第2話 俺の仕事はダンジョンマスター
「もう5才か。早いもんだな」
鏡に映る自分を見ながら俺はつぶやいた。
こちらの世界に転生してから、5年が過ぎた。
サラサラしたハチミツのような金髪と、少女のようにかわいらしい顔立ちは、両親譲りのものだ。
前世の俺とは似ても似つかないが、さすがに5年もすると慣れるもんだな。
背丈は5才の子供、というには少し小さい気がするけど……。
「レイ様、お勉強の時間ですよ」
メイドのリリーが声をかけてきた。
ちなみにレイは俺のことだ。
レイ=エルフェンシード。それが俺の名前だ。
「もうそんな時間なんだ。ありがとう」
ウキウキと準備をする俺を、リリーはほほえましく眺めている。
「そんなに勉強を楽しみにされるなんて、やはりレイ様は偉いですね。うちの子なんていつも外で遊びまわってばかりなんですよ」
「はは。ここは知らないことばかりで、いろんなことが知るのが楽しいんだ。ほら」
俺は手のひらに小さな光の玉を作り出した。
「魔法だってもう使えるようになったしね」
「まあ! さすがはハイエルフの御子息ですね!」
リリーが感心したように目を丸くする。
そういえば、この世界でのハイエルフって特別な存在なんだよな。
「ねぇ、リリー。ハイエルフって何千年も生きるんでしょ?」
「はい、その通りです。普通のエルフが数百年の寿命なのに対して、ハイエルフは数千年もの寿命をお持ちです」
「だから皆、何かを極めようとするんだね」
「そうなのです。統治を極めた方もいれば、魔法や武芸を極めた方もいらっしゃいます。皆、伝説として語り継がれていますよ」
俺は窓の外に広がる広大な敷地を見渡した。
そこかしこに不思議な形の建物が見える。
「お父さんとお母さんは『ダンジョンマスター』って呼ばれてるんだよね?」
「ええ、今世界になるダンジョンの3割は、ご両親が作られたものなんですよ!」
リリーがまるで自分のことのように誇らしげに教えてくれた。
その時、母さんが部屋に入ってきた。
「あら、ダンジョンの話?」
母さんが優しく微笑む。
「うん! 僕も自分のダンジョン作りたいな」
「あら、嬉しいわね。きっとそろそろ、そういうんじゃないかと思っていたわ」
母さんが手のひらを広げると、そこには赤い水晶が輝いていた。
「これは練習用のダンジョンコアの欠片よ。まずはこれで基礎を学んでみましょう」
俺は水晶を受け取ると、早速試してみることにした。
「ゲートオープン!」
部屋の中に光の門が現れる。
母さんとリリーが同時に驚いた。
「あら」
「一度でもう転送門を……!」
「え? どうしたの?」
驚く俺に対し、母さんがおっとりと微笑んだ。
「いいえ。なんでもないわ。ゲートオープンを知ってるなんて、ずいぶん勉強していたのね」
「うん。僕は自分のダンジョンを作ってみたかったんだ」
それは前世の俺の夢でもあったからな。
開いたゲートを通ってさっそく中に入ってみる。
そこは小さな洞窟のような空間だった。
部屋の中央には静かに浮かぶ赤い水晶がある。
さっき母さんが渡してくれたダンジョンコアの欠片だ。
水晶に触れると、空中にホログラムのような表示が浮かび上がった。
「うわ、マルチディスプレイみたいだな」
「まあ、これは……」
「………………」
いつもおっとりしてる母さんが珍しく目を見開き、リリーは口をポカンと開けていた。
空中のホログラムにはまだ何も映っていない。
まだ何もないダンジョンだけど、これが俺の新しい挑戦の第一歩だ。
前世での経験を活かしながら、一歩一歩着実に進んでいこう。
あれから数か月、俺は毎日自分のダンジョンにこもって練習を続けた。
今日もダンジョンに入り、コアの欠片に手を触れると、空中にさまざまな情報を表示するパネルが現れた。
いわゆるマルチディスプレイってやつだ。
そこにはダンジョンのマップや、入ってきた冒険者やモンスターの位置なんかが表示されるようになっている。
といってもダンジョンはまだ一階しかないし、モンスターも1匹もいない。当然冒険者なんかもいない。
わざわざディスプレイで確認する必要もないほど、ただの洞窟と変わらないダンジョンだ。
まあしょうがない。まだまだ始めたばっかりだからな。
何事もコツコツ進めるのがいいんだ。
仕事だってそうだった。
いきなり大きな難しい仕事を任されたって、新人のうちからそんなことできるわけない。
まずは小さなことから慣れて、徐々に大きなこともできるようになればいいんだからな。
コアの欠片からは、もっと深いところまで繋がるような力を感じるんだけど、俺では1階層を作り出すだけで精一杯だったんだ。
まあ練習用ってことだったしな。
