第11話 素敵な贈り物

「ビアンカ、何故・・・」


 部屋に入って来るなり、ユリウスは両手で顔を覆って立ち尽くす。


(何故って・・・。この格好が似合ってないということか!?いや、違うな。それなら顔を隠す必要はない)


「ユリウス、どうかしましたか?」


「・・・・・」


 ビアンカと何も答えないユリウスの間に微妙な空気が流れる。


――――その横でアリエルとセシルはメイク道具をドレッサーに並べていた。


「ビアンカ様、こちらへお掛けください。これからお化粧を始めます。閣下、椅子をご用意いたしましょうか?」


 アンナはビアンカの肩へケープを掛けながら、ユリウスにも声を掛ける。彼は一度、咳ばらいをしてから漸く、顔を覆っていた手を下ろして口を開いた。


「侍女頭、頼む」


「はい、かしこまりました。アリエル、至急、椅子を持って来て」


「はい、行ってまいります!」


 アリエルは返事と同時に、ユリウスの横を駆け抜けようとして・・・。


「待て!」


 ユリウスは彼女を呼び止める。アリエルはピタッと足を止め、ユリウスの方を向いた。


(アリエル、身のこなしが軽っ・・・)


「何処から椅子を持ってくるつもりだ?」


「準備室です」


 パチン。――――ユリウスは指を鳴らした。


 ドン。


「うわぁ!!」


 ビアンカは驚いた。真横に椅子が現れたからである。


(ビックリした!!――――これって魔法を使って自分で椅子を取って来たってこと?仕組みは全く分からないが・・・)


「閣下、ありがとうございます!」


「いや、礼には及ばない」


 ユリウスはクールにアリエルへ軽く片手を上げた後、ビアンカの横に来て椅子へ腰かけた。アンナたちは何事も無かったかのように自分たちの仕事へ戻る。


(ユリウス、忙しい部下を走らせるのは申し訳ないと思ったのかな)


 アンナはビアンカの髪をとかし始めた。アリエルとセシルは並べた化粧品を指差しながら何かの相談をしている。


――――ユリウスはビアンカのことをずっと隣から見ているのだが、何も発言しない。


(絶対、何か言いたいことがありそうだ!!)


「ユリウス、視線が気になって仕方ないので、私に言いたいことがあるのならハッキリ言って欲しい」


「――――体形が・・・。こういうことを女性に言っていいのか分かりませんが、教会で見た時と体形が違う。あの時はもう少し・・・。いいえ、これ以上は失礼な発言になってしまう・・・」


 とても歯切れの悪い、ユリウス。


(何が言いたいのかさっぱり分からない・・・)


「私の体形?変な気遣いは無用です。続きを!」


「今の方がかなり細くて驚きました。純白のドレスには何か詰め物でもしていたのですか?」


 ユリウスはビアンカのお腹を指差す。ここでアンナが二人の会話へ割り込んだ。


「閣下、口を挟ませて下さい。純白のドレス姿が太く見えたのはコルセットを正しく着けてなかったからです」


「――――正しくなかったとは?」


 ユリウスは更なる説明を求める。


「はい。力一杯、紐を引いて胸を潰した状態になっていたのでしょう。上と下の紐を強く引いて、無駄に胸とおしりを潰した上、ウエストの細い部分にはフィットしてなかったということです。結果、本来のウエストよりも太くなってしまったので、ドレスが圧に耐え切れず裂けたのだと思います。その証拠にドレスは裂けていましたが、コルセットは無傷でした」


「――――確かにコルセットは破れてなかった!!」


 ビアンカはドレスが破けた本当の理由を知って叫び声を上げた。アンナの説明を聞くまでは自分のせいで破けたと思っていたのである。と、ここでビアンカは一つ思いつく。


「もしかして、息苦しかったのも間違った着付けをしていたからということ?」


「はい、そのような締め方は苦しいだけで大失敗です。コルセットは身体のカーブを考慮して絞めるのが鉄則ですから」


(あー、そうなのか。普段、コルセットを使わないから全然知らなかった。そもそも、あの時にちゃんと王宮の侍女たちとコミュニケーションを取っていたら・・・)


「朝、締め上げられている時に苦しいと言えばよかった・・・」


 ビアンカはボソッと呟く。ユリウスは聞き逃さなかった。


「ビアンカ、何故、言わなかったのですか?」


「王宮から来た侍女たちは私のことが怖いのか、少し話しかけるだけで顔を強張らせてしまい・・・。――――言いづらくて我慢しました・・・」


「なっ!!」とアンナは手に持っていたブラシの手を止める。


「何と言うことだ・・・」とユリウスは手のひらで額を抑えた。


(二人して、そんなに驚かなくても・・・)


