第31話 始まりの日
22時という、まだ行き来する人が多い時間帯にそれは現れた。渋谷のスクランブル交差点、その中央付近に高さ3メートル、横幅は2メートル程度の楕円形の黒い空間が現れる。厚さはほとんどなく、当然ながらいきなり現れたソレに、車達は避けるように走る。
信号待ちの歩行者は「何だアレ」と少しざわつき、スマートフォンのカメラを回す者も現れたが、大半はそれほど意識をせず、そもそも闇夜に紛れていたため気付いていない者もいた。人間は非日常というものを、即座に把握出来ない者も多い。
やがて信号が変わり、歩行者がゲート付近を行き来する。好奇心の強い者はそのゲートに触れようとし……ゲートから出て来たゴブリンに、脇腹を刺された。
一瞬の出来事であり、歩行者達の大半は最初、何が起こっているのか分からなかった。しかしながら黒い楕円から次々と出て来る身長100センチから120センチ程度の緑色の小人が、全員ナイフのような短剣を持っており、ゲートの近くにいる人間から殺し始めると阿鼻叫喚のパニック状態に陥る。
「なんだよアレ!?」
「逃げろ‼」
「いやああああああ!」
ゴブリンの短剣が人間の胸や腹を貫く度、闇夜に血飛沫が舞い、人が倒れる。18000体ものゴブリンを用意した渋谷のダンジョンマスターは、流れ作業のようにダンジョンの入り口へとゴブリンを設置し、攻撃命令を降す。
「赤の点がゴブリンの観測している敵で、緑の点が味方のゴブリンと。
分かりやすくて良いね。HPバーの可視化表示とかもあったら便利なんだけどあるかな?別々に表示だと管理が面倒なんだけど」
人が死んでいる、グロテスクな光景を創り出しているのにも関わらず、それでも淡々と人を殺せる指令を出せるのは、男の視界では画面の地図上では敵である赤丸が消え、味方である緑丸が増え続けている光景しか映っていないことも大きい。
HPが減り始めたゴブリンから撤退しつつ、召喚したゴブリンを並べる彼は、ショップ画面から『マップ上でのモンスターのHP可視化』や『マップ上でモンスターがどちらを向いているかわかる機能』について要望を出す。直後、それらの要望は聞き入れられてマップの追加機能が1000DPでショップに並んだ。
「えー。それぐらい無料アプデして欲しいな。
……どうせこれ音声認識してるっしょ?聞こえてるならアプデしてよ。1000DPって結構高いじゃん」
無駄口を叩きながらも、ゴブリン達への指示は続ける。四方八方へと侵攻していくゴブリン達について、殺されるゴブリンが多い方角には戦力を集中させ、それでも勝てない敵や対応が難しそうな相手は迂回する。
あっという間に近隣の建物を占拠したゴブリン達は、次々と物資を運び出し、ダンジョンへと持ち帰る。渋谷のダンジョンマスターのスタートダッシュは、概ね全てうまく行った。
ただ1人、将来的に単独で3桁のダンジョンを踏破する非勇者最強の男を逃した以外は。
2024年12月12日23時13分。渋谷駅の西口に降り立ったのは1人のサラリーマンだった。既にゴブリンが出現したという事件のことはスマホで確認したため把握していた男だったが、彼の住むアパートはここから徒歩15分のところにある。
既に彼の眼前には、ゴブリンの群れが延々と地表を覆い尽くしていた。駅の改札がバリケードとなっており、そこから出ないよう警備員の人々は呼びかけている。改札の外には血塗れで倒れている人や死んでいる人もいる中で、彼は改札から外へ歩き出し、ゴブリンの群れに突っ込んだ。帰宅するために。
この時間まで彼は残業をしていた、わけではない。むしろ残業などせず定時に上がり、夕食を外食で済ませ、会社近くのスポーツジムで汗を流した後だった。身長188センチ、体重97キロ。0.1トンに迫る肉体を構成する筋肉はスーツの下で隆々としており、会社へ行くショルダーバッグの中には、何故か10キロのダンベルが入っていた。
彼はその鞄を、容赦なく振り回す。渋谷のダンジョンマスターはゴブリンが数体、一気に倒れたのを確認して、また馬鹿が突っ込んできたのかと戦力を集中し始めた。この手の人間は、さほど珍しくない。武器を持っていれば、初手でゴブリンを倒せる人も多い。
しかしながら、現代人は1人で複数の生物との戦闘経験なんてないため、囲めばあっさりと凶刃が身体に届く。もう既に何人か蛮勇ある者達を殺した渋谷のダンジョンマスターは、このジム帰りの男も包囲して殺そうと画策する。
右から、左から、そして背後から。明らかに一直線に、ゴブリンの群れを横断する赤点に、数十ものゴブリンをぶつける渋谷のダンジョンマスターだったが、全て跳ね返され、ゴブリン達のHPが尽きていく。ここで赤点がダンジョンの入り口の方角へ向かってないことと、被害が大きくなったために追撃を諦めたが、この時ジム帰りの男は腕を数カ所斬られており、あともう少しで鞄を振り回せない状態になっていた。
この追撃の有無が、2人の運命を大きく変えた。将来的にこのジム帰りの男が100を超えるダンジョンマスターを殺害することを考えれば、影響は数千人、数万人という数に及んだ。
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