最初はこんなものだろう。
「いつみてもレイちゃんのそれは便利よねえ」
「うわっ、お母さん、いつの間に入ってきたの」
「レイちゃんがお部屋に入るのをみて追いかけてきたの」
そう言いながら微笑んだ。
母さんはいつも俺についてくるんだよな。
心配してくれるのは嬉しいけど、いつもそばを離れないのはちょっと過保護というか、プライベートがなくて恥ずかしいというか……
「勝手に部屋に入らないでっていったでしょ」
「レイちゃんもう反抗期なの? お母さん悲しいな……」
そういってほろりと涙を流す。
うう、そういうのはズルい……
「べ、別に見てるだけならいいけど……」
「やっぱりレイちゃんは優しいわね」
そういって俺のことを抱きしめてきた。
転生前の俺は子供扱いされるような年でもなかったが、こっちの俺はまだ5歳だ。
おかげでちょっと恥ずかしい……のだが、どことなくホッとするようなものも感じていた。
子供の体に俺の精神が引っ張られているのだろうか。
それに……前の俺は仕事ばっかりで、親孝行とかも全くしていなかった。
最後に実家に帰ったのも何年前だっけな……
もう少しちゃんと親孝行すればよかった、なんて後悔が頭によぎってくる。
俺がなすがままにされていると、母さんはさらに強く抱きしめ、それから腕の力を緩めた。
「それじゃあ、今日のレイちゃん分も補給できたし、おやつを用意するから待っててね」
そういって部屋を出て行った。
母さんは俺のことを好きすぎるというか、俺に対する評価が高すぎる。
愛されすぎてて愛が重い……
部屋に入る時は必ずノックをしてよ、なんて今更思春期の子供みたいなことを言うとは思わなかったな。
「……よしやろう」
母さんのことは一旦意識から追い出し、俺は気合を入れ直した。
今日の目標は、ダンジョンの拡張だ。
今のところ俺に作れるのは一階層だけで、部屋も3つしかない。
入り口から入り、真っ直ぐにダンジョンを進むと一番奥の、宝箱がある部屋に辿り着いてゴール。
それだけのダンジョンだ。
あまりにも短すぎてダンジョンとも呼べない。
ちなみに宝箱の中には古びた短剣が一本入っているだけだ。
まあ最初はこんなものだろう。
ここからゆっくり成長していけばいいんだしな。
「よし。まずは部屋の数を4つにしてみよう」
俺は手の中に魔力を集中させ、ダンジョンコアに魔力を注いだ。
魔力がコアに吸い込まれ、ダンジョンコアが輝きを放つ。
モニターに表示されるマップを見ると、部屋の数が4つに増えていた。
「よし、成功、だ……」
成功するにはしたが、俺は魔力を使った反動で息が上がり、その場に座り込んでしまった。
子供の俺では魔力量が全然足りないんだよな。
しかも、それから30分ほどでダンジョンは崩壊してしまった。
「はあっ、はあっ……」
やはりまだ部屋数を増やすと、俺の魔力では維持できないみたいだな。
だけどこれでも最初よりは長くなってきている。
「レイちゃん、おやつの時間ですよ」
ちょうど俺が座り込んで休んでいるタイミングで母さんがやってきた。
手に持ったトレイの上には、手作りのケーキと紅茶が乗せられていた。
甘い匂いが漂ってきて、思わず俺のお腹がなってしまった。
「ふふふ、休憩にしましょうか」
母さんに笑われて少し恥ずかしくなる。
こんなちょうどいいタイミングでお腹が鳴るなんて、まるで子供みたいじゃないか。
まあ実際子供の体ではあるんだが。
さっそく食べようとしたが、この部屋にはダンジョンコア以外何もない殺風景な部屋だ。
机とか椅子とかも何もない。
俺にそこまでのものを作る余裕がないせいなんだが。
部屋を形作るだけで精一杯で、小物まで作る余裕はないんだよな。
なので手づかみで食べようとしたら、母さんに怒られてしまった。
「そんなはしたないのはダメですよ」
そういって、部屋の中にテーブルと二つの椅子を生成した。
ケーキと紅茶をその上に置く。
「さあ召し上がれ」
にっこりと微笑む。
平然とテーブルと椅子を生成したけど、一体どうやったのかまるでわからなかった。
アンティーク調のテーブルは細かい装飾が足まで施されているし、椅子は子供の俺と、大人の母さんに合わせてそれぞれ大きさが調整されていた。
大雑把にダンジョンを作るしかできない俺には、そんな細かいことはまだ無理だ。
今の俺ならそれがどんな離れ技なのかがわかる。
それに、ダンジョン内にアイテムを生成するには、ダンジョンコアに魔力を注ぎ込まなければならないはず。
だけど母さんにそんなそぶりはなかったし、魔力の動きも感知できなかった。
そもそも他人のダンジョンにアイテムを生成するなんて、どうやったらそんなことができるんだ?
