第21話 褒美②
本殿にともされた蝋燭に照らされた正座している女性は弁財天であった。
白い朝服に美しい黒髪、髪つけられた装飾品は浮世の女性とは違う雰囲気を纏っている。
九頭龍は驚き、絶句したまま立ち尽くすしか無かった。
「よく来た。こちらへ参れ。」
綺麗な声が聞こえる。透き通る透明な声とはこれを言うのかと思う。我に返り返事をする。
「し、失礼します……。」
上座に座る弁財天とは反対側に用意された座布団に正座すると頭を下げた。
「苦しゅうない。面をあげよ。楽にしてよいぞ。」
と言われたが、九頭龍は姿勢を直す気配はない。
「日に二度もお目にかかれるとは恐悦至極にございます。」
「畏まらなくとも良い。そなたに褒美を取らせようと思ってな。3000円では不服であろう?」
ビクッと九頭龍の体が反応する。
「め、滅相もございません!不服などございません。弁財天様のご尊顔で十分に褒美にございますゆえ!」
「うまいことを言う。食事を用意した。心ばかりではあるが。」
そういうと弁財天は立ち上がり本殿を出たが、すぐにお膳を持ち、九頭龍の座る前に配膳する。
並べられたのはご飯、焼き魚のカレイ、漬け物とお吸い物である。とてもよい香りがする。
「こ、これは美味しそうだ。」
「口に合うかはわからぬが、さぁ召し上がれ。」
作法など分からない九頭龍はどうしたものか悩む。食べていいんだよな?と自問自答して、動画サイトで見た侠客の食事を思い出して、盛られたご飯の真ん中だけを食べる。
「おかわり!」
弁財天は差し出された茶碗を見て、キョトンとしている。
やばい!作法を間違えたか?おかしいなと九頭龍は「申し訳ございません。」と頭を下げる。
「ぷ!ははははは!」
弁財天は口に手をあて楽しそうに笑った。
「侠客の真似事か。そなたは侠客ではないだろうに。」
「す、すみません。」
顔を赤くして下を向く九頭龍。
「作法など今はよい。さぁ食べなさい。本当は魚は鯛にしようかと思ったのじゃが、そなたの
好物はカレイであろう?」
「なぜ、それを?」
「知っているとも。そなたは祖母が焼いたカレイが好きだったではないか。」
「!?」
神というのは人の内面を見るという。祖母との思い出を知っているとはつまりそういう事なのである。
「そなたが祖母に甘えて魚の身をとってもらっておったのも知っておる。」
「は、恥ずかしいことを言うのはおやめください!!子供の頃の話にございます!」
「ははっ!からかってすまぬ。ではわらわが魚の身をとって食べさせてやろう。」
恥ずかしすぎて本殿から逃げたくなった九頭龍ではあったが、失礼なので我慢することにした。
「まず、魚じゃが箸で身をほぐし、頭からしっぽにかけて食べるのが基本じゃ。ほれ、口を開けよ。」
美しい作法で身を切り分けて九頭龍の口に魚を食べさせる。
「恥ずかしい……。」
焼き魚は外はパリっと中はふっくら、塩加減も絶妙であった。
「美味しい。」
「そうであろう。人が生きていくためにはご飯を食べなければな。」
魚の頭を懐紙で押さえ、綺麗に身をとっていく。
「懐かしかろ?魚をとって貰うのは。」
「……。」
九頭龍は目頭を押さえる。懐かしい感情が込み上げてくる。
「如何した?何を思う?」
優しい微笑みで問いかける弁財天。
「人に優しく出来ないのは……心貧しく……貧乏なのはとても惨めで……恩を返せないまま親を見送るのは悲しい事にございます……。」
「祖母はそなたにとって、とても大切であったことであろう。」
「ずっとお礼を言いたかった……。ありがとうございます!!」
「よい、よい。泣いてもよい。人は必ず思い通りに生きれるわけではない。失敗し、挫折を繰り返し学びを得て人にも優しくできる。時間を戻すことは出来ないが、未来に生かすことは出来ようぞ。」
「……はい。」
「さぁ冷めぬうちに食べるがよい。」
九頭龍は夢中で食べた。白ご飯、魚、漬物、お吸い物、どれも美味しい。
「ご馳走様でした。」
「よろしゅうおあがり。」
弁財天は立ち上がり、本殿の扉を開け放つ。
「少し、遊ばぬか?鬼ごっこを致そう。そなたが鬼じゃ。わらわを捕まえてみよ。」
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