第24話 佐倉 凛

 まこん漢方薬局には、一般の客を受け付ける表側の出入り口と、それとは別に裏口が存在する。従業員用のものではない。隙間町の住民が来たときのためのものである。

 佐倉の客としては、表から来る人間より、この裏口から来る住民のほうが多い。もっとも、招かれざる客も多いのだが。特に今のような深夜は。


「まったく、めんどうごとを連れ込むんじゃないよ」


 客の訪れを告げたのは、薬局全体を広範囲で包んでいる探知結界だ。佐倉は結界が本職ではないが、かんたんなものならできる。探知結界は佐倉が用意したものなので、すぐに反応して外へ出ることができた。嫌な予感がしたためである。

 佐倉の結界は、隙間町の住民が入ると反応するようになっていた。入り込んだ住民は三人、うちふたりは佐倉の知る気配だ。もうひとりは、おそらく歓迎したくないタイプの客だろう。

 佐倉は術を展開しながら裏口の前に立った。せわしない足音が近づいてきている。


「すまん! 姐さん!」

「謝罪は金で払いな」


 大柄な男が、小柄な男を担いで走り込んできた。大柄な男は小村明彦、小柄な男は大村照喜てるきだ。大村はぐったりしており、意識がなさそうである。

 その大村を小村が乱暴に投げた。それを佐倉の施術陣が受け止める。その様子を観察することなく、小村は振り返った。追撃者を迎えるためだ。

 そちらは小村に任せることにして、佐倉は用意していた術を発動する。佐倉の治療術は、華南の結界に少しにていた。以前、術の効率をあげるために佐倉が一華に師事していたためである。


 陣の上に術式が浮かび上がり、結界内に大村の身体が固定された。次々に術が展開していき、大村の身体が術の発動による光に包まれ見えなくなっていく。

 まずは止血、造血、増血。それでだいたいの危機は脱することが可能だ。あとは、特殊な傷を受けていないかチェックする。

 術を維持しながら佐倉は小村が対峙する相手を見た。やっかいそうな相手だ。主戦力である大村抜きに、よくここまで来れたものである。もしかしたら、そう誘導されたのかもしれないが。


 隙間町の住民で、攻撃に特化した者というのは、意外と少ない。元より争いをあまり好まない者が住み着いているというせいもある。佐倉も小村や大村も戦えるが、それが本業ではないのだ。

 対する敵は、かなり好戦的である。どんな理由でふたりを追ってきたのか、佐倉にはわからないが、長い槍のような武器を振り回している。小村は周囲の一般住宅に被害がおよばないよう、逃げ回ることに必死だ。


「助けは必要かい、坊や」

「悪いがさっさとそいつを叩き起こしてくれ!」

「少し待ちな」


 陣の中では今、大きな傷を縫合し、化膿止めを投与している。さらに傷が開かないよう、傷口の上から術で保護しなければいけない。

 身体の治癒力をあげている反動で、大村の体力がすごい勢いで減っている。その対応のために術で補助を追加した。小さい傷がふさがり、傷口の対処もだいたい終わったら、ようやく気付薬の投与だ。


「ッぐは、まっじぃ!!」


 施術陣から飛び出てきた大村が、開口一番に文句を吐き出す。苦くて渋い、佐倉特性の気付薬のおかげか、目覚めは好調のようである。


「文句があるなら追加料金を取るよ」

「くっそ、最悪だな!」


 小さな身体をぴょんと跳ねさせ、大村が小村の加勢に向かった。懐から取り出したなにかが、びろびろと伸びる。敵が一瞬警戒したのがわかった。

 大村が伸ばした道具は周囲に結界を張るものだ。一般市民に被害がでないようにするために使ったのである。そうしないと、小村も大村も思い切り戦えない。

 結界の力はおそらく華南のものだろう。佐倉にも馴染みのある術式と力だ。正確に丁寧に流れていく力は、さすがである。

 理路整然とした華南の術と、それを正確かつ無駄なく道具に封じる華恵の技術。そしてその道具を、この状況で確実に最大限発動させられる大村の器用さ。それらすべてが過不足なく発揮されていた。


 佐倉が見とれている間にも結界が完成し、直後、小村が敵になぐりかかった。道具を展開する隙を感じさせない連携だ。

 小村の拳は避けられ、そのまま敵は逃げる体勢に入る。安全圏からそれを観察して、佐倉は違和感を覚えた。大村が持ち直したからといって、すぐ逃げを打つ理由がないように思える。

 ここまでふたりを追い込んだ敵だ。かなり腕はたつはず。佐倉が控えているとはいえ、逃げるほどとは思えない。

 そもそも、小村たちはここへ追い込まれてきたが、敵はひとりなのだろうか? それに、小村たちはどこから逃げてきた?