……わからないことだらけだ。
やっぱり母さんはすごい。
「……いただきます」
銀細工のフォークを使ってケーキを口に運ぶ。
上品な甘みが口いっぱいに広がり、疲れた体に染み渡っていく。
昔の俺は甘いものが得意ではなかったんだけど、子供の体になっている今は甘いものが大好きな体になっていた。
特に母さんのケーキは俺の好みに合わせてあるので、正直めちゃくちゃ美味い。
紅茶も、ケーキの甘さをリセットできるように程よい味に調整されていて、紅茶を飲むたびにまた甘いケーキが食べたくなってくる。
あっという間に食べる俺を、母さんがニコニコしながらずっと見つめていた。
「……ずっと見られたままだと、食べにくいんだけど……」
「レイちゃんはいつも美味しそうに食べてくれるから、お母さん嬉しいの」
「お母さんのケーキはいつも美味しいから」
「ふふ、ありがとう。お父さんもそうやって素直に褒めてくれたらいいのにねえ。あの人ったらいつも何も言わずに食べるから、張り合いがないのよねえ」
そういってため息をつく。
確かにお父さんはそういうことをあまり言わない。
多分気恥ずかしいんじゃないかな。その気持ちはちょっとわかるし。
あっという間にケーキと紅茶を食べ終えると、少し魔力も回復した気がした。
「それじゃあお片付けしましょうか」
そういうと、持ってきたトレイごと椅子もテーブルも、跡形もなく消えてしまった。
その光景に俺は驚いた。
さっき目の前で作った椅子とテーブルはわかる。
だけど、トレイまで?
だってそれはダンジョンの外から持ってきたものだろう?
つまりダンジョンのアイテムじゃない。なのにどうしてダンジョン内で自由に消すことが……
「まさか……」
ひょっとして俺は根本的に思い違いをしていたのかもしれない。
ダンジョンはダンジョンコアによって作られると思っていた。
実際、コアがなければダンジョンは作れない。それは父さんや母さんも同じだ。
だけど実際には少し違うのかもしれない。
……もしかして、自分の魔力で生成していたってことか?
ダンジョンコアは、注いだ魔力を周囲に広げるためにあるのであって、それを作っているのは自分の魔力なんだ。
だからテーブルや椅子のような小物なら、母さんは自分の魔力だけで生成できていた。
だけど俺は、ダンジョンコアがダンジョンを作るものだと思っていたから、魔力を注いだあとはコアに任せていたんだ。
コアは魔力を拡散させ、それを維持するための装置。
つまり、自分のイメージを広げるための装置なんだとしたら──
「俺のイメージを、そのままダンジョンに反映させることができる……?」
それに気がつくと、すぐに新しいダンジョンを試してみたくなった。
そんな俺を、母さんはずっとニコニコしたまま見つめていた。
……もしかして、これを見せるためにわざわざ……?
