第二十話【済】

(いやだ)


 ただの推測。ただの想像——だと言うのにアンリーナの脳裏に前世のの姿がこびりついて離れない。ペタリと床に座り込み両手で体を抱きしめた。

 

「そんな、はずは、だって、ここはあそこ前世は繋がってないはずだろ。なんで、父さんが、ちがう、気のせいだ、そうだろ」

「ご主人様? ご主人様??! ……そこまで動揺する程のモノだったのですか……?」


 疑問を口にするシロコに構うことなくアンリーナはぶつぶつと独り言を呟く。己を拾った組織のボス。自分の父親だと語り暗殺部隊の大幹部に相応しい振る舞いを、魔法を叩きこんだ師匠とも呼べる存在。勇者との戦いで死ぬ直前まで育ててもらった親。——自分と同じ『闇』の魔力を持つ人間。


「俺はっ、おれ、は、は……」

「ご主人様、大丈夫ですよ。落ち着いてください。呼吸が乱れてます」

「ひゅっ、ひ、うぁ……」


 恐怖が体を包み、だらだらと汗を流していると、アンリーナの呼吸が段々と乱れ始め息が出来なくなってしまった。恐怖に支配されてしまっているアンリーナをシロコは冷静に背中をさすり落ち着かせていく。だがアンリーナが落ち着く様子はなく、シロコは少し考える素振りを見せたあとアンリーナに声をかける。


「……アンリーナ・イルヴィア!」

「ぁっ……? ぇ?」

「ご主人様、キミはロスじゃないでしょ~? なら動揺や恐怖を抱く必要性なんてないでしょ~~? 赤の他人なんだから」

「……そう、だったな……今の俺は『アンリーナ』……ロスじゃない……」


 前世の名ではなく、今世の名をシロコは呼んだ。前世の呪縛に囚われているならば、呪縛に囚われていないと伝えればいいのでは? それには今世の名を呼べばいいとシロコは考え実行した。その行動はアンリーナの正気を取り戻すには効果的であった。名を呼ばれたことでアンリーナは自分はロスという人間ではなく、『アンリーナ』という人間であると再確認出来た。

 正気に戻って落ち着いたことでどっと疲れがアンリーナを襲う。はああああと長いため息をつき、アンリーナはがしがしと髪をかき乱す。


「さっきのは忘れろ。俺らしくねェからな」

「ご主人様らしいと思いましたけど」

「なわけねェーだろ。恐怖する俺なんて解釈不一致すぎるわ!」

「そこまで言うなら仕方ないですね~ご主人様の惨めな姿、忘れますね!!」

「最後の一言いらねェだろ!!! くそっムカつくな……」


 けらけらと笑うシロコにアンリーナは舌打ちをした。ムカつくと口にしつつ、彼女/彼の茶化すような態度が心配の一種だとアンリーナは気づいていた。だがそれはそれとしてシロコの態度がムカつくのも本心の一つ。アンリーナはよろめきながら立ち上がり服についたゴミを叩いて落とし、ふらつきながらバスルームへと向かっていく。


「ご主人様~?」

「頭冷やしてくる」

「は~い」


 背後から返ってきた元気な声を耳に、アンリーナはバスルームへ入りシャワーで頭を濡らす。


(父さんがこの世界に来てると仮定するなら、父さんは俺が死んだあとに勇者ザックに殺されたってことだよな。……その後に父さんも俺と同じように転生者になったのか? それにしても……なんで俺は父さんに”恐怖”してるんだ……? 前世ではそんなことなかった気がするんだけどな……)


 ざぁぁぁぁと流れるシャワーの音を耳にアンリーナは目を閉じた。――シャワーの熱湯で体は温まったはずなのに、何故か体はまだ震えていた。

 

<>


 アンリーナが寮へと戻った頃。


「死ねば、よかったのに。死ねば、アタシが『主人公』になれたのに」


 フィーリアは明かりをつけず己の自室で、窓の外を恨めしそうに眺めていた。憎悪に染まった暗く染まった瞳はこの場にいないアンリーナに向けられていた。そのままの状態でフィーリアは部屋にいるもう一人の存在に話しかける。


「……ねぇ、――――」

「……どうした? お嬢」

「もっと、沢山のことを教えてよ。あの女を潰して、アタシが『主人公』になれるように。アンタの力、もっと教えてよ」

「ああ、君が望むなら、いくらでも」


 部屋の隅、暗闇の中にいる存在はフィーリアに向かって微笑んだ。同じようにフィーリアも微笑む――正気とは思えない黒く染まった瞳で。

 けたけたとフィーリアは笑う。彼女の脳裏は何度も、何度もアンリーナが破滅する想像を繰り返す。


「ふふ、ふふふ、ふふふ、これで、これで、アタシはやっと、幸せになれるんだ」

「……そうだ。君はシアワセになれる。私がいるのだから」

「ふふ、ふふ……」


 この後に起きるであろう展開に、フィーリアは心躍らせ笑い続けた。

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