31 絶望
船でオクスタリア国に渡った。
ありったけの魔石を売り、売れるものは全て売った。
ヘリオスは変身石さえも売ってしまい、今は本来の姿になっている。
その持ち金を使って、『大陸の交差点』と言われるタルク国の港キノ行きの船のチケットを買った。
ここから二ヶ月ちょっとの船旅だ。
今度の旅は大部屋の三等船室なので、持ち物や身の危険もある。だが、隣にヘリオスがいてくれると思えば、それも怖くなかった。
船の中ではすることがないので、ヘリオスに小さい頃の話や旅の冒険談を聞いたり、あらゆる話をした。……過去の女の話だけは聞かせてくれなかったが。
たまに
剣を教えてもらった時も思ったのだが、ヘリオスは本当に人に教えるのが上手い。
共に食べて、共に寝る。心から信頼できる相手と共に生きることは、こんなにも心が満ち足りるものなのだろうか。
船旅の後半、
船旅に飽き飽きしていた船員や乗客が街に繰り出し、珍しい食事や酒に
その夜、セレとヘリオスはなけなしの財布をはたいて、宿を取った。
もうこれ以上は待てない、身も心も一緒になりたい、そんな一心で。
部屋のドアを後ろ手に閉めて鍵を掛ける。
その瞬間が待ちきれないようにお互いをかき抱き、唇を合わせた。
* * *
お互いを
「セレ……
耳まで真っ赤に染めて恥じらう彼女は、何者にも変え
「だ……大丈夫よ……」
きっとあちこち痛いに違いない、無理をさせてしまったのだから……。
愛しくて、ずっと腕の中に閉じ込めておきたいという独占欲は自覚したが、大事にしよう。この赤髪の冒険者を。
ヘリオスは改めて思った。
これから二人でこの世界を渡っていくのだと思うと、ワクワクする。
それから二週間後、船はタルク国のキノ港へ入港した。
ここから先、スリ・ロータスを目指すために、お金を稼がねばならない。
二人はキノの冒険者ギルドを訪ね、冒険者の登録を済ませた。
なるべく一回の依頼で高い報酬を得たい。ここに留まるのにも宿泊費がかかるからだ。そこで目に入ったのがこんな依頼書だった。
『依頼』
砂漠のオアシスに咲く、アイドクレースの花もしくはその実を求む。
報酬は金貨十枚
注意:命の危険あり
冒険者レベル:銀級以上
破格の報酬だった。それなのに、長いこと依頼を受ける者がいないらしい。
少し疑問には思ったが、きっと浮かれていたのだろう。お互いがいる限り、何でもできる気がしたのだ。
砂漠のオアシスに向かった二人を、猛烈な砂嵐が襲った。目や口にまで砂が入って来るすさまじさで、丸二日動くことができなかった。二人は頭から、サンドリザードのマントを被って、ひたすら耐えた。
砂嵐が収まり、辺りを
二人が連れて来られたのは、深い砂漠の中のオアシスに立つ白い神殿だった。
腰までもある総白髪、白い
その魔女は、退屈していた。
魔女は砂漠で砂嵐に会って迷った人間を、愛玩動物のように取っ替え引っ替え飼った。主に美しい若い男が好みで、精を吸い取るのだ。
神殿に運ばれたセレとヘリオスは、湯を使わしてもらい支度を整えたところで、魔女と対面した。
「ほう、なかなか
「助けていただきありがとうございます。私たちは旅の冒険者で、オアシスに咲くと言うアイドクレースの花を探しに来ました」
「ハハハ……、それを信じたのじゃな。アイドクレースの花など、ありもしないものを」
「それはどう言うことでしょう?」
「……あれは、人間を引き寄せるための罠じゃ。なかなか、効果があってのう。お主たちのような若い人間が来てくれるからな……」
「嘘だったのね! ……ひどいっ!」
「
「それって、悪いやつの言い草よね!」
「落ち着けセレ、まずは話を聞こう」
ヘリオスはセレに落ち着くよう言うと、魔女に話しかけた。
「俺たちに何をやらせたいんですか?」
「ほう、男の方は賢いと見える……なに、大したことではない。しばらくここにいて暮らしてくれれば良いだけじゃ」
「しばらく……というと、どれくらいでしょう?」
「……しばらく、じゃ……」
「そんな、私たちは先に進まないといけないんです。どうか、行かせてください!」
「……それでは、女。お前だけ行くが良い。下僕に近くの村まで送らせよう」
「えっ?」
「男は気に入った。ここにいてもらおう」
そう言うと魔女は薄い唇の端をニタリと吊り上げた。
黒装束の下僕が数人出てくると、二人は別の場所に連れ去られた。
「ヘリオスッ!」
「セレッ!」
セレは神殿の屋上に連れて行かれ、来た時と同じ乗り物に乗せられ、飛び立った。セレは太陽の方向を見て、神殿の位置を忘れないように心に刻んだ。
黒い下僕は近くの村にセレを下ろすと、さっさと戻って行った。
荷物ごと下ろされたのは有り難かったが、いかんせん砂漠の民には言葉が通じない。ヘリオスがいれば、少しは言葉が話せたのだが……。
何とか身振り手振りで、持っていたものを食べ物と交換してもらって、飢えを
呪い師が言うことには、その神殿に
ずいぶん昔に、
この近隣の村では、魔女を恐れるあまり誰も近寄らないらしい。
(このままなんてイヤ! 絶対にヘリオスを取り戻す!)
心の中で硬く誓って、神殿に忍び込むことを決意した。
セレは長く伸ばした赤い髪を切って、水と食料と交換した。
記憶の糸が切れないうちに、神殿へ
神殿は何か、
確かにここにあるはず、と思って進むと、何かにぶつかった。
神殿の石組みが確かにそこにあった。手探りで進むと、いきなり神殿の中に入っていた。
あっさりと黒装束の者に捕まってしまい、魔女の前に引き出される。
「おや、まだ
「あの人を返してください!」
必死に訴えてみるが、魔女の顔は変わらない。泣いて叫んでもみた。
「
「そんなっ!」
運命が二人の前で牙を
身も心も溶け合って、一つになった魂が引き裂かれる……痛みと絶望でおかしくなりそうだった。剣を抜いて斬りかかろうとしたが、魔女は上空に浮かび上がり、下僕たちに告げる。
「この女を遠くに捨ててこい」
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