第8話
中庭の、池に浮かんだ東屋の上で、真祈は優雅に食事している。
机上にはタルトタタンやエクレア、チョコテリーヌに酒粕入りのチーズケーキなど高級感あるスイーツが並んでいて、それを楽しげに次々と平らげていく真祈は、ファミレスの小ぶりなティラミス一つで気分の悪くなる鎮神から見れば、胃の凭れそうな眺めであった。
与半と宮守が畔連町のアパートから持ってきた荷を解いている間、鎮神は真祈と二人で外に出ているよう言われてこの東屋に追いやられた。
これから夫婦になる者同士で今のうちに親睦を深めておけという意味かもしれないが、率直に言って無理だ。
腹違いの姉というだけでどう接して良いか分からないのに、その上彼女が婚約者だなんて。
朝靄が晴れてきて、より強く地表に届くようになった太陽の光は、真祈の髪を萌黄に輝かせる。
東洋人どころか、人間にしても珍しい奇妙すぎる髪だが、本人はそれを誇るでも恥じるでもない。
神々しい真祈の姿に見惚れていたが、ふと真祈がケーキから顔を上げて目が合いそうになったので、軽く視線を外し、庭を見ていたふうを装った。
家の周りは高い塀に囲われていて、その外は見えない。ただ、海鳴りが響いている。
畔連町では決して聞こえなかったそれが、ここが二ツ河島という一種の異界なのだと歌っている。
「その服に描いてある猫ちゃん、可愛いですね。お名前はあるの?」
甘い声が耳を衝いた。
今まで出会ったどの女よりも低くて可愛げの無い声だが、骨まで痺れさせるような迫力があった。
服というのは、昨日から着たままのルームウェアのことだ。
パンク系の店でコフィン型バッグと蜘蛛の巣柄のアシンメトリーな巻きスカートを買ったときに付いてきたノベルティと記憶している。
柔らかい生地のパーカーと半ズボンで、腹のところにブランドのマスコットである「プルートにゃん」という、腹の皮膚をまくりあげて内臓を見せつけるモヒカンヘアーとアイパッチが特徴の漫画チックな黒猫がプリントされている。
真祈はケーキを食べる手を止めて、それをしげしげと見つめていた。
「……プルートにゃんってキャラです」
「プルートにゃん、かあ。由来はやっぱり、ポーの黒猫?」
そう言われて、鎮神は少し面食らった。真祈は島や自分の都合しか見えていない人だと思っていたが、ちゃんと島の外で育まれた文化を知っているらしい。
そういうアンビバレントさで言えば、さっきまで人を殺すなどと本気で宣っていたのが、今は大量のスイーツや愛らしいキャラクターに興味を示しているというのも落差が激しい。
「そうみたいです……あの、本とかよく読むんですか」
「読みますよ。学校に行かないぶん、何代か前の好事家な先祖が集めた書物で文字やものの名前を覚えるようにしていますから」
言葉の端々から分かったのは、真祈が好奇心旺盛ということと、その好奇心が無ければ真祈が読み書きできなかったかもしれないこと、その可能性を宇津僚家は良しとしているということだ。
宇津僚家とは一体、何なのだろう――鎮神の考えていることを察したのか、真祈は微笑したまま言う。
「宇津僚家の者に必要なのは、『
それ以外の知識や技能は、何一つ要りません。
神話は口承で伝授するものだから、字を扱えなくても問題は無い。
花の名前を知らなくても、神の名を知っていればそれで良い。
野菜を切ったことが無くても、ハウスキーパーを雇うお金なら信徒から施される」
「……空磯……?」
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