「……ふむ」


 とっさにポケットのなかのスマートフォンに手をかけ、取り出しながら操作を続け電話をかける。相手はすぐに出た。


『佐倉さん、ちょうどいいところに!』

「やっぱりこっちは陽動か」


 通話相手は佐藤だ。この町でなにか騒ぎが起きたら、まず佐藤に連絡がいく。佐藤は走っているのか、風音とせわしない足音が聞こえた。


『ムラさんたちはそちらに?!』

「あぁ、問題ない。そっちは?」


 佐倉は聞きながらなんとなく推測はできていた。


『最悪です、華南くんに襲撃が知られてしまいました』

「なるほど、ということは安全は安全だな。あの坊やの結界が揺らぐとは思えない」

『そういう問題じゃないんですよ!』

「それで、助けは必要かい?」

『そうでした、気は進みませんが狭間を呼んでください』

「……どうしても?」

『巻き込まれた表の人間の記憶をどうにかしつつ敵に対応するには、誠に遺憾なことではありますが』

「あいつが適任ってことだね」


 佐倉が言葉を引き継ぐと、佐藤は頼みましたよ! と叫んで電話を切った。佐倉はそのまま狭間へ電話をかける。だがなかなか出ない。


「……まったく、こんなときに」


 何度もかけ直しながら佐倉は毒づく。悠長にしている暇はない。

 なにしろ結界内から逃げられないと知った敵が、盛大な反撃に出始めている。佐倉も支援しなければ、小村と大村は厳しいだろう。


「坊やたち、ちっと時間を稼ぎな」

「助かる!」

「させるか!」


 佐倉は初めて敵の声を聞いたが、意外にも女の声だった。大きな槍を振り回す姿から、てっきり男かと思っていたのだが。佐倉に向けてなにか投擲されるものの、小村が弾く。

 大村が長弓を引っ張り出した。仕掛けるためだろう。小村も大村も、そういった武器や道具は特殊な結界道具に隠し持っている。その特殊な道具も、華南と華恵の合作だ。ムラトリオはこういうところが強い。

 小村は拳と肉体に力を纏わせることで戦う近接戦が得意だ。大村は前衛も後衛も器用に務めるが、小村に合わせるときはたいてい後ろへさがる。


 大村が弓をつがえて射る間に、小村が連続で殴りかかって時間をかせぐ。ふたりの連携は慣れたものだ。

 それを眺めながらも佐倉は術式を急いで組みあげていた。まずは戦線を維持する小村のための術だ。平行して大村のための術を基礎部分から書き始める。

 平行して別々の式を展開するのは難しい作業だ。あまり続けると頭痛を起こす。しかし佐倉は平気な顔をして続けていった。あとは仕上げに結界を張るだけ、となったところで見越した小村が飛び込んできた。


「頼んだ姐さん!」

「ああ」


 結界が閉じて施術陣が起動する。まずは筋肉を増強させ、かつ動きをスムーズにする薬を投与開始。

 脳の動きを活性化させ、ストッパーを外す薬に、体力を補助する薬、疲労を感じにくくする薬……麻薬ともいえる薬もぶち込む。佐倉の力によって錬成されたもので、中毒性をなくし副作用を減らしてあるものだ。とはいえ、倫理的に考えてこんなときでもないと使われない薬である。

 最後は体表を補強するための術式がまとわりつき、結界がそこへ収束して完了だ。時間にして十数秒。しかし戦闘中には長すぎる時間である。その間大村は矢を降り注がせることで、敵の足止めをしていたが、小村が復帰したことで一度手を止めた。


 ちらりと大村が佐倉を見るが、まだ準備が整っていないと判断してすぐに次の矢を引っ張り出す。いったいどれくらいのストックがあるのか、まだ尽きるようすがない。

 佐倉は小村のための術を片づけながら、次は大村のための術を組み上げていた。ベース部分は小村の施術をしながら作っていたので、残りだけだ。だけ、とはいっても、ここからが複雑で難しい。

 肉体強化すればいいだけの小村と違い、大村は道具を多用しながら器用に立ち回るタイプだ。繊細な照準や手元の操作を狂わせるような薬は使えない。


「やれやれ、代金は狭間から徴収しようかね」


 片手でスマートフォンを操作しているが、相変わらず狭間の反応がない。それに舌打ちして佐倉は目の前の術に集中し始めた。

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