第24話 祝! ホームレス脱出

 ダリヤさんという頼れる仲間が加わった後、更に素晴らしいことが起きた。

 

 それは……わたしの住まいのことである。


「……、ミユル……キミ、本当にこんなところに住んでるの?」

「イエス!」


 絶句するダリヤさんに対して、わたしは笑顔で返事をする。


 あの後、ダリヤさんの家とわたしの寝床が、たまたま同じ方面だということが分かったので、途中まで一緒に帰ることになった。

 

 そして、水道橋のたもとにあるわたしの寝床スペースを見て、まさに今、ダリヤさんがドン引きしているところである。


「いや、『イエス!』じゃなくて……これじゃあ、野宿なわけで」

「まあ、野宿といえばそれまでのホームレス暮らしですけど、住めば都ですよ! 雨はとりあえずしのげるし、寒さは毛布にくるまれば大丈夫です。トイレやお風呂は、共同浴場で何も問題ありません! しかもしかも、わたしのスキルがあれば食べ物にも持ち物にも困ることもないのです!」


 ドヤ顔でそう説明するわたしと対称的に、ダリヤさんはどんどん可哀想な人を見るような目つきになっている。


「キミ……苦労してるんだね」

「全然ですよ、ここにくる前の暮らしに比べたら。お気楽だし、なにより自由がありますからね」

「元の暮らし……?」

「あ、えっと、それはですね……」


 思わず口が滑ってしまい、わたしが続きの言葉を言い淀んでいると、ダリヤさんは何かを察したかのように「なんでもない」とだけ言って、それ以上は追及してこなかった。

 その代わり、彼女は何か考えるようにちょっとだけ沈黙してから、口を開いた。


「ボクは今、冒険者ギルドから近い、安宿を拠点にしている」

「あ、そうなんですね」

「そこはボクたちみたいな冒険者を相手にしている宿だから、パーティー単位で泊まれるように、全室が広い造りになってるわけで」

「はえー、そういうものなんですね」


 ダリヤさんの話に対して、わたしはふんふんと頷きながら聞いていた。

 そのあと、ダリヤさんの口からかたられたのは、思いもよらない提案だった。

 

 

「……ミユル。もしよかったら、暫くの間、ボクと住む?」

「……え?」

 


 予想外の提案を受けて、思わずわたしは、ダリヤさんの顔をじっと見つめてしまう。


「一緒に住むって、ダリヤさんと?」

「そう。パーティーを組むなら、できる限り一緒に行動していた方が都合がいいわけで。それに、ミユルがボクと一緒に住んでくれれば、宿代も半分で済む」

「……いいんですか?」

 

 それは願ってもない提案だった。

 出会ったばかり、家も仕事もないわたしに、パーティーを組んでくれるだけでなく、一緒に住まわせてもらえる場所を提供してくれるというのだから。


 ダリヤさん、なんていい人なんだ……!

 

 ジーンとして、目頭が熱くなる。


「もちろんミユルがよければだけど――ひゃっ!?」


 ダキッ!

 わたしは思わずダリヤさんに飛びついていた。


「ちょっと、ミユル――!?」

「うわああん、ダリヤさああん! ホントにホントにホントーーーーに、ありがとうごさいます! ぜひオジャマさせてくださあああい!」

「……分かった、分かったから、落ち着くわけで……」

「いいえ! わたしの感謝の気持ちをあらわすべく、しばらくこのままでいさせてください!」

「ひゃん、あぅ……!」


 わたしはそう言って、更にギューッとダリヤさんの身体を抱きしめる。ふんわりといい香りがした。

 ダリヤさんの白い顔が、みるみる真っ赤に染まっていく。

 

「ミユル……いい加減にして! ほら、いくよ……!」

 

ダリヤさんはわたしを無理やり引きはがすと、そのまま足早に歩きだしてしまった。


「待ってくださいよー! ダリヤさーん!」


 そんなダリヤさんの背中を、わたしはワタワタと追いかけていった。


 こうしてわたしは橋の下のホームレス生活から、脱出することとなったのである。

 

 一から百まで全部、ダリヤさんのおかげだ。

 神様、仏様、ダリヤ様である。



 ***


「よっしゃーーー!!」

 

