第26話 狭間と小村
大人たちが片づけを終えたのは、もう朝と呼ぶ時間だった。ひとの行き来を阻んでいた結界はもうなくなっている。中村家をおおっていた強固な結界も、今は平常運転にもどった。
最後まで働いていたのは、もちろんというべきか、やはりというべきか狭間だ。大量の死体を鉱石に変える作業は、地味に時間がかかる。
「やれやれ……これで終わりだヨ」
「五時まであと少しか。間に合ってよかったというべきか、間に合ってない気もするがな」
狭間が石というより岩といったほうがいい塊を小村へ渡す。狭間に最後までつき合ってくれたのは小村だ。狭間が作る石を片っ端から回収する係である。それ以外の者はすべて帰った。
狭間と小村が立ち去れば、中村家周辺も平常通りにもどる。飛び散った血の跡も、爆発によりえぐれていた道も、なにごともなかったかのようになっていた。佐藤が手配して片づけさせたのである。
「回収したものはどうする? 売っていいのか」
「いィや……いくつか精錬したほうがいいもんがある。一度うちへ出してくンな」
「わかった」
くぁりと狭間があくびをするかたわら、小村が大きく伸びをする。ふたりともすでにかなり眠い。しかし眠るにはもう少しだけ仕事が必要だった。
★★★
小村が狭間の店地下にある処置室へ入るのは、今回が初めてのことだ。なにもない、がらんとした空間である。小村にとって幸いなことに血などは残っていないし、空気もよどんでいない。きれいに片づいていた。
もしかしたら見える者が見れば、霊のようなものがいるかもしれない。狭間も小村も、ついでにいえばアオガネも見えないが。
小村はふだん持ち歩いている大きな背負いカバンのほかに、華恵が作った道具も持ち歩いている。大村が使っていたものと同じ、特殊な結界つきの道具だ。
そこへ詰め込まれていたものが、ゴロゴロと放り出された。宝石と呼べるものはほぼない。そして人体の形を残したものもあった。それは人間ではなく、人形だったものである。
それから小村たちが戦っていた相手が持っていた武器もいっしょに転がり出た。大ぶりな槍だ。日本で平和な生活を送っていれば、まずお目にかからないような、ファンタジックなデザインの槍である。
こっち側にいても、あまり目にすることはないが。それより漫画やアニメ、ゲームの中にありそう武器だ。それはともかく。
「おっと、そいつは?」
「この槍か? 俺らが戦ってた相手の土産だ。たぶん今回はこいつが一番高いな」
「ちィと見せちゃくれねェか」
「見るだけだぞ」
「あァ」
槍には穂先の根本に大きな石が埋まっていた。インクルージョンも多く色のばらつきもあるものの、一応宝石といってさしつかえないものだ。アメシストである。
狭間はそれをじっと見つめた。次第に目を細め、睨みつけるようにして見続ける。そのまま時間が過ぎていく。小村は数秒観察していたけれど、すぐになにも言わずスマートフォンを取り出して操作し始めた。狭間がなにかやっているのはわかったからだ。
数分後、急に狭間がうめき声をもらした。
「……ぅッ」
ぐらりと身体がかしいだ狭間を小村が慌てて、しかし難なく支える。
「おいっ、無理すんな!」
狭間はぐったりしていた。小村が起こそうとしても目をあけない。息はしているが、呼吸が浅くなっている。
いったいなにをしたというのか。ただ槍を見ていただけなのに。小村は状況がわからずあせった。
「待て、たおれるなら道具持ってる大村か姐さんが来るまで待て!」
あわてて小村が狭間をゆする。本当に具合が悪い相手の場合は悪手になるけれど、狭間は一応目を薄くあけた。
「………………眠ィ」
「は?」
「……限界だ」
「って、おい! こんなとこで寝るんじゃねぇよ!!」
小村がさけぶが、残念ながら狭間は起きなかった。
★★★
狭間が眠るところを小村は初めて見た。自分も眠たいし寝たいという思いもある。でもそれより、目の前で眠るていどには信用されているのだということに驚いた。
小村にとって狭間はよくわからない相手だ。人間に見えるが、人間ではないような気もする。年齢もはっきりしないし、外見も見る者によって違う。確実なのはその有名な能力だけ。
小村は狭間を仕入れ先として重宝しているものの、ビジネス以上の関係には踏み込めない。踏み込ませてもらえないのだ。
そんな男が眠っている。小村なら悪いことはしないと、安全をおびやかすようなことはしないと、そう思われているということだ。もしなにかあっても、小村なら対処してくれるだろうと、そう期待されているということでもある。
狭間のような相手にそうやって信頼されることは、とてもありがたいことだ。……おそらくは。小村はそう考えることにした。
とはいえ、できれば布団で寝てもらいたい。だが、ここはなにもない地下室だ。
「……どうすりゃいいんだ、これ」
困った小村がぼやいたところで、地下室へぬるりとアオガネが降りてきた。
「おっ、やっと再起動したのか。今回はさいな」
災難だったな、と小村が言い終わる前に狭間が手を差し出してきた。
「渡せ」
「あ? あぁ、狭間のことか」
話を途中でさえぎられたにも関わらず、小村は気にしなかった。アオガネが人間ではないと知っているから、まともな会話を期待していない。言われるまま、抱えていた狭間をアオガネに預ける。
短い信頼の時間だった。一分もなかっただろう。アオガネが来るとわかっていたから、狭間は眠ったのかもしれない。そう推測して小村は舌打ちを打つ。
「ちぇっ」
小村は狭間から信頼されたことで、商売人として格があがったような気になっていた。それが一方的な思い込みだったとわかり、勝手に落胆している。そんな、やるせない気持ちだ。
アオガネは狭間を肩にかつぐと、一階へもどっていく。残されたのは大量の鉱石と、アメシストのついた槍、そして小村だけになった。
「どうすっかな、これ……」
処理するはずだった狭間がいなくなってしまったら、なにも進まない。小村はただのキャリー役だ。
小村はしばし地下室内をながめたあと、ため息をついた。あきらめたのである。この地下室は狭間の店からしか入ることができない。ということは安全だ。鉱石を放置したところで問題ないだろう。小村はそう判断した。
自分の収穫である槍だけ回収すると、地上へあがる。すると店内の衝立の奥へ出た。地下へ入ったときは別の階段から降りた気がする。小村は違和感を覚えて、首をかしげた。
店内にはだれもいない。アオガネも狭間も不在のようで、無用心にも見える。実際は重要なものすべて結界の保護下だ。小村はそれを知っているので、まぁいいかとボヤくだけで店を出て行った。
がたがたん、と扉がしまる。キィン、と空気の鳴る小さな音がした。
「そういえば、あれは……いや、まあいいか」
小村は店を出てから一度質屋を振り返る。狭間がたおれたときのことを思い出したのだ。
槍を睨みつけてなにかしていると思っていたが、なにをしていたのだろう。聞き損ねてしまった。もしかしたら眠気をこらえているだけで、なにもしていなかったのかもしれない。
小村は気になったものの、今考えても仕方ないと思考を追い払う。それより帰って休むことのほうが重要だ。小村はそういう割り切りがいい性格だった。
「あーくそ、全身の筋肉が痛いぜ……姐さんの術はこれだからなぁ」
腕をぐるぐる回しながら中村家へ向かう。小村の長い一夜がようやく終わろうとしていた。
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