そういえば使い果たした魔力もすっかり回復していた。
母さんがケーキを持ってきたのも、ちょうど俺が魔力を使い切ったあとだったっけ。
気恥ずかしくなって、思わず顔を背けてしまった。
「……お母さん、ありがとう」
「ふふ、どういたしまして。クッキーも作ってきたから、お腹が空いたらそれを食べてね。
それじゃあ頑張ってね」
何もかもお見通しらしい。
やっぱり母さんには敵わないな。
母さんがいなくなったあと、俺はダンジョンコアの前に立った。
「よし、もう一回だ」
俺はさっそくダンジョンコアに魔力を注ぐ。
今まではそれで終わりだった。
だけど今回は違う。
自分の中でダンジョンのイメージを作る。
そのイメージをそのまま自分の中で魔力に変える。
そしてそれをダンジョンコアに流し込んだ。
意識してみれば、流し込んだ魔力がダンジョンコアから空間に広がっていくのがわかる。
この広がる魔力がそのまま俺のイメージするダンジョンになるんだ。
そして……
「……できた」
俺は使い果たした魔力の残滓を見ながら、呆然とマップのモニターを見つめていた。
そこには地下3階まで作られた立派なダンジョンが生まれていた。
「ははは、やったぞ……」
とはいえ、練習用のダンジョンコアの欠片でこんなに疲れてたら、まだまだ先は思いやられるな。
きっと本物のダンジョンコアは、こんなものじゃないくらい規模も大きんだろうし、内容も複雑だろう。
今の俺にはこれが限界だが、練習を続けて少しずつできることを増やしていくしかないか。
少し休んだ俺は、母さんが残してくれたクッキーを一口かじった。
失われていた魔力が回復する。
きっとこうなることを母さんはわかっていたんだろうな。
さっそく立ち上がり、ダンジョンコアの前に立つ。
「よし、もう一回だ!」
──
「ねえあなたどうしましょう。私たちの子はやっぱり天才かもしれないわ」
「どうしたんだ、今更そんな当たり前のことを」
「ダンジョンコアと魔力の関係を、私が一度見せただけで理解してしまったのよ。今ではもう自分の魔力を使ってダンジョン内のアイテムを自由に作り出せるわ」
「冗談だろう? あの子はまだ5才だぞ? コアと魔力の関係なんて、僕だって理解するのに10年はかかったのに」
「あの子は魔力が見えるけど、きっとそれだけじゃない、私たちも知らない才能があるんだわ」
ミライアが嬉しそうに呟く。
オルドもうやうやしくうなずいた。
「それだけの才能があるなんて、やはり君に似たんだな」
「あんなに一生懸命に勉強するなんて、やっぱりあなたに似たのね。
しかも、あの子が使っているダンジョンコアが何か知ってる?」
「練習用の欠片を渡したんだろう?」
「そうよ。だけど、ただの欠片じゃないの」
「ただの欠片じゃない? まさか……あのダンジョンコアの欠片を渡したのか? あの、歴史上最大にして最高傑作といわれた地下10000階の大迷宮を作り上げた、アウディケウス老のダンジョンコアを!?」
「ええそうよ」
「な、なんてことだ……それをもう自分の物のように使いこなせるなんて……」
わなわなと全身を震わせたあと、大声で叫んだ。
「そんなの、信じられないくらいの大才能じゃないか!」
「あの歳でもうダンジョンコアを扱えるなんて、歴史に名を残す大魔導士になるのは間違いないわ。
それどころか、もっと上にまでいく可能性も……。
だったら、大迷宮のダンジョンコアくらいが、あの子の練習用にちょうどいいと思ったの」
「ああ、全くだな。さすがだよミライア。今まで誰にも扱えなかったけど、あの子はもう起動させたんだろう。僕なんかでは地下1階すら開けなかったからね。あの子の将来が楽しみだよ」
親バカな二人は、自分達の息子の将来を想像して、何度も嬉しそうに頷いた。
「それにしても当時世界最高といわれたダンジョンが復活したらまた世界で話題になってしまうかな」
「あの迷宮が崩壊したのはたったの500年前だけど、人間には十分に長い時間みたいだし。忘れてるんじゃないかしら」
「それもそうか。それに、仮に覚えていたとしても、まだ1階層ができたばかりなんだろう。さすがに見つかることもないか」
「そうよ。心配しすぎよ」
「そうだよな。ははは」
──
「王様、お耳に入れたいことがございます」
「何事だ」
「<大迷宮>が復活いたしました」
「なんだと!?」
滅多に動揺することのない帝国国王が声を上げたことで、周囲の側近たちも驚いて国王を見た。
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