第13話 痛い人たち 上

――――国王の挨拶が終わると大きな拍手が沸き起こった。


 ビアンカは王太子妃とその取り巻きを眺めている。――――ふと、ユリウスから『夜のパーティーには毒蛾が沢山舞っていますから、気を付けて下さい』と言われたことを思い出して、苦笑いを浮かべた。


(王太子妃の周りにいる奴らが毒蛾なのか?それとも、あちらの・・・)


 彼女は会場の中央付近を見る。そこには美しく着飾った上位貴族のご令嬢たちが集まっていた。ビアンカは彼女たちの名は知っているが、お茶会や夜会などに参加したことが一度もないため、交流はない。


(あのご令嬢たち、派手に着飾っているなぁ。既に婚約者もいるのだろうに・・・。えっ!?あのご令嬢・・・、あれはマズいだろう!!誰も止めなかったのか?流石の私も結婚を祝うパーティーへ白い服は着て行かないぞ!)


 視線の先にいるご令嬢は堂々と真っ白なドレスを身に纏っていた。彼女は今し方、令嬢たちの後方から突然、姿を現したのである。ビアンカはこの非常識なご令嬢の名を思い出すべく、頭を捻った。


(えーっと、うーん、あっ!あの特徴的なオレンジ色の髪はベリータ!名門ジョバンヌ公爵家のご令嬢だ!!)


 ベリータの祖父は先代国王の御代に宰相を務めていた。――――彼女はそれくらい由緒正しき家門のご令嬢なのである。


(何故、名門のご令嬢がおかしな格好で現れる!?あの家門の使用人なら絶対止めるだろ?)


 ビアンカは王太子妃のことはそっちのけで、ベリータのことが気になりだした。


(今は父上(ピサロ侯爵)が宰相の職についているから、現ジョバンヌ公爵閣下は我が家のことを気に入らないのは間違いない。――――しかし、愛娘を使ってまで、嫌がらせをする必要があるのだろうか?というか、これは本当に嫌がらせになるのか?寧ろ、ご令嬢の株が下がるだけだと思うのだが!?)


 ビアンカは彼女の父、ジョバンヌ公爵は何処にいるのだろうと会場内を見回す。すると、不運なことに己の父(ピサロ侯爵)と視線が・・・。


(うわっ!マズイ!!バッチリ目が合ってしまった!!タイミング悪く、父上がこっちを向いているとは・・・。ああああ、顔が怖い!怖いって!!)


 ピサロ侯爵は般若のような面持ちで、ビアンカを凝視している。気まずくて視線を少し横にずらしたら、父以上に激昂のオーラを醸し出しているデイヴィス(ビアンカの兄)と目が合ってしまった。ちなみにアデリーナ(ビアンカの母)は別の方を向いていてビアンカに気づいていない。


「ああ、(私に対して)ヤバい、ガチで怒っている。――――逃げたい」


「ビアンカ、大丈夫ですか!」


 ユリウスはビアンカが突然、不穏な呟きをしたので警戒した。


――――会場では今、マクシムが国軍のトップとして、祝辞を述べている最中だ。マクシムは国王とは違い、形式ばった話をしていた。要は無駄に長い話しているということである。


「(家庭内の問題なので)大丈夫です。それよりもアレ、どう思う?」


 ビアンカはベリータの方へ視線を向ける。ユリウスは対象(アレ)を確認した。


「似合っていません」


「ブッ」


 ビアンカは慌てて口を押えた。花嫁衣裳のようなドレスを着ている女(ベリータ)に向かって、ユリウスがしれっと悪口を吐いたからである。


「ビアンカの方が綺麗です」


「あー、そういうお世辞は要らないです。それにしても、あの服装(白いドレス)は痛い。他国の王族の方々もいるのに・・・」


 こちらで陰口を叩かれているとは知らないベリータは扇子で口元を隠し、真面目に挨拶の言葉を述べているマクシムを真っ直ぐ見詰めていた。


(ベリータ嬢、まさかマクシムを狙っているなんてことは・・・、無いよな?あいつ、既婚者だぞ!?それにしても、このパーティーは気になる点が多過ぎる。王太子妃、ベリータ嬢、そして、恐らくこれから出て来る大公の刺客パート二・・・)


 拍手が起こる。ビアンカがボヤいている間にマクシムの祝辞は無事に終わったようだ。そのタイミングでベリータが滑るようにマクシムの前へ移動し、美しい所作でカテーシーを披露した。


「殿下、素敵なお祝いの言葉をありがとうございます。わたくし、感動してしまいました。特に・・・」


 あろうことかベリータ嬢は許可なくマクシムに話し掛け、お礼の言葉を述べ始める。聞こえて来た話はまるで自分が花嫁だと勘違いしているような内容だった。ビアンカはゾッとする。マクシムはベリータの行動が謎過ぎて、混乱しているようだった。


「ユリウス、アチラはどう思います?」


「彼女は注意を惹くためのおとりでしょう。ビアンカ、私から離れないで下さい。そろそろ動きがありそうです」


 ビアンカは念のため、王太子妃とその取り巻きがいる方を見渡す。不自然なくらい王太子妃は取り囲まれていた。まるで何かから守るかのように・・・。


 ドカン!!ドカーン!!


 派手な爆発音が二回、会場内に響いた。皆は身を守るため、一斉に屈み込んだ。――――騒然とする中、ビアンカとユリウスは警戒しつつ、会場内を見回して被害状況を確認する。


(何を破壊した?ああ、壁の一部が壊れている。あの奥の方は床に穴があいている。近寄ったら崩れるかもしれない。危険だ)


「他国の王族の避難を最優先とする。客室へ順次案内を。部屋割りは執事の指示従え。城の警戒レベルを最上級に引き上げる。点呼を忘れるな。見知らぬ者は敵とみなせ。リシュナ領軍を城の周りに配置。国境警備軍に協力要請を・・・」


 ユリウスは駆け寄って来た部下へ指示を出していた。その間にビアンカは王太子妃の無事を確認しようとしたのだが・・・。


――――王太子妃と彼女を取り巻いていた者たちは忽然と姿を消していた。


(消えたということは、王太子妃は彼女の父である大公と共にこの爆破へも関与していると考えていいのだろうか)


「ビアンカ!!左だ!」


 デイヴィス(ビアンカの兄)の怒号が飛ぶ。――――――――ビアンカの身体は自然に低い構えを取り、左斜め上から斬り掛かって来た敵へ全力で大斧を振う。敵の身体は宙を舞い、壁に打ち付けられた後、床へ落ちた。大斧の鋭い刃は人間の身体を簡単に引き裂く。例に漏れず、敵の右腕は刀を手にしたまま切り落とされ、横腹からは夥しい量の血が流れ出していた。


「「「キャー!!」」」


 この光景を運悪く間近で見てしまった人々から悲鳴が上がる。中には吐き気を催して、その場でうずくまる者もいた。


 ユリウスはビアンカを腕の中に囲い込む。こんなに近くにいたのに彼女を守れなかったのが悔しかった。


「ビアンカ、大丈夫ですか?」


「はい、問題ありません。ただ、王太子妃たちが消えました」


「そちらはサジェ達が追跡しているので心配はいりません」


 ビアンカはユリウスの返事を聞いてほっとする。


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