第19話 クラリス・ミュールの詩集

 転校初日。それは新しい学校生活の始まり。新たな出会いは友を作り仲間を作る。


 学業、部活、恋愛。一人で出来ずとも相手がいるから成し遂げられる。言うなれば運命共同体。


 教室という名の箱庭で力を合わせて生きていく。クラスメイトは兄弟、学校は家族。


 嘘を言うなあああ! 疑念と拒絶が孤独を望む。夢のなんと儚いことか。繋がりがなければ傷つかないなら絆など要らぬ。


 だからこそ、


 お前も。


 お前も。


 お前も!


 俺のために、消えろ!


「はあ、なんて学校生活だ」


 俺の教室はだいたいそんな感じだった。


 昨日、それは俺の転校日だ。そこで待っていたのは輝かしい出会いではなく陰湿な拒絶。人間関係の断絶よ。青春のアルバムどころではない。


 酷すぎる。


 それでも登校しないわけにはいかないのでこうして通学路を歩いているわけだ。


 学校に着く。教室の扉が鉄扉のようだ、開けるのが億劫になる。だけどなんとか開き入室した。


「おはよ~」


 とりあえず挨拶はしておく。期待なんてしていなかったが予想通り返事はない。

 椎名と上代は席に着き一人の時間を満喫している。


「う、ううぅ」

「…………」


 上代は読書中で椎名は泣いている。どんなシチュエーションだよ。


 自分の席に座り二人の様子を見る。椎名は、軽々しく触っていいものじゃない。なによりなにを話せばいいのかもよく分らん。


 すると消去法で上代になるんだが彼女なら簡単ということでもない。


 というか彼女の方が明確に拒絶の意思を示しているんだよな。昨日もずばり言われてしまったし。


 まいったな、ヒロイン候補のいないギャルゲー並みにやることないぞ、この学校。


 頭を抱えたくなる状況だ。だがふと気づく。上代はどうしてそんなに人と関わるのを避けるんだろう?


 読書が好きだというのは分かる。だけど読書と交友は両立できるものだ、上代以外にも読書好きの人はいるがここまで人を避けたりしないし。


 だから理由は別にある。


 傷、しかないだろうな。


 彼女はいったいどんな傷なのだろう。それでなぜ人と関わることを止めることにしたんだろう。


 生まれつき人が嫌いな人なんているのか?


  きっといない。そこにはなにか理由があるはずだ。彼女の理由は知らないが俺ならなんとか出来るかもしれない。それなら避けることもなくなるはず。


 そうだよな、諦めるにはまだ早い。買ってまだ二日の新作だぞ。


 ホームルームが終わり一限目も終わって休憩時間に入る。俺は一度大きく息を吸うと覚悟を決めて立ち上がった。


「なあ上代」


 俺は作り笑いをしながら上代の席に近寄る。


 上代はいつものように分厚い洋書を読んでいた。相変わらずどんな本なのかは分からない。


 上代は目線だけを俺に向けてくるがその目つきは鋭い。殺し屋かてめえは。


「悪いんだけど消しゴム余ってないか? どうもなくしたみたいでさ」

「なんで私なんですか。椎名さんに頼めばいいじゃないですか」

「あいつ一つしか持ってないんだよ。もう頼れるのはお前しかいないんだ」

「いや、持ってますけど」

「悪いが聞こえん」


 お前喋れるのかよ。


「そういうわけだからお願いできないか?」

「いや、今椎名さんが持ってるって言ったじゃないですか。椎名さんに貸してもらってください。それじゃ」


 くそ!


 次の休憩時間。


「なあ上代」

「なんですか」


 大きなため息吐くなよ、心折れるだろうが。


「えーと……肩に埃が乗ってるぞ。今取ってやる」

「え?」


 上代の肩に手を近づける。埃があると言ったがそんなのは嘘だ。あくまでふりでそれっぽく取ってやる。


「取れたぞ上代。よかったよかった。可愛い上代に埃なんて似合わないからな」

「…………」


 礼もなし!?


