ありがとう。それと気になっていたんだけどその結界って何だ?」


 フィオナの立っている場所の少し後ろには何か白い結界が見えていた。どうやらフィオナも気づいていなかったようですぐに後ろを見た。


「これって、エクストラステージの結界では?」


「多分な……」


 試験はおそらくこの時点でもう合格だろう。目の前に特待生になれるかもしれない切符があるのに放棄するものがいるだろうか。ここまで魔獣を倒した人ならそんなこと絶対にあり得ない。


「少し休むか?」


「いえ、私は大丈夫ですよ」


 フィオナはグレイの方を見て笑顔を浮かべながら言った。


「じゃあ行ってみようか」


 グレイとフィオナは結界の中へと足を踏み入れる。一瞬、辺りが真っ白になったかと思うとすぐに視界が元に戻った。


「変な空間ですね」


「そうだな」


 何もない洞窟のようになってはいるもののあまりにも広すぎる。


「とりあえず前に行こうか」


 後ろは壁だったためグレイたちは前に進んで行くと。


「おいおい、マジかよ」


 急に真っ暗だった空間全体に灯りが灯り、前からは突然十メートルはあるであろう魔獣が召喚された。魔獣とはいったものの二足歩行の牛とライオンを混ぜたかのような格好だ。


「フィオナ!」


 魔獣はグレイたちを視認するや突っ込んできた。ドコンッ、という音と共に俺たちが歩いてきた道は瓦礫に埋もれてしまった。


「さてどうするか……」


 魔獣はグレイたちよりも何倍も大きい。少し戦い方を考えるが、やはりペアで協力して目の前の魔獣を倒すというのが一番だ。


「フィオナ、あいつの気を引いてくれ!」


「分かりましたっ! 火炎球!」


ボンという音と共に魔獣の体にフィオナの魔法が当たった。魔法の飛んできた方向を魔獣がみた瞬間。


「本当はこんな所で使いたくは無かったけど、獄火球!」


ドゴンッと火炎急の時よりも大きな音と共に魔獣の体からは炎が上がる。フィオナはすかさず魔獣の方へ獄雷球ヘルサンダーボールを撃ち込んだ。


「グアアァァッッ!!」


 魔獣は雄叫びを上げてその場に黒焦げになって倒れ込んだ。


「意外とあっさり終わったな」


 地面に倒れる魔獣を避けるようにしてフィオナがこちら側に走ってくる。


「それは兄さんが作ったヘルシリーズのせいだと思いますよ」


「そういうことなのか?」


「そうですよ!」


 フィオナは顔をぷくっとさせて、少し怒ったような表情で言ってきた。彼女の言ったヘルシリーズというのは魔法の核を最大限大きくして、魔力を最小限にして大きな力を生むというものだ。魔力が無くなるまで検証を続けた末に出来た、グレイの努力の結晶である。


「じゃあ、あそこに行こうか」


 魔獣を倒すと突如現れた奥の方へある扉を指差して言った。


「それにしてもこんなのに殴られたらどうなるんでしょうね?」


「そうだな。顔面がぐちゃぐちゃになるので済んだらいい所じゃ無いか?」


「兄さん、表現の仕方が……」


 十四歳を過ぎた辺りの少女にはこの表現は少しグロテスクだっただろうか。扉に手をかけた途端に後ろから呻き声が聞こえる。それに反応しすぐ後ろを振り向くとそこには魔獣が佇んでいた。


「んなっ!まだ動けるのかよ」


「兄さんどうしますか?」


 フィオナはもうお手上げというような顔をしてグレイの方に聞いて来た。


「フィオナは下がって防御結界を張っててくれないか?」


「どうしてです?」


「やりたい事があるんだ」


 そう言うとグレイは魔獣の方へと歩いて行った。フィオナが防御結界を張ったのを確認すると俺は作業に移った。

 まずグレイは小さな防御結界を作り真ん中に魔力の壁を作った。一方には水を。もう一方には学校から配給された塩を入れる。集中力を最大まで引き上げて作業を続ける。塩を高温で熱してそれで出来る液体に電気を流し電気分解した。それで出来るのはナトリウム。

 要はグレイがしたいことはナトリウム爆発だ。水とナトリウムは融合すると水素ガスができて、それが反応して一瞬ののちに爆発する。中学の時に先生がやっていた実験でグレイもやりたいと思っていたものだ。


「どうなるかは分からないけどやってみるしか無いな」


 グレイは自分の周りに防御結界を張って魔獣に向かって出来た魔法を撃ち込んだ。着弾と共にナトリウムと水を隔てていた壁が無くなり双方が融合する。

ドンッッッッッ!!!!

大きな爆発的な音と共に炎が舞い上がり辺りは炎の海となった。その後、やがて炎は消えて白い煙が辺りに残った。目を凝らして見てみるが、魔獣は跡形もなく消えている。


「ゲホッゲホッ……フィオナ、大丈夫か……」


「はい、兄さん。今のなんていう魔法ですか!」


 グレイはフィオナの方へ近づくと目を満点の夜空の星のうにキラキラさせながら聞かれた。


「え、えーっと……水素爆発球ハイドロジェンボールかな?」


 グレイはしどろもどろにそう答えた。

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