ヒトデナシの宴

尾乃ミノリ

 雨の吹きすさぶ森の中、少女は走っていた。少女は、後ろを見やりながら走り続ける。だが、少女の後ろには誰もいない。


 しかし少女は走り続けた。見えない何かにおびえ続けながら、ただ、足だけは止めなかった。足を止めたらどうなるかなんて、彼女には全く分からなかった。


 だが、走るのをやめたが最後だと、彼女の若干20年ほどの人生で培われてきた本能が注げている。彼女の意思に反して、体はまだ生きていたいと、勝手に足を進めていく。


「あっ」

 後ろを見ながら走ったせいなのか、それとも雨で滑りやすくなっていたからだろうか、少女は足元にあった石に気づかず、派手に転んでしまう。


「痛っ……」

 少女は一瞬その場にうずくまる。森の中で動ける格好をしてきたが、別に運動用の風葬できたわけではない。大自然の激しさは、いとも簡単に少女の服と皮膚に傷をつける。


 しかし、刹那、少女の中で痛みが恐怖に勝る。一瞬とは言え、恐怖からの解放は少女の思考を正常に戻す。一層強まる雨が、少女の頭を冷やす。


 おかしい……何かがおかしい。そうだ、


 ………?


 アイツらが私にこんなになるまで追いつけないわけがない、無我夢中で走ったとはいえ、アイツらの姿すら見えないのはなぜ?全く別の場所を探しているのか?いや、そんなわけない。大して広くはない森、私を見つけるなんて造作もないはず……。クリアになった思考は、残酷なまでの事実を気付かせる。


 ああ、そうか、遊ばれてるのか……。


 アイツらはどっかで私の事をずっと見ていて、私が必死に逃げるさまをずっと見ていたんだ。ああ、まったく趣味の悪い奴らだ。じゃあ私のやってきたことは全部奴らの思うつぼだったんだ。


 真実にたどり着いた少女は空を見上げ乾いた笑いを上げる。雨粒が口に入り、初めて自分が喉が渇いていることに気づく。


 雨で冷静になった少女は、もう一つ考える。コケにしてくれたアイツらに、どうにかして一矢報いてやりたい。冷えたからだのそこから、ふつふつと黒い炎が湧いてくる。


「あ……」

 少女の視界に入ったのは、さっき自分がつまずいた石。試しに拾ってみると、自分でもなんとか持ち上げられる重さ。うん、これならいい。これで、あいつらに反撃できる。


 女の子座りをした状態で、石を持ったまま、顔を上げ、見えない敵に満面の笑みを浮かべる。


 笑顔が可愛いと大学内でも評判だった彼女はどこへやら、その瞳はどす黒く、その笑顔は口が裂けそうなほど吊り上がり、狂気に満ちた表情をしていた。口からは、かすれた息の様な笑い声しか出ていない。

 もう彼女の中には、家族も、大学の友人も、かつての恋人も、誰もいない。あるのは、奴らへの憎悪のみ。彼女は見せつけるように、自分の頭を振り上げる。


「じゃあね。」


 その言葉は誰に向けたものだったのだろうか。その答えを知る者はいないまま、彼女は自らの頭を石に打ちつけた。

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