 ダリヤさんの部屋にたどり着いたわたしは、いの一番にバフッとベッドに飛び込んだ。

 それからくるっと身体を反転させて、天井を見上げる。


「ほら見てください、ダリヤさん! 天井があります! 天井が!」

「いや、そりゃ部屋なんだから、フツーに天井はあるわけで……」


「それにベッドですよベッド! やったー! 今日から念願のベッドで寝られるー! しかもフッカフカです!」

「しばらく干してないから、湿気ってるわけで……」


「それくらい全然気にしません。もうホントに最高ですよダリヤさん!」


 わたしはベッドの上で、両手両足をバタバタさせながら、喜びを爆発させる。

 ダリヤさんはというと、隣のベッドに腰掛けて、そんなわたしのはしゃぎっぷりを、ちょっぴり冷めた顔で見つめていた。


「ダリヤさん……本当にありがとうございました」


 わたしはひとしきりはしゃぎ倒してから、身体を起こしてダリヤさんに向き直ると、改めてお礼を言った。


「……こんなに早くホームレス生活を脱出できるなんて思ってもいませんでした」

「別にお礼を言われるほどのことしてない。ミユルのスキルが役に立ちそうだから、一緒にパーティーを組んだってだけ」

「それでもです。そのことが本当に嬉しいんです」


 わたしが授かったスキル《ゴミ》。

 そのせいで、家族をはじめとして、親しい人たちは、皆わたしの元から離れていってしまった。


 お前には価値はない――

 役立たずのゴミ――


 わたしは、そう烙印を押されたのだ。

 だからこそ、ダリヤさんがわたしを必要としてくれたことが、本当に嬉しかったのだ。


「感謝してます。ダリヤさん」


 わたしはダリヤさんを見つめて、ニッコリと微笑む。

 彼女は少し照れ臭そうに俯きながら、こう続けた。


「いっとくけど、役立たずだったら、すぐにパーティー解消なわけで」

「はい、もちろんです! 冒険者見習いミユル、誠心誠意がんばらせていただきます!」


 わたしが敬礼しつつそう言うと、ダリヤさんはクスッと微笑んだ。

 それから、ダリヤさんはベッドサイドのテーブルに置かれていたグラスとボトルを手に取った。

 ボトルを傾けて、グラスの中に琥珀色の液体を注ぎ入れると、ちびりと口に含む。


「ダリヤさん、それなんですか?」

「ん? ああ、これ? お酒」


 わたしが尋ねると、彼女はグラスをわたしの方に掲げて見せた。


「お酒……」


 わたしはこれまで、お酒というものを飲んだことがなかった。

 とはいえ、この世界では星辰の儀ステラライツを終えてしまえば、もう大人の一員。だから、お酒が飲める年齢にはなっている。


「ミユルも飲む?」


 わたしがじっとお酒を見つめていたことに気を利かせてくれたのか、ダリヤさんがそう尋ねてきた。


「いいんですか」

「うん、ハチミツ酒だから甘くて飲みやすいと思われ」


 ダリヤさんはそう言いながら、グラスをもう一つ取り出して、そこにお酒を注いでくれた。


「それじゃあ……いただきます」


 わたしはそのグラスを両手で受け取る。

 そして、おずおずと口元に近づけて、ひとくち口に含んでみた。


 その瞬間――口の中に甘い味が広がっていく。

 こくり、と飲み込むと、じんわり感じるほのかな温かみ。


それは今まで味わったことのないような、不思議な、心地よい感覚だった。


「美味しい、です!」


 わたしが素直な感想を口にする。

 ダリヤさんは淡く微笑んで、自分のグラスを傾けた。



――――――――――――

 ステータス

――――――――――――

ミユル(本名:フレデリカ・ミュルグレイス)

性別/女

称号/ゴミ令嬢、ソロ討伐者、ホームレス、不審者、他力本願、人助け初心者、お酒初心者←NEW!

好き/クー、食べもの全般、お風呂

嫌い/虫

スキル/《ゴミ》

効果:ゴミをリサイクルする能力

――――――――――――

――――――――――――

ダリヤ

性別/女

称号/魔法使い、セイバー、ベテラン冒険者

好き/ハチミツ酒←NEW!

嫌い/???

スキル/???

効果:???

――――――――――――

 

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