エントリーNo.3 充菓器

第1話

「なぜ自分が計画委員なのでありますかぁ……。」

 昼休み、川越澄華かわごえすみかは中庭でうなだれた。

「ご愁傷さまだ、川越氏。」

 横で慰めながら手作りのおからクッキーを差し出したのは、クラスメートで友人の杉田茉奈すぎたまな。澄華とはお菓子&ゲームオタク仲間である。


 澄華は食べる事が何よりの幸せで、高二の現在、身長150センチにして体重は90キロオーバー。ダイエットに何度も挑戦しているが、毎回失敗している。一方、杉田は教室に通うほど料理が好きだが少食。作っても食べきれない事が多い。この二人が高校で出会った瞬間、意気投合したのは自然な事だった。


 そして澄華は今日、修学旅行の計画を立てる計画委員になってしまった。澄華にとって、学校は「クソゲー」で、修学旅行も嫌い。なのに委員になってしまったのは、クラスにいる文武両道のイケメン、高畠薫たかばたけかおるに指名されたからである。スクールカーストの最上位にいる高畠は、カースト最下位の澄華には縁遠い存在。


「高畠氏はなぜ川越氏を委員に?林氏に任せるかと思ったぞ。」

 林璃子はやしりこは、二人と同じクラスの女子で、高畠と付き合っているという噂がある。実際、周りには「計画委員をやりたい」と話していたらしい。

「本人曰く、『去年、先輩達の修学旅行のしおり作りを手伝ったらしいから。』と。」

「え、やったのか。」

「当時委員だった部長が、我々部員を巻き込みまして。」

「職権濫用!」

「でも大したことはしておりません。観光地の資料を集めたり、しおりの清書をした程度であります。」

 それでも高畠は「十分だよ!じゃ、頼りにしてる!」と満面の笑みで言った。

「もしや川越氏、仕事を全部押し付けられるのでは?」

 ですよなあ、と澄華はため息をついた。


 そして、委員会が開かれた。行先を巡って、委員会は早速紛糾した。


「だから、美ら海とジャングリアは外せないって言ってんじゃん!沖縄行ってここ行かないのは無し!」

 まず、学年のギャルたちを束ねる大島おおしまめぐみを中心とした、修学旅行で楽しく遊びたい面々。

「どちらも空港から遠すぎます。第一、ひめゆりの塔やグスクが入ってません。」

 その大島たちとぶつかるのが、学年トップの成績を誇る広岡勉ひろおかつとむを筆頭とした、修学旅行は勉強、遊びは許さないという面々。

 この他、どちらでもない派もいるのだが、大島派と広岡派の議論が激しすぎて入りこめずにいた。澄華もその一人。


「ストップ!」

 突然、大島と広岡の間に高畠が割って入った。

「二人が仲いいのは分かったけど」

「「仲いいわけない!」」

「息ピッタリ!」

 高畠が冗談めかして言うと、委員の間にも笑いが広がった。

「でさ、美ら海なんだけどー、確か田中さんのクラスも―」


(ヒートアップした二人を止めて、かつ会議に入り込めずにいた委員に話を振ってる。会議の回し方が上手だな。)

 澄華が内心感心していると、

「ね。川越さん!」

「ふぇ!?」

「去年の先輩達、どう決めたかって知ってる?」

 (頼りにしてるってこういう事!?)

 委員たち全員がこちらを見ている。手汗が滲んだ。


「ええとあの。きょ、去年、委員だった先輩を手伝った時も、やっぱり、凄い悩んで、」

 つっかえる澄華に、早くも苛立った顔が複数見える。顔が熱くなる。汗が噴き出る。


 アカデブガエル、キモイんだけど


 脳裏によぎった声に、澄華の体はこわばる。


「大丈夫?」

 高畠の声に、澄華は我に返った。

「ごっめん、びっくりさせた?」

「え、と。あ。あの、大丈夫、です。」

「ゆっくりでいいから、ね。」

 高畠の優しい言葉に、澄華のこわばりがほどける。


「えと、口で言うより、見てもらった方が、早いです。きょ、去年のデータを持ってきても」

「え、残ってる!?見せてみせて!」

 澄華が言い終わるより先に、高畠が言った。だが、そこでチャイムが鳴った。


「じゃあ川越さん、明後日の委員会に、そのデータって持って来れる?」

「お、おそらく大丈夫かと。」

「助かる!じゃ、今日は解散!」

 と、高畠は委員会を閉じた。


「ごめんね急に!」

 高畠が帰り際、澄華に声をかけて来た。男子と話慣れない澄華は、ただ首を横に振るだけで精一杯。

「人前で話すの、苦手?」

 高畠に聞かれ、澄華は素直にうなずいた。

「じゃあ、会議は俺やるから、川越さんはしおりよろしく!」

「いいんですか?」

「いーよ!あ、でも次回の資料の説明だけよろしくね。」

 そう言って、高畠は去って行く。


「カースト上位なのに……。」

 仕事を押し付けるどころか、苦手を引き受けてくれた。気遣いまでしてもらった。

「……あの時とは違うのかな。」

 澄華はぽつりと呟いた。

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