 次の休憩時間。


 俺は上代の横を通るとハンカチを落とした。


「上代、ハンカチが落ちてるぞ。俺が拾ってやるよ」

「それ今自分で落としましたよ?」

「悪いが聞こえん。ほらよ、これ。あれ、よく見たら俺のだったー。いやー、間違い間違い。上代はしっかりしてるからハンカチなんて落とさないよなー」

「…………」


 なにか言ってくれよ!


 それからも俺は会話のきっかけを作ろうとあれこれしてみたがほとんど一蹴されるか無視されてしまった。なんの成果も上げられることなく一日が終わる。


 下校中、黄色く咲くたんぽぽの土手を横切りながら今日の出来事を振り返るがどうすればいいのかなんてぜんぜん分からない。


 攻略きつくない!? 上代京香攻略で検索したら出てこないかな? あ、これスマホじゃなかったわ。詰んだ。


 翌日、どうしたものかいろいろ考えてみたが答えは出なかった。


 そもそも人付き合いをしたくないと言っている相手に仲良くなろうなんて傲慢っていうか自己中ではある。あれ、俺の方が社会不適合者?


 はあ、やっぱり無理なのか。せめてもっと上代のことを知れたらいいんだが。


 休憩中、教室にある自分の席から眺める上代の姿は昨日と同じだ。


 真っすぐと本を読み大人しいんだがその姿勢は様になっている。黙っている分には可愛いからな、ハリネズミみたいに眺めるに留めておくのが一番得なんだろう。


 それにしてもいつも本読んでるよな、赤い装丁にアルファベットのタイトル。


 そういえば俺、あいつがなに読んでるのかぜんぜん知らない。


「なあ」


 気づけば俺は上代の前に立ち声を掛けていた。


「なんですか」


 嫌そうな返事。そうだよな、俺も確かにくどいし。


「ああ、悪いな。話しかけられるの嫌なんだもんな」

「分かってるなら邪魔しないでください」

「ごめんごめん」


 俺のエゴに巻き込んでいる。それは素直に謝る。


「今日はずいぶん素直ですね」

「ん?」

「いえ。それでなにか用事ですか?」


 お、聞いてくれるのか。


「あのさ、その本ってどんな本なんだ? ほら、いつも読んでるだろ? どんな本なのか気になってさ」


 読書が好きなのは分かるが洋書を読むってかなりの好き者上位だろ?


  それに上代が好きそうなジャンルってなんだろ、ミステリとか好きそうだけど。あとサスペンスとか?


 ロマンスもあり得るな。それか大穴で官能とか? おいそれ音読してくれよ。


「あー、悪い。こういうのも駄目だったかな」


 一人で盛り上がってしまったがこういうのが嫌だったんだよな、上代は。あかんな俺。


「詩集ですよ、クラリス・ミュール。革命時を生きて、その時の情勢や心情を歌った女性の」

「へえ!」


 マジ?


 本の内容を知れたのは嬉しい。それはそうなんだが俺が驚いた理由はもう一つある。まさか上代がこうも簡単に教えてくれるとは。なんていうか意外だ。


 もしかして、本のことなら会話してくれるとか?


「詩集か、面白いのか?」

「まあ。お気に入りです」

「そうかそうか、ありがとうな」


 そう言って俺は席に戻っていく。いろいろ深堀していってもいいんだが読書の邪魔をするわけにもいかんからな、本の中身が知れただけで十分だ。


 とはいえそうか、詩集か。


 それから時間は過ぎていき放課後、俺は図書室にやってきていた。夕暮れの光が窓から差し込んでいる。


 こんな学校だからこじんまりとしているが学習室としては使えるな。


 それでお目当てのものを探していく。


「えーと確か」


 ク、ク、クラクラ。あった。


「マジか」


 あるのかよ、よくあるな。


 棚にはクラリス・ミュールの著書がありそれを手に取ってみる。上代のと同じだ。ただこれは翻訳版だな、ありがたい。どれ、借りてみるか。


 貸出カードを本から引き抜く。


「ん?」


 椎名亜紀? なんだ、あいつもこれ借りてたのか。もしかしてこの本大人気? 有名人とか? 俺が知らないだけ?


 ていうか、そうか。あいつもあいつなりに頑張ってたんだな。


 俺は借りることにして本を鞄にしまう。家に帰ってクラリス・ミュールの詩集を読むことにした。

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