「ビアンカ様、ここで侍女へそのような気遣いは一切しないで下さい」


 アンナは真剣な顔で鏡の中のビアンカへ語り掛ける。ビアンカは素直に頷いた。


「ビアンカ、言いづらい時は私に行って下さい。解決します」


 ユリウスも真面目なトーンの声で顔でビアンカへ語り掛ける。


(なっ、何なの!?二人とも滅茶苦茶、甘くない?別に腹を切られたわけじゃないのだから、そんな深刻そうにしなくてもいいのに・・・)


「ユリウス、お気遣いありがとう。――――そう言えば、大斧をパーティーに持って行っても良いと聞きました」


「はい、構いません。お好きなようにどうぞ。相棒なのでしょう?」


(うわ~、本当にいいんだ!?)


「はい、相棒です」


 ビアンカの表情がパッと明るくなる。鏡越しに目が合ったユリウスも表情を緩めて優しく笑ってくれた。


――――場の雰囲気が和んだところで、ユリウスは二つの箱をアンナへ手渡した。


(あれっ?その箱、何処から出した!?)


「ビアンカ、これは私からあなたへのプレゼントです」


「プレゼント!?」


 アンナは箱を開けて、中身を確認する。


「ビアンカ様、閣下からの贈り物は素敵なネックレスとイヤリングのセットとお靴です。今からアクセサリーをお着けいたします。靴は後程・・・」


 二つの箱を準備台に置き、アンナは平たい箱からネックレスを丁寧に取り出した。


「では、こちらを・・・」


 ヒヤッと冷たい感触がした後、ずっしりとした重みを感じる。ビアンカは鏡を見てヒュッと息を呑んだ。


「これはまた・・・、凄い・・・。ユリウス、豪華過ぎませんか?」


 ビアンカは『コレ物凄く高いのでは!?』と思ったが、口に出すのは止めた。相手は王位継承権を持つ辺境伯なのである。――――聞くだけ野暮だろう。


「いいえ、似合っています。想像通りでした」


「そ、それはありがとうございます」


 ビアンカの胸元にはダイアモンドの豪華なネックレスが輝いていた。洋ナシ形のダイアモンドが三連の鎖の上段に五個、中段に三個、下段に二個吊るされている。その中でも中段の真ん中に配置されているダイアモンドは人目を惹くサイズだった。ちなみにイヤリングはネックレスとお揃いのデザインである。


――――鏡の中の自分を見ていると壮大な夢を見ているのではないかと疑ってしまう。きれいな服を着て、煌びやかなアクサセリ―を身に着けて、横には美少年にしか見えない夫が座っているのである。


(今朝から冗談のような展開。この結末はどうなることやら・・・。――――私の人生、どんどんおかしな方向に進んで行ってない?――――隣にいる夫もこの結婚に本気なのか、完全に割り切ってやっているのか、サッパリ分からないし。――――これ本当に仕事なのだろうか。私、マクシムに騙されているのでは?)


 今頃になってマクシムを疑い出すビアンカ。しかし、アンナから話し掛けられて、煩悩は何処かへ消え去る。


「ビアンカ様の御髪は癖もなくサラサラですね。髪飾りだけにしておきましょう」


 アンナはビアンカの黒髪に小さな帽子風の髪飾りを一つ固定した後、アリエルとセシルへバトンタッチした。ここからはメイクをアリエルが担当し、セシルはその助手をするそうだ。


「ビアンカ、私も一旦、部屋へ戻って着替えて来ます。では、また後で」


 ユリウスはビアンカに声を掛けた後、アンナと一緒に部屋から出て行った。室内に居るのはビアンカとアニエスとセシルだけである。


「ビアンカ様、閣下がふんわりと笑う姿を私は初めて見ました」


 ビアンカの耳元へアリエルがこっそりと囁く。


「ユリウスって、普段は怖い上司?」


「いえ、怖くはないのですが、隙がなく完璧な上司です」とアリエル。


「はい、完璧上司だと私も思います」とセシル。


 ビアンカは彼女たちの言う意味が何となく分かり始めていた。まだ出会って一日目だが、彼は若いのに誰よりも落ち着いている。そして、何かを判断する時に迷いが無い。


(ユリウスみたいな人が国軍に居たら、無駄な戦いが減りそうな気がする。ああいう冷静なトップ、欲しいよなぁ~)


 ここで思い浮かんだのはマクシムの顔だった。王太子マクシムは現在、国軍のトップを務めている。


(あいつがもう少し柔軟だったら良かったのに・・・)

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